418LAP2026.09.09
「暑さがスポーツの時計を動かした」
日本の夏が変わった。いや、変わってしまった、と言うべきなのかもしれない。高校スポーツも同様、陸上は夜まで走り、甲子園では試合を止めて身体を冷やし、サッカーも給水のために笛が吹かれる。そしてモータースポーツは、ついに真夏の開催そのものを避けようとしている。地球温暖化はスポーツのルールだけではなく、その「時計」まで動かし始めた。
午後9時40分のゴール
もはや「今年の夏は暑いですね」では、挨拶として少々パンチが足りない。日本の夏は、毎年のように前年を追い越してくるような気がする。
まるで後ろから迫ってきたランナーが、肩を叩く間もなく抜き去っていくように、スポーツの環境が悪化しているのだ。
気象庁によれば、2025年夏の平均気温は統計開始以来もっとも高いという。2023年、2024年に続いて3年連続で記録を更新したそうだ。群馬県伊勢崎では41.8℃という国内最高気温まで叩き出したというから、もはや日本は亜熱帯気候に晒されているかのようだ。
もはや「暑い夏」という季節の話ではないのだろう。むしろ「熱い夏」と表記した方が適切のような気がする。日本の夏そのものが、僕らの知っている夏とは別物になりつつあるのだ。
日本の夏は、俳句の季語まで困らせている。
「残暑」は秋の季語だという。立秋を過ぎても残る暑さだから残暑なのだ。
ところが最近は、9月になっても35℃を超える日がある。残っているというより、夏が居座っている。スポーツの時計が狂い、ついには日本の歳時記まで狂い始めたのだ。
根性論では片付けられない
炎天下を根性で乗り切る時代は終わったのかもしれない。人間が暑さに合わせるのではなく、社会のほうが暑さに合わせて時計の針を動かさなければならなくなった。
8月5日に開催された全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の陸上競技。その最終種目、男子1600メートルリレー決勝は、ナイター照明のもとで繰り広げられた。その様子が読売新聞で紹介されていた。
アンカーがゴールテープを切ったとき、時計の針はすでに午後9時40分を回っていたという。
理由はもちろん、猛暑対策である。
今年の陸上競技は、一日の中でもっとも気温が高くなる時間帯を避け、競技を早朝と夕方以降に分けて開催された。
かつて高校スポーツといえば、真夏の太陽の下で汗を流す姿こそ青春の象徴だった。額から汗を流し、歯を食いしばって走る。「暑さに負けるな」という精神論も、どこか美談として語られてきた。
照りつける太陽の光を受け、意識朦朧となりながらも最後まで耐えて駆け抜ける、その過酷さがスポーツの美しさでもあった。だが、いまの暑さは根性でねじ伏せられるような相手ではない。
午後9時40分のゴールは、一見すると異例に映る。だが選手の命を守るためには、選手を動かすのではなく、スポーツの時計そのものを動かさなければならない時代になったのである。
酷暑によるルール改正
こんな変則的な大会運営になった背景には、2023年の北海道大会での経験があったそうだ。
涼しいはずの北海道が記録的な猛暑に襲われ、陸上競技では体調不良を訴える選手が相次いだ。
かつて北海道といえば、夏のスポーツ大会にとって天然のクーラーのような土地だったはずだ。その北海道でさえ、安全地帯ではなくなってしまったのだ。それ以来、インターハイでは暑い時間帯を避けるため、競技時間そのものを見直す動きが進んだ。
先日僕の友人が、若い頃から憧れていた「北海道ソロツーリング」に出掛けたのだが、想像していた爽やかさはなく、もっと早く、温暖化が叫ばれる前に経験していればよかったと反省していた。
そんな時代なのである。暑さに耐えることも競技の一部という昭和的な根性論は、どうやら温暖化に先にゴールされてしまったらしい。
プロのスポーツ選手とて同様に…
もちろん、これは高校生だけの問題ではない。
プロ野球でも熱中症による体調不良が話題になる。そして先日、ジャパンラグビー リーグワンの選手が練習後に熱中症の症状を訴えて搬送され、その後亡くなるという痛ましい出来事も起きた。
鍛え抜かれたプロスポーツ選手でさえ、暑さの前では無敵ではない。筋肉は鎧にはなっても、灼熱から命を守る防火服にはならないのである。
日本陸上競技連盟も、この異常な暑さに強い危機感を抱いている。その判断材料として重視されているのが「WBGT(暑さ指数)」である。これは単純に気温だけを見るのではなく、湿度や日射、輻射熱などを加味し、人間の身体がどれほど暑さの影響を受けるのかを数値化した指標だ。
たとえば同じ30℃でも、木陰を風が抜ける30℃と、湿気をたっぷり含んだ空気の中で真夏の太陽に焼かれる30℃とでは、身体にとってはまるで別の世界である。
そこでWBGTの値に応じて給水や休憩を増やしたり、競技時間を変更したり、場合によっては競技そのものを中止する。
昔の「気温計を見て考える」から一歩進み、人間の身体が感じる危険度まで数字で管理する時代になったのだ。
太陽までマークする時代
夏の甲子園も例外ではない。
灼熱のグラウンドで白球を追う球児の姿は、高校野球の原風景でもあった。青い空、白い雲、蝉の声、アルプススタンドの大歓声。そこに滴る汗まで含めて「夏の甲子園」だった。だが、いまや「暑さも青春の一部」などと悠長なことは言っていられない。
大会では選手の熱中症を防ぐため、試合途中に「クーリングタイム」を導入している。ベンチ裏の冷房が効いたスペースなどで身体を冷やし、水分や塩分を補給する時間を設けている。
僕らが若かった頃には、運動中に水を飲むことさえ「根性がない」などと言われたものだ。いま振り返れば、ずいぶん乱暴な話である。
スポーツは暑さに耐える競争ではない。勝負をする前に、まず選手を守らなければならないのである。
FIFAワールドカップのサッカーも同様に、猛暑との戦いを強いられている。
暑熱環境によっては試合中に「クーリングブレーク」が設けられ、選手たちはピッチ脇に集まって水分を補給し、身体を冷やす。
かつてサッカーは、前後半45分を時計を止めずに戦い抜くことが美学だった。その時計にさえ、暑さが割って入るようになった。
開催地や気候によっては、試合開始時刻も夕方や夜に設定される。もはや相手のエースだけをマークしていればいいわけではない。太陽までマンマークしなければならない時代なのである。
ハーフタイムのあり方についても、商業面を含めてさまざまな議論があるようだ。休憩が長くなれば興行上の思惑を疑う声も出るだろう。
ただ結果として、それが選手の身体を休ませる時間になるのなら意味はある。考えてみれば、選手以上に逃げ場がないのは、90分間ピッチを走り続けるレフェリーなのかもしれない。笛を持っていても、太陽にレッドカードを出すことはできないのだから。
レースも真夏から逃げる
そして、僕らのモータースポーツ界も例外ではない。
SUPER GTでは2027年から、国内主要モータースポーツカテゴリーと足並みを揃え、8月に約3週間の「サマーブレイク」を設けることになった。
これはなかなか大胆な決断だと思う。
2026年には8月1〜2日に富士、8月22〜23日に鈴鹿が組まれていた。それが2027年は、鈴鹿を7月31日〜8月1日に前倒しし、夏の富士は11月6〜7日へ移動する。つまり、もっとも暑さの厳しい8月中旬から下旬を、SUPER GTのスケジュール全体でぽっかり空けるのである。レースカレンダーの真ん中に、大きな日傘を一本差したようなものだ。
これまでモータースポーツは、暑さも含めて耐久性を競う世界だった。ドライバーは耐火性のレーシングスーツを着込み、ヘルメットを被り、狭いコクピットに身体を押し込む。真夏ともなれば車内温度は50℃を超えることも珍しくない。レーシングカーとは、速く走るための機械であると同時に、夏場だけは「タイヤの付いたサウナ」にもなる。
だが、本当に心配なのはドライバーだけではない。炎天下でマシンを整備するメカニック。コース脇で長時間待機するオフィシャルやマーシャル。そしてスタンドで何時間も声援を送ってくれるファン。
ドライバーは走行を終えれば冷房の効いた部屋へ逃げ込める。だが、観客の皆さんはそうはいかない。観客席に屋根があるとも限らない。もはやドライバーの安全性だけを考えていればいい時代ではなくなったのである。
サッカーは給水のために時計を止め、高校陸上は太陽が沈んでから走り、甲子園は試合の途中で身体を冷やす。そしてモータースポーツは、とうとう夏の開催そのものを動かし始めたのだ。
もはや、人体の限界なのか
スポーツが弱くなったのではない。むしろ自然を相手に無理をしないという、新しい強さを身につけ始めたのだと思う。
せっかくの夏休みに、家族揃ってレース観戦することを毎年の楽しみにしていたファンには申し訳ない。僕自身も「真夏の富士」には独特の匂いと記憶がある。アスファルトから立ち上る陽炎までが、レースの景色だった。だから少し寂しくもある。
けれど、人間の身体にチェッカーフラッグが振られてしまってからでは遅い。季節にスポーツを合わせる。太陽が強すぎるなら、少しだけ道を譲る。それは敗北ではないと思う。
速さを競ってきたモータースポーツが、いま初めて「急がない」という選択をした。
考えてみれば、それもまた立派な進化なのかもしれない。
キノシタの近況
猛暑のシーズンず終わりかけているというのに、先日のKYOJO CUPは雨に祟られたのだから、日本の気候は明らかに変化しているように思う。ただ、四季があるからドライバースキルも磨かれる。そう思えばレースも楽しい。