346LAP2023.08.23
「K4GPは、史上最高のアマチュアホビーレースだ」
年を追うごとにモータースポーツの規則が厳格になっていく。マシンの改造規定は厳しさを増し、ドライビングにも数々の規制が積み重ねられていく。それはイコールコンディションを保つためかもしれないが、規則のための規則である場合も少なくない。その意味でこのレースには、モータースポーツの本質が詰まっているような気がすると、木下隆之はいう。自身としてはじめてK4GPに参戦した木下隆之が、その楽しさを語る。
10時間エコランレース
K4GPは、軽自動車で争われる耐久レースである。かつて、カーモディファイのスペシャリストとして名をはせた故・マッド杉山氏が立ち上げたスピード競技がルーツであり、その意志を継ぐ有志が、このレースを育ててきた。今では、フルグリッドを超えるマシンが集結するほどに人気を高めている。
K4GPの正式名称は「夏の5時間耐久・10時間耐久」。今年は猛暑日が続く8月14日に5時間耐久レースが行われ、翌日の15日に10時間耐久レースという過酷なスケジュールだった。
このレースに僕は、トーヨータイヤレーシングチームから参戦。マシンはダイハツGRコペン。まったくのノーマルに、ロールケージやバケットシートといった安全装備を組み付けただけのマシンで参戦したのだ。
K4GPは通常のレースとは異なり、エコラン形式であることが最大の特徴だ。それぞれのクラスに定められた燃料量で走り切らねばならず、燃料規定は厳しい。途中で給油をしながらゴールを目指す。全開で走ったら10時間レースのうちの5時間を走り切る前にガス欠になってしまうであろう総量だから、結果的にレースペースは遅くなる。
僕らは一度もアクセル全開にすることなく、しかもストレートの後半はアクセルオフで惰性のまま1コーナーを目指した。その気になれば7,000rpmまで回るエンジンを、最大でも5,000rpmに抑えて周回を続けたのだ。それでも最後に残ったガソリンは2リッター。というように、エコランの要素が強いのである。
マシンの改造も自由だ
ただし、アクセル全開を封印され、ラップタイムを大きく落として走らねばならなかったのは、僕らのマシンが新型のノーマルモデルだったからで、車両を選別すれば、そこそこのハイペースでレースができるようだ。
いわゆる旧車と呼ばれる1990年代のモデルを選べば、相当に有利になる。
当時の軽自動車は安全規定が緩かった。最新モデルは、側面衝突に対応するためにドアパネルの内側に鉄のパイプを組み込まなければ自動車として認められないが、当時はその規定がなかった。
とにかくマシンが軽いのである。我々トーヨータイヤが持ち込んだGRコペンよりも300kg以上も軽いのではないだろうか。
660ccのNAエンジンモデルを選べば、燃費も悪くはないから、アクセル全開率は高くなる。最新の僕らのマシンがタイムアタックをすれば、おそらく旧車より速いだろうと想像するが、実際にはコース上で何度も抜かれているのだ。
実はこの辺りにK4GPが愛される理由がある。基本的にK4GPは“遊び”のレースである。友達同士で小遣いを出し合い、夏にサーキットで遊ぼうぜ、といった雰囲気に包まれている。
だから、最新のマシンを購入すれば有利…ということにはならない。中古車店で数十万円の軽自動車を購入して参戦した方が有利になるようにレギュレーション設定されているのだ。
なので、参戦マシンの中にはホンダ・トゥデイやホンダ・ビート、あるいはダイハツ・ダンガンといった走り自慢の旧車が多かった。
夢のスーパーカーも出走している
その一方で、フォーミュラベースのカスタムカーも少なくない。K4GPの主ともいえるムーンクラフトは今年、6輪のスーパーカーを開発して持ちこんだ。フロントに4本、カート用の5インチタイヤを装着したのだ。
そのほか、チームタイサンは、かつてル・マン24時間を戦った「フェラーリF40」にそっくりのスペシャル軽自動車を持ち込んだ。他にも、往年のポルシェ935をイメージしたカスタムカーや、1930年代のオープンカーをイメージしたモデルを作り込んでくるチームがあるなど、カスタムカーの祭典でもあるのだ。
怪鳥と呼ばれた可変ウイングのル・マンカーを持ち込んだチームもあったが、マシントラブルで今回の出走を見送っている。
というように、旧車を改造して楽しむチームがあれば、多少予算をかけてでもカスタムカーを製作して持ち込むチームもある。それぞれがそれぞれのスタイルでエンジョイしているのだ。
これをやってはだめ、あれもやってはだめといった窮屈な杓子定規の規定はない。公認パーツに限る…といった興醒めはなく、それぞれが自由に楽しめばいいのだ。
自由な発想が楽しい
日ごろ、型にはめられたレースに不満を抱えている僕にとってはパラダイスである。
改造範囲の規定も緩く、というよりほとんどないに等しい。軽くすれば有利なのは物理の法則をもちださなくても道理だが、それならば、と、リアガラスを取り外したままで走行しているチームもあった。
「ガラスって透明なのに重いですよね。だから外しました」
このシンプルな発想に腰を抜かしかけた。
背後からはコクピットが丸見えになるほど、テールゲートの鉄板に穴を開けているチームもあった。
「夏は暑いので、風通しを良くしたんです。軽くなりますしね」
このチームも、発想は素直である。
それでも競技違反ではない。ライバルチームから苦情もこない。おおらかで平和なのである。
ちなみに、レーシングスーツの着用義務はない。長袖と長ズボンが規定されているだけだ。薄手のロングTシャツで走っているドライバーを目にした時には、ヘルメットはカーボン製以外許されず、ハンスシステムの装備は当然のこと、その使用期限もFIA公認に限る…とされているレースで戦う僕は目を丸くしたのである。
これはレースではあるけれど、精神は走行会の延長なのだ。
戦略はF1並みに
とはいえ、グダグダ遊んでいるわけではない。ここで勝利しようと思ったら、F1級の高度な戦略と、戦略エンジニア並みの頭脳が必要なのだ。
エコランだから燃費とラップタイムの高度なバランスが求められる。アクセル開度は○%が理想なのか。速度と空気抵抗の関係は?エンジン特性を知り尽くした上でのドライビングが求められる。
我々トーヨータイヤチームは、スポーツタイヤ「プロクセスTR1」を装着した。操縦性に優れているからサーキット走行には理想的だし、それゆえにドライバーは気持ちよく走らせてもらった。しかも、転がり抵抗が低いから、エコランレースでは理想的なのだ。
さらに都合がいいことに、当日は台風7号の影響を受けて豪雨に見舞われるシーンがあった。幸いにして「プロクセスTR1」はウエットグリップにも定評がある。雨は予想していなかったが、大きな武器になった。
それでいて、耐摩耗性に優れているから鬼に金棒だった。レース中のタイヤ交換は時間的ロスだから避けたいもの。実際に10時間を走り終えたタイヤにはまだ溝がはっきり残っていた。あと数レースもこなせそうなほど良好なコンディションだったのだ。
というように、タイヤの選定もK4GPで頭を悩ますところだろう。
給油は、パドック内のガソリンスタンドで行う。給油のためのピットストップは6回が義務であり、しかも、それぞれの給油を事前に申告せねばならない。
たとえば最初は1リッター、二度目は7リッター…といった具合だ。だが、満タンスタートでまだ燃料をそれほど消費していない段階では、給油できない。では○周目がいいのか…。戦略エンジニアには数学的な思考が求められる。
ガソリンスタンドの給油ノズルは2基だ。セーフティカー介入時に給油をすることでタイムロスを減らすのがセオリーだが、ライバルチームも同じことを考えるわけで、つまり、ガソリンスタンドが渋滞する。さてどうするか…。アンダーカット?オーバーカット?采配もF1並に高度なのだ。
ちなみに、ガソリンスタンドでの給油方式にすることで、チームが独自に給油のための装置を準備する必要もないし、安全が担保される。チームの財布にも優しい。資金的な気配りでもあるのだ。
なぜ5時間耐久の翌日に10時間耐久をするのか?
我々はその両方に参戦することでデータ収集が可能になったが、一方で130台のフルグリッドを満たすまで人気が沸騰したことで、10時間耐久へのエントリーが受理されないことにもなる。そんなチームのための5時間レースでもあるのだ。
心優しい。
K4GPには、クルマ好きがエンジョイするためのモータースポーツの本質がぎゅうぎゅうに詰まっている。
我々のようなタイヤワークスが参戦する意義もあるし、それとはまったく異なるチーム同士が楽しむことも可能だ。
これが本当のモータースポーツの姿かもしれない。そう思った。
キノシタの近況
トーヨータイヤはK4GPに参戦する一方で、超過激なニュルブルクリンクにも参戦することでプロクセスブランドを育てている。9月9日にはニュルブルクリンク12時間に僕は参戦する。トーヨータイヤが熱い。