345LAP2023.08.09
「1000分の1秒の誤差もなく」
プロドライバーのドライビングの正確さには驚かされることがある。自身でも正確なドライビングを心掛けている木下隆之が、レースドライビングにおける驚異的なタイムの正確さ事情について語る。
世界的スイマーの記録ラッシュ
世界水泳の福岡大会が、無事に閉幕した。正式名称は世界水泳選手権2023福岡大会。7月14日から30日までの17日間、世界から強豪が集結し、競泳は速さを、アーティスティックスイミングや飛び込みは演技の美しさを競った。
世界水泳は2年に一度開催される国際大会で、2024年に開催予定のパリオリンピックの前哨戦であり、代表選考会も兼ねている。
残念ながら、日本勢の成績は振るわなかった。今回のメダル獲得は銅メダルが2個と、メダルゼロ大会に次ぐワースト2位。かつてはメダルを増産した水泳大国日本としては、ちょっと元気がなかったように思う。
報道によると、代表合宿が少なかったり育成方法にばらつきがあったりしたそうだ。後進の育成方法も問われている。成績不振にはさまざまな理由があったのだと思うが、ともあれ今後の活躍を期待したい。
それにしても、素晴らしいのは、競泳では多くの世界記録を樹立したことだ。基本的に泳法は変わらず、プールや水着の進化もほとんどない。
かつては、水の抵抗を減らした高速水着がタイムを短縮させたこともあった。ポリウレタンやラバーなどのフィルム状の素材を何枚も重ねた生地で、水の抵抗を減らすだけではなく、身体能力を増強させたという。それも2010年の公式大会から禁止された。その後の記録はそれほど伸び代がなく、平凡なタイムで終わるのではないかと心配していたのだが、技術の進歩とは恐ろしいもので、今年も数々の世界記録が樹立された。
男子の世界記録は3個。女子は7個。男女混合が1個。比較的女子の躍進が印象的だった。
人間の身体はコンディションに左右されるようで、タイムにばらつきが出るものだ。いや、100mも400mも泳いで自己ベストとの差が1秒や2秒というのは正確とも言えるのだが、ふと思ったのは、レーシングカーのタイム差の少なさだ。
どっちが優秀でどっちが平凡だという話ではないのだが、レースの場合、4kmの富士スピードウェイでも7kmのスパ・フランコルシャンでも、周回するタイム差は1秒以内である。
同じタイヤを履く同じマシンを自分がドライブして、自己ベストとセカンドベストの差がコンマ1秒前後だというのだから、その正確さには我ながら驚かされる。
先のF1ハンガリー戦の予選では、ポールポジションを獲得したL・ハミルトンが1分16秒609を記録したのに対して、セカンドローのM・フェルスタッペンは1分16秒612だった。その差1000分の3秒。瞬きすらもっと時間がかかるだろう。
マシン性能が拮抗しているとも言えるのだが、異なるマシンと異なるドライバーが4kmほど走ってその差が1000分の3秒だというのだから、レースの世界とは恐ろしい。タイムではなくその差を距離に置き換えればもっと現実的な数字になるのだろうが、兎にも角にも、1000分の数秒で雌雄を決してしまうのである。
世界的ドライバーの正確度
なぜそんなことにミラクルを感じるのかというと、コクピットの中の僕は結構アタフタしているのである。理想的な走行ラインを外したり、ブレーキングポイントが定まらずにタイヤがロックしたり走行軌跡が膨らんだり小さくなったり、アクセルの踏みすぎでテールが流れたりアンダーステアでコースアウトしそうになったり、そして慌てて修正したりと…、じつはかなり慌ただしい。
周回中に何度も「チッ」と舌打ちをする。完璧に決まって「ニヤッ」とすることは滅多にないが、自分の感覚では、大きく理想的なラインを外して致命的にタイムロスをしたり、アクセル全開で飛び込みたいコーナーで躊躇してしまったりと、大きなロスだらけなのだ。それでも一周回ってみると、その差はコンマ1秒だったりする。
今年のニュルブルクリンク24時間に僕は、ダブルエントリーをした。
トーヨータイヤは♯70と♯71の2台のGRスープラGT4を走らせていた。その両方のエントリーリストに僕の名があったのだ。それは登録上のことではなく、実際に2台のマシンを走らせた。決勝でもこっちとあっちを乗り換えて、24時間を戦ったのである。
予選でのことだ。♯70での予選アタックを終えた直後に#71に乗り換えた。マシンは同じである。多少の個体差はあるものの、基本的に同じエンジンと同じサスペンション、そしてもちろん同じトーヨータイヤプロクセスを履いていた。
だから当然という言い方が正しいのかどうかわからないけれど、#70と#71のタイム差がコンマ3秒しかなかったのである。
ニュルブルクリンクは一周25.8kmもある。だから、冒頭からお伝えしている「レーシングドライバーのタイムは正確」からは反してしまうのだが、なかなかタイムが揃わないのがこのコースの特徴だ。
ベストラインは針の穴を通すように難しく、それゆえにドライビングミスが繰り返される。だから一般的には富士スピードウェイや鈴鹿サーキットのように、同じラップタイムを誤差なく繰り返すことが困難なのだ。だというのに、タイム差はコンマ3秒だった。
例によって、コクピットの中では何度も舌打ちしたりニヤッとしたり、あちゃーと頭を抱えそうになったりを繰り返しているのに、である。
レースドライビングはミステリアスである。
報奨金に目が眩んで…
かつてスパ・フランコルシャン24時間に参戦した時に、チーム監督から2分30秒で走るように指示された。その気になればさらにタイムアップは可能なのだが、マシンの耐久性に不安を抱えており、ストレスを抑えて走るように指示された。そのターゲットタイムが2分30秒だったのである。
さらにチーム監督から粋なプレゼントをいただいた。2分30秒000を記録したドライバーに報奨金が配られることになったのである。ドライバーが虚栄心を抑えきれず、マシンストレスを顧みずに攻め込まないようにとの、賢明なアイデアである。
チーム監督の企みなど気づかず現金に目が眩んだドライバーは、躍起になって2分30秒000を目指してラップを続けた。
結果は…。
なんと2名のドライバーが2分30秒000を記録した。プロドライバーとは機械のように正確なドライビングが可能なのだ。
ちなみに、8月15日に富士スピードウェイで開催される「K4GP」に参戦する。マシンはダイハツGRコペン。タイヤはトーヨータイヤTR1だ。
競技は10時間耐久レースであり、ガソリン量が規定されている。つまりエコランでもある。チーム監督が指示したペースを安定して刻み続けることが重要になる。しかもアクセル開度を一定にした省エネドライビングが欠かせない。つまり、いかに正確にドライビングを繰り返すかが勝負の分かれ目なのだ。
はたして…。
今から楽しみである。
キノシタの近況
本文中にあるように、8月15日にトーヨータイヤレーシングチームからK4GPに参戦します。タイヤワークスの参戦は初めてじゃないかなぁ。となれば負けられませんね。応援よろしくお願いします