レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

237LAP2019.2.13

スポンサー獲得の極意

 冬のストーブリーグでは、レーシングドライバーも多忙な日々を送る。来季のスポンサーを獲得ための活動で西へ東へ奔走するからだ。そこで壁に当たるのは、モータースポーツを説明することの難しさだ。広報宣伝部の担当者がレース経験者なら話も早いのだろうが、そう都合よくはいかない。それがエクストリーム系スポーツの性でもある。これまで多くのスポンサーから理解を得てきた木下隆之が、モータースポーツの弱点を語る。

ストーブリーグからプールサイドリーグへ

 ストーブリーグ。プロスポーツ選手の契約更改や移籍、スポンサー活動が、シーズンオフの冬の時期、つまりストーブが必要となる季節に行われることからそう言われるようになったという。たしかにストーブリーグでの話題は、選手の移籍や新規チームの参戦が中心である。
 最近の契約話は、秋にはなんとなく決まっている節がある。早いチームでは、夏には来季の構想が決定しつつあるというから、ストーブリーグは死語になりつつある。ストーブリーグをもじってプールサイドリーグとかビーチサイドリーグと呼ばれることもあるらしい。だが、やはり物事が決まるのはシーズンを終えてからだ。つまり、我々当事者にとってストーブリーグは、サーキット巡りを過ごしたシーズン中よりも多忙なのである。
 シーズンオフには、ほとんどのチーム関係者やドライバーはスポンサー獲得に奔走する。オフでの活動が、つまりストーブリーグをいかに精力的に過ごしたかで次の1年が決まる。めでたくスポンサー契約が締結できれば、少なくとも来シーズンは安泰だということ。ストーブリーグは、そんな大切な時期なのである。
 とはいうものの、スポンサー獲得は、けして簡単なことではない。企画書をバッグに忍ばせて、可能性のある企業や個人を巡る。着慣れぬスーツにネクタイ締め初々しく会社訪問を繰り返す姿は、まるで就活中の学生のようで涙ぐましい。人ごとではないのだが、頑張ってほしいものである。
 いやはや、経済が停滞している最近の日本では、なかなか都合よくスポンサーが決まるわけではない。企業がスポンサードを申し出るためにレーシンングチームの前に並んだというのは、バブル時代の懐かしい思い出だ。今ではそんな泡沫の夢はあり得ない。足を棒にして企業詣でを繰り返し、腰を折って嘆願する。そんな陰の努力を100軒繰り返して1軒のスポンサーを得る。正面突破の打率は極めて低い。僕も若い頃、そんなスポンサー巡りをしていた時期がある。
 だが、最近はスポンサー獲得の形態が変わってきたように思う。膨大な広告宣伝費を有する大企業を口説き落とすのではなく、たとえ小規模であってもモータースポーツに理解のある企業をターゲットに活動することのほうが打率は上がる。大企業の担当窓口から始まり、数々のハードルをクリアして取締役決済までたどり着く労力を考えたら、決断の早いスポンサーの方が効率はいい。

担当者への理解が壁になる

 そもそもモータースポーツは、スポンサーを獲得しくい競技でもある。特に、一般的な口説き所である広告宣伝部の理解を得にくいのだ。
「レース? ああF1ね」
「いや、今回ご僕が提案するのは…」
「無理無理、うちは零細だから…」
「いえいえ、想像するほど高額ではありませんが…」

モータースポーツといえばアイルトン・セナしか知らないのだから道は険しい。貴族的なF1の世界が、モータースボーツのイメージを歪めている点も否定できない。中小の門外漢担当者にとっては、レースに手を出したら膨大な金を請求されると勘違いするのだ。
「今もっとも人気のあるツーリングカーレースでして…」
「ツーリングカー?」
「市販車を改造することで親近感がありまして…」
「改造車?うちは近所の信用が大切だから、暴走族風のはあかんよ…」
「いや、それとはまったくことなる正式な競技でして…」
「あれやろ、車高をベタベタに下げて、派手なスポイラーとかいうの付けてるヤツやろ?」
「いや、あれはマシンの性能を高めるためのチューニングでして…」
「反社会的なのはあかんですわ」

まったく取りつく島がない。よしんば、クルマに理解のある担当者に出会ったとしても、話がすんなり進むとは限らない。
「わたしも若い頃は、カーキチなんて言われましてね。中央高速を飛ばしたものですよ。時速100キロくらい出しましたからね」
そんな自慢話をされても困ってしまうのだ。
「あれでっしゃろ、レースクイーンかいうべっぴんさんと会えるんとちゃいますか?」
「ああ、はい。でも私のチームにはレースクイーンはおりません」
「おらんのですか。そりゃ残念ですわ」
エロ親父の頭の中には、ピンクな世界が広がってしまうのである。
レースクイーン目当てのスポンサーもなくはないし、それがキッカケで良好な関係に繋がる可能性もある。だが、最初のとっかかりがそれだと、大概の場合継続するのは難しい。

ブロゴルファーと広告宣伝部長さん

 その点、ゴルフプレーヤーのスポンサー獲得は容易いと、友人のプロゴルファーから聞いたことがある。というのも、僕らが苦労している「レースとはなんぞや」を説明するまでもなく、ゴルフは誰もが知っているスポーツだからである。
 スポンサー企業の担当者がゴルフ好きという場合も少なくない。こちらから強くアプローチしなくても資金の出所である広告宣伝部、またはマーケティング部担当者のほうから、前のめりになってくれることが多いそうだ。
 それも納得できる。ゴルフがどんなスポーツであり、プロゴルファーがなにをしているのかはおよそ理解しやすい。レースにはF1以外のカテゴリーがあり、暴走族とは決定的に異なることを力説しなくてもすむのだ。
「ゴルフのスポンサー活動が有利なのは、担当者がたいがいゴルフをやっていることですよ」プロゴルファーの友人はそう言うのだ。
 たしかに、企業に勤める会社員の多くはゴルフ経験があるだろう。特に、予算を持っている部署のちょっと偉い人は高い確率でゴルフを嗜む。接待ゴルフも少なくないだろうから、好きか嫌いかは別として、ゴルフが身近である確率は極めて高いはずだ。
「部長さんはゴルフやられますか?」
「下手の横好きですがね」
「そんな謙遜されなくても、お上手なことは見たらわかりますよ」
「いやいや、まっ、部内のコンペで優勝する程度ですよ」
大胆不敵な自慢である。
「いまだにスライスの癖が治らんのですわ」
「だったら今度一緒に回りましょうよ。僕がお世話になっているゴルフクラブがありますのでご招待します」
「ではスポンサー契約しましょう♬」
部長さんにとっては、日曜日のたびにテレビで見るプロゴルファーとお近づきになる夢のような機会なのである。これを逃す手はない。実際に自社の宣伝効果になるか否かはと問題ではない。会社の金で有名プロゴルファーと親しくなれることが嬉しいのである。

「部長さんはゴルフやられますか?」
「下手の横好きですがね」
「私とスポンサー契約されるますと、プロアマコンペに参加していただくことになりますが、よろしいですか?」
「僕などが参加していいのかねぇ?」
「もちろんですよ。僕と回りましょうよ」
「ではスポンサー契約しましょう♬」
雑誌やテレビで日曜日のたびにテレビ出演しているプロゴルファーと、一緒にラウンドできるのである。こんな夢のような話はない。

「部長さんはゴルフやられるんですかぁ♥」
胸元をチラつかせ、鼻から息を抜いて言う。
「下手の横好きですがね」
「スコアはどれくらいなんですかぁ♥」
「先日は、39の42でして、いや、たまたまですよ」
「すご〜い。部長さん、一緒に回りましょうよ♥」
「それではスポンサー契約しましょう♬」
話を要約すればこういうことである。

ブロレーシングドライバーと広告宣伝部長さん

モータースポーツではこうすんなりと話は転がっていかない。
「部長さんはレースやられますか?」
「はあ、わたしがレース? そんなわけないでしょ」
「謙遜されなくても、運転がお上手なことは見たらわかりますよ」
「どこでわかるんだ? バカにしているのか君は」
契約が進展するどころか、あえなく撃沈である。

「部長さんはレースやられますか?」
「はあ、わたしがレース? そんなわけないでしょ」
「謙遜されなくても、運転がお上手なことは見たらわかりますよ」
「いや、そんな危険なことはできませんよ」
「今度一緒に回りましょうよ。僕がお世話らになっているサーキットがありますので招待しますよ」
それではご一緒に…とはなかなかいかないものである。

「部長さんはレースやられますか?」
「下手の横好きですがね」
「私とスポンサー契約されるますと、プロアマレースに参加していただくことになりますが、よろしいですか?」
「無茶言わないでくれよ」
スポンサーを怒らせてどうするのって話である。

プロアマコンペの重大な役割

 昨年の春、プロゴルファーの片山晋吾選手が、プロアマ戦で同じ組で回った招待客の怒りを買ったという出来事が世間を賑わせた。片山選手は日本ツアー通算31勝、賞金王5回。永久シードに輝いた名プレーヤーである。
 経緯はこうだ。男子プロゴルフツアー第2戦「日本ツアー選手権森ビル杯」の開幕前に行われたプロアマ戦で、片山選手が同伴の招待客に失礼な行為を働いたとされている。
プロアマ戦は、大会に出場するプロと招待された3人のアマチュアがチームを組んで競う。競技は複数のホールから各チームが一斉にスタートする。片山選手のパーティは13番ホールからスタート。全員がホールアウトしたにもかかわらず片山選手は次のホールに向かわず、ひとりグリーン上でパッティングの練習をしていたという。その行為に招待客が怒りをあらわにしたというのだ。
 激昂した招待客はそのままクラブクラブハウスに引き上げ、「青木功会長を出せ!」とクレームをつけたという。
 その場にいたわけではないから、片山選手の行為が怒りを買うほど失礼だったのか否かはわからない。けれども、この事件で明らかになったことを僕の偏見を含んだ目線で言わせてもらう。まず、アスリートにとっては大切な日本ツアー選手権の開幕前に体を休めるわけではなくアマチュアと回ることが規則だったこと。そして、あれほどのスター選手と同じ組で回れるというのにたった1ホール回っただけの態度で激昂する招待客がいたことである。
 つまり、ゴルフ界はゴルフ好きの宣伝担当者が契約しやすいように、確信的にプロアマのような施策を盛り込んでいるのだ。だから日本ゴルフツアー機構は、激昂した招待客に謝罪している。スポンサーへの配慮である。
 最近では、男子プロツアーのスポンサーが減っている。一方の女子ツアーは潤っている。スポンサー担当者は、屈強な男子プロとラウンドするより、セクシーな女子選手とのプロアマに参加したい…。ちょっと考え過ぎかもしれない。
レースが誰でも参加できるような競技だったら、もっとスポンサー活動は容易かったかもしれない。
「部長さんはレースやられますか?」
「下手の横好きですがね。先日もスーパーGT500のマシンで鈴鹿〜サーキットを走りましたよ」
「それはすごい!」
「いやいや、まだ1分50秒ほどですよ。プロには1秒およびません」
「だったら今度、マンツーマンでお教えしますよ」
「それは嬉しいですね」
「私とスポンサー契約されるますと、プロアマレースに参加していただくことになりますが、よろしいですか?」
「ぜひ契約しまょう♬」
ストーブリーグの季節にスポンサーとサーキット通いができれば、冬も暖かい。

キノシタの近況

この時期には、各メーカーやインポーターがこぞって雪道試乗会を開催するんです。スケジュールが重なっており、すべて網羅はできませんが、積極的に参加する方向ですよ。だって、雪だったら派手に滑らせても誰からも文句は言われませんからね。むしろ褒められたりして…
やっぱりクルマは振り回すと楽しい。