351LAP2023.11.08
「中国のモータースポーツに触れてみた」
凄まじい勢いで経済発展を遂げた中国は、EV化を国策として推進している。ならばそんな中国のモータースポーツは、EVを主体に進んでいるのであろうか。国内外にネットワークを持つ木下隆之が、中国に渡り、実際に中国のマシンをドライブし、現状を報告する。
目指すはEV大国
中国のEV化は怒涛の勢いで進んでいる。世界から届く情報から中国の自動車社会を想像すると、もはや「電気自動車でなければクルマにあらず」であるかのように感じる。
先日、縁があって上海を訪れた。2018年から2年間、中国や韓国、タイやマレーシアを中心にしたブランパンGTアジア選手権に参戦していたこともあり、中国には何度か足を運んでいるものの、世界的なコロナ禍によって足が遠のいていた。今回の中国訪問は4年ぶりとなる。
そしてこのわずかな4年間は、急成長する中国にとってはけっしてわずかではなく、大きく変化していた。EV率はさらに高まっていたのである。
特にEV化に積極的なのは上海である。一般人が上海でマイカーを所有するには、グリーンかブルーのナンバーブレートを手に入れなければならない。
グリーンはEV専用であり、無償で発給される。一方のブルーナンバーはガソリン車用であり、発給は当選確率約20倍の落札方式という狭き門だ。しかも落札してから約150万円の上納金が課せられるのだ。
EVには税金や補助金等の優遇がある。ガソリンは逆に重課税に耐えなければならない。EV化は習近平肝入りの国策だから、EV比率が高まるのは道理なのだ。
ナンバーの色が異なるのだから、街中を眺めれば、EV比率がおよそ肌感覚で理解できる。渋滞のなかで前後左右を見渡したらすべてグリーンナンバーという時もあった。上海のEV政策は厳格だから、もはや「電気自動車でなければクルマにあらず」なのである。
ならば中国のレースはEVなのだろう…
そんなEV大国なのだから、モータースポーツもEVばかりなのかと、恐る恐るレース事情を取材してみたのだが…。
今回僕が訪れたのは、中国大陸の南端、マカオに接する珠海市である。中心街からそれほど離れていないエリアに珠海サーキットがある。10月下旬に「Geely Super Cup Pro」の最終戦が開催され、日本のディクセルがサプライヤーとしてブレーキパッドを供給し、オフィシャルスポンサーの立場で支援していることもあり、帯同する機会を得たのだ。
Geelyは欧文表記だが、中国語では「吉利汽車」となる。浙江吉利控股集団(ジリーホールディングスグループ)傘下の自動車大手であり、ボルボやロータスを傘下にもつ。メルセデス・ベンツの株式も保有しており、筆頭株主の立場だ。近い将来、アストンマーチンも傘下に加えると噂されているほどの巨大自動車メーカーなのだ。そのGeelyが主催するワンメイクレースが珠海サーキットで行われた。取材対象はそこである。
まず驚かされたのは、Geelyが開発したワンメイクレース用車両は、中型セダンの「博瑞」であり、1.8リッターターボのガソリンエンジンを搭載していることだ。EVではないのだ。
吉利汽車ではEVを製造販売している。だが、内燃機関も開発している。レース仕様にモディファイされた博瑞が、サーキットに爆音を轟かせていたのは意外だった。
今回の中国の旅は、東京羽田から空路で上海に入り、のちに国内便で珠海に移動している。上海で中国のEV化に圧倒されていただけに驚きを隠せない。突然そこだけが治外法権であるかのように、僕が慣れ親しんだガソリンの匂いのするサーキットだったのである。
実際にドライブした印象を日本のカテゴリーに置き換えると、スーパー耐久マシンの雰囲気に似ている。エンジンはオリジナルのままであり、サスペンション系の大幅に変更はない。レースに必要な安全装備が組み込まれ、サーキット走行に耐えられるようにダンパーやスプリングが強化されていた。タイヤはクムホのスポーツラジアルである。
だが、シフト操作はパドル変速であり、ドグクラッチが組み込まれている。ABSやトラクションコントロールといった電子的デバイスは取り外されており、操作は決して簡単ではなかった。
スピードはそれほど速くはないこともあり、コーナーには奥まで突っ込みたくなる。強引にノーズをライバルのサイドに捻じ込みたくなる。接触多発のレースになる気も理解できるような気がした。
しかも、サポートイベントになっていたのが「FIA・F4」である。世界標準規格のF4ももちろんガソリンエンジンであり、ガソリンの香りがサーキットを包む。そこにいる限り、上海で味わったような異国感覚はなく、興奮を掻き立てるサーキットの味わいである。やはりサーキットには爆音とガソリンの匂いがセットであり、そうでなければ気持ちがヒートアップしないのだ。
ちなみに、珠海サーキットは中国初の常設サーキットであり、F1を開催するために建設されたという。1周約4.3kmであり、タイトコーナーが連続する。
香港には富裕層が多い。マカオはカジノが盛んだ。そんな華やかな都市に隣接する珠海サーキットは、興行の場としては地理的に理想ではある。
だが、F1誘致は失敗に終わった。施工から時が経っていることもあり、もはや古さは否めない。F1開催には安全設備を含めて大幅に改修する必要がありそうだが、逆に言えばワンメイクレースをするには都合のいい規模である。
日本の20年前にワープしたかのような…
レースは激しく白熱した。
失礼な言い方が許されるのであれば、技術的にもドライビングマナー的にも、世界標準からやや劣る感じはある。日本の常識であれば黒旗のオンパレードであろう接触が多発する。かつての日本がそうであったように、手段を選ばずバトルに挑むという姿勢には眉をしかめてしまいたくなるものの、それだけに初々しい。
それでもドライビングレベルはまずまずであり、ファナテックGTアジアの攻防からも想像できるように、プロフェッショナルレベルのドライバーも散見された。近い将来、この中から世界に羽ばたくプロドライバーが誕生するのではないかと期待した。
何にもまして、ドライバーのほとんどは驚くほどの富裕層なのだ。中国の富裕層なのだから、それが腰を抜かすほどのレベルであることは想像のとおりである。
アストンマーチンやランボルギーニでサーキットに乗り付ける若者の姿も珍しくはない。そのすべてがガソリンエンジンのアストンマーチンであり、ガソリンエンジンのランボルギーニである。
ワンメイクレースに参戦しながら、サポートイベントのF4マシンをその場で購入する青年もいた。しかも、クラッシュに備えて2台。レースに参戦する前にすでにスペアカーを準備するという周到さだ。それほど資金的に余裕があるのだ。
今年レースを始めたばかりの23歳の青年が、自らのドライビングスキルを磨くためにレーシングカートを購入した。そこまでは日本でも耳にしないわけではないのだが、走らせる場所が必要になり、カートコースを作ってしまったと聞けば空いた口が塞がらない。もう、自家用機で飛んできてもさして驚くことはない、というほどの富裕層なのだ。
それでも、偉そうな態度は微塵も感じられなかった。とても気持ちのいい青年たちだったのは、嬉しい誤算である。
モータースポーツは金のかかるスポーツだから、レースのための資金を都合できることも欠かせない能力である。という意味では、才能が溢れているのだ。
Geelyモータースポーツを統括するC氏に話を伺うと、興味深い言質が得られた。
「この中の何人かはF4にステップアップするでしょう。あるいはTCRに挑戦するかもしれません。そのためにこの博瑞のマシンは、ABSをカットしていますし、パドル式のシーケーンシャルミッションにしているのです。上に上がっても戸惑うことがないようにです。」
ちなみに、浙江吉利控股集団はLynk & Coを傘下にもつ。ボルボとの共同出資会社であり、2リッターのレーシングエンジンを搭載するTCRを走らせている。つまり、GeelyのワンメイクからTCRへの道筋が作られているのだ。
さらに付け加えるならば、浙江吉利控股集団はダイムラーとハイブリッド用のエンジンを共同開発している。ガソリンエンジンと無縁であるはずもなく、むしろ積極的にガソリンにも力を注いでいるのが興味深い。
将来的にはEVのモータースポーツに進出する可能性は否定できないが、少なくともいまはガソリンに火をつけて、オイルの匂いを漂わせながらサーキットを疾走しているのだ。
EVにもただならぬ興味があるが、ガソリンエンジンに育てられた僕はなぜかほっとした。
キノシタの近況
今年の僕のモータースポーツ参戦はすべて終了しました。ニュルブルクリンク6連戦も消化し、ようやく体を休めることができるわけですが、のんびりできるほどレーシングドライバーは恵まれていない。早速来年のスポンサー活動で全国行脚です。