レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

414LAP2026.07.16

「0.1km/hの罪と650馬力の時代」

デジタル技術の進化に伴って、「誤審」はスポーツの世界から確実に減ったように思う。公平性が生命線であるスポーツにおいて、デジタル化は歓迎すべき進歩だろう。だがその一方で、数字の向こう側に置き忘れてきたものがあるのではないか。4月に議題にした「ヨンダツの1ミリ」に重ねて、改めてデジタルの功罪を、木下隆之は時折考えるのである。

ミスを逃さぬビデオ判定

日本中がサッカー日本代表の健闘に沸いた。僕も例外ではなく、夜更かしをしながらテレビの前で声をあげていたひとりだ。日本代表は健闘虚しく、ブラジルには惜敗してしまったが、とても感動的なゲームを観ることができた。

ともあれ、そんな2026 FIFAワールドカップを見ていて、なんとも「時代だなぁ」と思わせられる場面があった。

ゴールが決まったと思った瞬間、スタジアムは火山の噴火のような歓声に包まれる。選手たちは抱き合い、ベンチは総立ちになり、何万人もの観客の喜びが巨大な波となってスタンドを揺らす。

ところが、その熱狂に突然ブレーキがかかる。主審が耳に手を当てる。スタジアムには不思議な静寂に包まれる。そして大型ビジョンに映し出されるのは、VAR ― ビデオ・アシスタント・レフェリーの映像である。

「ん? 爪先が数センチ前に出ていたのか?」

「肩がほんのわずかに相手より前にあったのかもしれないぞ」

つい数秒前まで世界を揺らしていた歓喜のゴールが、まるで潮が引くように静かに取り消されていく。

技術は進歩した。かつて人間の目には捉えきれなかった数センチの差を、高性能カメラは容赦なく切り取る。昔なら「際どかったねぇ」で終わっていた判定が、いまでは数ミリ単位の事実として処理される時代になった。

聞けば、サッカーボールの内部には慣性計測センサー(IMU)が内蔵されており、「いつ、どこで、どの強さで蹴られたのか」を記録しているそうだ。一方で選手たちも、スタジアムに設置された複数のカメラやウェアラブルGPSによって位置情報や動きを追跡されている。これらのデータをAIが瞬時に解析することで、爪先数センチのオフサイドや、パスが出た瞬間まで判定できるらしいのだ。

昔は「微妙だったねぇ」で終わった場面が、いまでは数字によって白黒がつく時代になった。まるで審判の隣に、神様が巻尺を持って立っているような時代なのだ。

味わいは残されているのか?

昭和の人間としては、少しだけ戸惑う。もちろんルールはルールだ。オフサイドはオフサイドである。そこに「これくらいならいいじゃないか」という情を持ち込めば、公平性は崩れてしまう。誰に対しても同じ物差しを当てるからこそスポーツは成立する。それは理解している。

だが、それでも時々思うのである。いま取り消されたのは、本当に「ズル」だったのだろうか、と。レーシングドライバーがコンマ1秒を削るように、フォワードはコンマ1秒早く走り出そうとする。その必死さの結果として生まれた数センチを、果たして罪と呼ぶべきなのだろうか。

そんなことを考えていた矢先、モータースポーツの世界でもまた、小数点第一位を巡る騒動が起きていたのである。問題となった数字は、わずか0.1km/hだった。

300km/hオーバーで走るマシンの0.1km/h

先日のF1モナコGPを観ていて、なんとも不思議な気分になった。アルピーヌのピエール・ガスリーが見事な走りで表彰台を獲得したのだが、その歓喜は長く続かなかった。レース後、ピットロード速度違反によるペナルティが課されたのである。問題となった超過速度は、なんと0.1km/hだった。

0.1km/hって……。

300km/hを超える速度で市街地コースを駆け抜けるマシンが、最後に裁かれたのは0.1km/hだったのである。

もちろん、100km/h制限なら100.1km/hは違反だし、99.9km/hなら合法だ。その境界線を曖昧にしてしまえば競技は成立しない。誰もが同じ基準で裁かれるからこそ公平性は保たれる。それは頭では理解している。

だが人間というのは厄介なもので、頭で理解できても心が納得しないことがある。0.1km/hという数字を聞いた瞬間、「本当にそこまで厳密でなければならないのだろうか」と思ってしまった。

幸い、その後の審査で計測方法に問題があったことが認められ、ガスリーの表彰台は復活した。結果だけを見れば一件落着である。

だが、モナコでの表彰台は逃したわけで、その数時間の落胆は簡単に消えるものではないだろう。

レースというのは結果だけで語られがちだが、その裏には人間の感情がある。歓喜も失意も、怒りも安堵も、すべてが濃縮されている。レース後のパドックには、いつだってガソリンの匂いだけではなく、人間の感情の匂いも漂っているのである。

おおらかな平成のモータースポーツ

そんなことを考えているうちに、頭の中に昔のレース風景が浮かんできた。いまの若いレースファンに話したら、おそらく都市伝説だと思われるだろう。だが本当の話だ。昔の筑波サーキットにはピットロード速度制限がなかったのである。本当に、なかった。

僕は当時、グループA仕様のR32 GT-Rでレースをしていた。タイヤ交換を終え、給油を終え、シグナルが出る。同時にアクセルは全開だった。RB26DETTが咆哮を上げる。二基のターボチャージャーが目を覚まし、圧縮された空気をエンジンへ叩き込む。四輪が路面を噛みしめ、GT-Rはまるで鎖を断ち切った猛犬のように飛び出していく。ピットロードのコンクリート壁に反響する排気音は、雷鳴を閉じ込めたドラム缶のようだった。

いまはピットロードではリミッターが働き、電子制御によって速度が管理される。だが当時は違った。頼れるのはドライバーの右足だけだった。気がつけばピットエンドでは180km/h近く出ていたと思う。いま文字にしてみても、なかなか大胆な話である。

しかも、その脇にはタイヤ交換中のメカニックがいる。給油作業中のスタッフもいる。いまなら安全管理責任者が泡を吹きそうな光景だ。保険会社の担当者は卒倒するかもしれない。だが当時は誰も驚かなかった。

むしろ、のんびり加速していたら怒られたものだ。

「何やってる!」
「急げ!」

監督の怒声がヘルメット越しに飛んでくる。ピット作業は1秒との戦いだった。いまのF1のような洗練された世界ではない。だが勝ちたいという執念だけは同じだった。1秒を削るために、全員が汗を流し、声を枯らし、機械油にまみれていた。ピットロードこそ、タイムの稼ぎどころだったのである。

いま振り返れば豪快である。いや、豪快を通り越して少々乱暴だったかもしれない。だが、あの時代にはあの時代の合理性があった。

さらに面白かったのはペースカーラン中である。コース上では当然ながらペースカーを追い越すことはできない。ところがピットロードには速度制限がない。すると考えるチームが現れる。

「ピットを通れば早いじゃないか」

実際にそうだった。本コースでは隊列が形成されている。しかしピットロードなら全開で走れる。だからピットへ飛び込み、隊列をごぼう抜きにしてしまうチームがあったのである。高速道路が渋滞しているから、サービスエリア経由で先へ行こうという発想と大差ない。

いまなら即座にルール改正が行われるだろう。だが当時は成立していた。牧歌的だったのか。無法だったのか。おそらく、その両方だったのだろう。

厳格になったサーキット

もちろん、だからといって昔に戻ろうと言いたいわけではない。安全技術は飛躍的に進歩した。死亡事故も減った。ドライバーだけでなく、マーシャルやメカニック、観客まで含めて守られるようになった。それは間違いなく良いことだ。僕も今さら180km/hでピットロードを走りたいとは思わない。

ただ、180km/hの時代を知る人間としては、0.1km/hを巡って世界中が大騒ぎしている光景を見ると、なんとも言えない感慨がある。

それは文明の進歩でもある。だが一方で、少し気になることもある。人間はどこまで正確になれば満足するのだろうか。

僕はまず、アルピーヌのエンジニアたちを褒めてあげたい。速度違反を称賛しているわけではない。そうではなく、これほど複雑な条件下で速度を管理できる技術そのものに感心しているのである。650馬力のGT-Rで筑波のピットロードを全開で駆け抜けていた時代から見れば、それはもはやSF映画の世界だ。

「公道で飛ばすくらいなら、サーキットを走りましょう」

昭和のモータースポーツ界では、そんな言葉がよく聞かれた。オービスもなければ警官もいない。好きなだけアクセルを踏める場所がサーキットだった。だが令和のサーキットは違う。そこには高度な安全管理があり、厳密なルールがあり、精密な計測システムがある。好き放題に走る場所ではない。むしろ公道以上に管理された世界かもしれない。

ルールが厳しいこと自体は悪くない。ただ、ほんの少しだけ思うのである。0.1km/hくらいで大騒ぎしなくてもいいじゃないか、と。

もっとも、そう言うと競技委員から叱られそうだから、この辺でやめておこう。

キノシタの近況

今年もニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦を、多くの皆さんに応援していただいた。本当にありがとうございました。レースが終わるたびに「もう十分だろう」と思うのだが、不思議なもので時間が経つとまたあの森の匂いが恋しくなる。ニュルブルクリンクは挑戦者を拒みながらも、同時に呼び寄せる魔物のような場所だ。また挑戦します。その時も応援していただければ幸いです。0.1km/hではなく、0.1秒を削るために。