レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

266LAP2020.4.22

発想の羽を羽ばたかせよう

キノシタは、東京五輪での水泳に注目しているという。特に長水路の自由形に、である。背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、クロール…。それなのに泳法としての自由形がない。 何故だ? そこにキノシタはドライビングでの関係性を見たという。果たしてそれは…。

競泳の自由形は、その名のとおり泳法は自由である。誰もが両手と両足を交互に振り回すクロールで泳ぐ。だが、「自由」とは広辞苑でいうところの「勝手きまま」だから、泳法はクロールでなくても好き勝手でいい。英語で「フリー」と言われることでもわかる。横泳ぎでも潜水でも、カエル泳ぎでもいい。できるのならばミズスマシのように水面を滑ってもいいのかもしれない。とにもかくにも、捻ろうがくねろうがどんなスタイルであっても、誰よりも速く泳げば優勝なのである。その意味では正しく身体スポーツといえる。

五輪種目の競泳は、4種目に分けられる。ただし、泳法は3つだ。
背泳(バックストローク)と平泳ぎ(ブレストストローク)と、そしてバタフライがそれ。クロールは泳法には違いないが、公式競技の種目には含まれない。種目としての自由形の泳法は自由であり、たまたま現在でもっとも速い泳ぎ方を全員がする。それがたまたまクロールだったというだけなのである。
異なる4つの泳ぎ方で競われるメドレーリレーは、泳法とその順番が定められている。
 1番は背泳。
 2番は平泳ぎ。
 3番はバタフライ。
最終泳者は、上記以外の泳法。
これが公式ルール。
最終泳者はそれ以外というのだから、カエル泳ぎでも、横泳ぎでもいい。あえて呼ぶなら「それ以外泳者」は、ミズスマシでもいいのである。ちなみに。カエル泳ぎとはなにかと調べてみたら、「カエルが泳ぐような手足の使い方をする。平泳ぎ」とあった。

クロールを選ぶのだが…

つまり自由形は、泳法を強いることはない。結果的にクロールが速いということが選ばれる理由になるのであって、それ以外の勝てる泳法が開発されれば、自由形の形態も変わるはずだ。実際に自由形はクロールではなかった時代があるという。
最初は平泳ぎがポピュラーだった。今でももっとも遅い泳法であるのにもかかわらずだ。当時は息継ぎをするという概念がなく、つまりは常に顔を水面から浮かせて泳ぎ続けようとすると必然的に平泳ぎになる。1896年のアテネ五輪当時は「自由形=平泳ぎ」だったそうだ。
背泳が平泳ぎにとって変わったのが1900年のパリ五輪だという。その後、背泳を上回る速さのクロールが開発され、今に至っている。

泳法別の世界記録は以下だ。
 100m自由形(つまりクロール)  46秒91
 100mバタフライ       49秒50
 100m背泳ぎ         51秒85
 100m平泳ぎ         56秒88
というように、クロールが圧倒的に速いのである。

ただし、それを上回る速度の泳法があるという。腕はクロールのように交互に水をかき、足だけをバタフライの要領で水を蹴るスタイルが速いとされ始めている。名付けて「ドルフィンクロール」。ネーミングはイケてる。瞬間的なスピードはクロールを上回るとも聞く。だが体力的な負担が大きく、それを使う選手は今はいない。体力面を克服すればメダルを狙えるはず…と選手はいうのだ。近い将来、ドルフィンクロールが主流になると僕は激しく予想しているのである。

潜水泳法が競泳界を撹乱した時代もある。空気抵抗よりも水の抵抗の方が強大ならば、可能な限り水面から体を上げていた方が速そうなものだが、水泳とは実に奥が深い。水面を移動する際の造波抵抗は無視できないようで、むしろ水面下で進んだ方が速いというのだ。その典型的な具象がバサロ泳法である。背面で潜ったままドルフィンキックをすると、他のどの泳法よりも速い。それを現スポーツ庁の鈴木大地長官が現役時代、金メダルで証明した。決勝でいきなり、それまでひた隠しにしていたバサロ泳法を投入。折り返し地点まで潜水したまま泳ぎ切り、優勝してしまったのだ。

 さて…。

かつての基本テクニックも今は…。

何故こんな話を長々としてきたかと言えば、サーキットの走り方も日々変化しているからである。自由形の話を思い出すたびに、サーキットの走行スタイルの変化が頭に浮かぶのだ。
アテネ時代の自由形は平泳ぎだった。それが次第に背泳になりドルフィンクロールになったように、モータースポーツ界でも最近では、水泳でいうところの平泳ぎ、つまり「アウト・イン・アウト」が絶対的な基本ではなくなりつつある。「スローイン・ファストアウト」も怪しい。かつては「サーキットの入門」の一ページ目には必ずこの二つのセオリーが記載されていた。だがそれが次第に変化しつつあるように感じるのは僕だけではあるまい。

鈴鹿サーキットのヘアピンコーナーを思い浮かべて欲しい。110Rから進入してきたマシンは一旦コース幅の右一杯に位置どりし、クリッピングポイントをかすめて立ち上がっていく。それは何十年と繰り返されてきたヘアピンの走り方である。だが最近は、クリッピングポイントをかすめないドライバーが増えてきた。それでもトップタイムを叩き出す。昭和の基本を徹底的に叩き込まれた僕には、にわかに理解できないのである。
「スローイン・ファストアウト」も減ってきている。空力性能が高まった最近のマシンでは、一旦速度を落としてから旋回を開始し、早めのアクセルオンで加速する必要性は薄れてきた。速度を落とすことでダウンフォースを失うのならば、高い速度でコーナーに挑み、シロナガスクジラが大きく口を開けて小魚を捕食するように、大気中の空気をかき集めて強力なダウンフォースをキープした方がタイムを稼げるのである。「ファストイン・ファストアウト」である。

かつてはドライビングの基本だった「ヒール&トゥ」が、2ペダル化で使われなくなり(3ペダルマシンではまだ有効)、今ではトップカテゴリーの誰も右足を捻ってアクセルペダルを蹴ったりはしない。それもマシンの進化の要請である。
もっと遡れば、「ダブルクラッチ」なるテクニックもあったという。さすがに僕はダブルクラッチ世代ではなく、ボンコツのトラックを転がすとき以外は使うことがない。つまり、ミッションが不調でギアがスムーズに入らない場合の緊急テクニックが、当時は最新のレーシングマシンで活用されていたというから時代の変遷とは楽しいものだ。

ハンドルを必要以上に切り込んではタイムロスである。この格言も、そろそろ怪しくなってきた。「15度以上にスリップアングルを増やすとコーナリングフォースは低下する」と教えられてきたから、舵角は最小限に留めることを心掛けてきた。だが、タイヤの性能が格段に進歩した現代では、15度以上でも極端にグリップは低下しない。ゆえに、かなりハンドルを切り込んで走るのも効果的なのである。

というように、道具を使う競技であるモータースポーツは、ことさらマシンの影響を受ける。裸の体一つでも泳法が変わることを思えば、ドライビングスタイルが変化していくことはまったく不思議ではない。ある意味でドライビングは自由形なのだから、スタイルが開発されてもいいと思う。
気になるとすれば、ルールが豊かな発想の羽を広げようとしているドライバーを規制してしまうことだ。その一つが「4輪脱輪禁止」なのだが、まさか「クリッピングポイントをかすめること」など規則書H項に追記されたりはしないだろうね、と釘を刺しておこう。

ふたたび広辞苑の記述を引用させてもらう。
「自由は一定の条件の上で成立しているから、無条件的な絶対的自由はない」とある。多少の規制があるからこその自由なのである。「ドルフィンクロール」のように、華やかなドライビングが開発されることを切に願う。近日中に、僕が編み出した走法を披露しようと思っている。

【写真提供・協力】トヨタ自動車 スポーツ強化・地域貢献部
 http://sports.gazoo.com/t-sports/

キノシタの近況

派手派手なシフトノブを開発してみました。こんな時期だからこそ、華やかな方がいいよねってことです。不要不急の外出はやめましょうね。ダラダラして長引くより、きっちり我慢して早めに終息させましょうよ。そしてハジケましょうね。皆様ご自愛ください。