419LAP2026.09.30
「灼熱のコクピット、涼を求めた者たちの知恵くらべ」
前回の418LAPで、気温が高まる中でのレース活動の過酷さを紹介した。そこで多くの方から感想をいただいたのだが、その多くは「で、暑さ対策はどうしているの?」という質問だった。すでに季節は秋である。いささか時期外れのような気がするが、読者の方々のリクエストにお応えすることにする。
418LAP 「暑さがスポーツの時計を動かした」>
(2026.09.09)
レース界で古くから重宝されてきたアイテムに、「クールスーツ」がある。ドライバーが纏うレーシングスーツは、炎からこの身を守るための鎧であるがゆえに、厚手で気密性が高い。
クールスーツという名の相棒
ヘルメットを被り、狭いコクピットに押し込められて過ごすのだから、車内はさながら蒸し風呂である。そこで活躍するのがクールスーツだ。インナースーツに水冷チューブを縫い込み、冷却水を循環させて体温の上昇を抑える仕組みである。
ところが、その冷却水を冷やす手段となると、これがなんとも古風でおもしろい。
ツーリングカーの助手席には、アウトドア用のクーラーボックスが積まれていることがある。覗けば、コンビニで調達したロックアイスが氷水にプカプカと浮かんでいる。ハイテクの塊のようなレーシングマシンの傍らに、こうした素朴な道具が今も昔も変わらず居座っているのが、なんともおかしい。
中には「角氷よりドライアイスの方が冷えるだろう」と欲を出す猛者もいた。
すると、クーラーボックスの隙間からモクモクと白い煙が立ち上り、火災かと疑われる一幕もあった。正体は、冷やされた水蒸気。「小さな水の粒」に過ぎないのだが、オフィシャルの目には、何かが燃えているとしか映らなかったのであろう。オレンジボールが提示されたマシンもあった。
僕がかつて全日本ツーリングカー選手権で戦っていた頃、チームメイトだったアンディ・オロフソンは北欧のスウェーデン人だったこともあって、日本の暑さには閉口していた。だけど、真夏のレースで一度だけクールスーツが故障したことがあり、その苦痛が忘れられず、真夏のレースでもクールスーツの使用を拒んだことがある。
着なければ暑い。だけど、一旦冷却水が循環しなくなったらもっと暑いのである。
画期的な冷却システムのはずが・・・
30年ほど前には、特別な冷却装置を開発したことがある。名刺ほどの銅板を電気的に冷やし、額に貼るという装置だった。
僕が開発を担当した。というより、試験者にされた。
技術的なことは詳しくないのだが、確か「ペルチェ」という素子を使うらしい。金属に直流電流を流すと、金属は冷える。その物理現象を利用するらしいのだが、確かによく冷えた。
だが、暑さから逃れられるものではない。医学的には脳を冷やすことで冷却効果があるはずだったが、感覚としては「デコが冷たいのにカラダは暑い」という妙な違和感が残るばかりで、結局はお蔵入りとなった。
行き着く先はいつも、古典的なクーリングシステムである。コクピット内は60度を超えることも珍しくない。低温サウナの中で1時間以上もマシンを走らせるのだから、耐え難い暑さに見舞われるわけだ。その灼熱の中で瞬時の判断と正確な操作を求められるのだから、クールスーツはまさに、戦う者の生命線なのだ。
首から下げたボトルは、幼稚園児の遠足である
レース中のドリンクもまた必需品だ。ヘルメットの内側からチューブを伸ばし、口元まで導く。喉が渇いてからでは遅い。汗となって流れ出ていく水分を、いかに絶やさず補い続けるか。それもまた、暑さと渡り合うためのささやかな知恵である。
僕自身、真夏の「鈴鹿1000km」に出た際には、この工夫にずいぶん頭を悩ませた。
シングルシーターゆえ、クーラーボックスもドリンクボトルも積む場所がない。苦肉の策で、ボトルを首から下げてチューチューと啜りながら走った。コーナーを曲がるたびに、ボトルが左右にブラブラと振られる様は、傍から見ればさながら遠足の幼稚園児であったろう。
珍道中は尽きない。
チューチュー吸うのもじつは疲れる。ゆえに、ボトルを天井の高い位置に取り付けてみれば飲みやすいだろうと考えた。だが、スタート直後の加速で中身が一気に流れ落ちてしまった。ダバダバとスポーツドリンクが流れ、スーツをベタベタにするだけだった。
ドライアイスを水と一緒に詰め込み、キンキンに冷やして飲もうとした者も現れた。流石にドライアイスは二酸化炭素の塊であり、それをそのまま口にするのは危険すぎる。人はこうして、性懲りもなく知恵を絞っては、暑さともがき続けてきたのである。
空力もへったくれもない
そもそも、車内を冷やす発想自体は目新しいものではない。かつての市販車についていた三角窓の原理を応用し、蛇腹のホースで外気を取り入れる。そんな素朴な仕組みが、レースの現場では長らく重宝されてきた。窓は全開、リアのアクリルウインドウには大穴を開けて強制換気。もはや空力もへったくれもない。
そもそも、マシンに暑さ対策などというものは、はなから施されていなかった。全日本GT選手権を戦っていたダッジ・バイパーでは何度も勝たせてもらったが、それはたいがい気温の低い春か秋のことだった。
太いロールケージはエンジンルームと直結しており、まるで焼けた鉄の棒のごとく、触れれば火傷しそうな有様だった。
フットレストも同様に熱を帯び、うっかり足を乗せれば低温火傷になりかねない。仕方なく、左足を浮かせたまま走ったものである。もはやフットレストの意味をなさない。
灼熱のマレーシア戦では、スタートを任せた相棒がフォーメーションラップの最中に音を上げた。「暑いからピットに入りたい」。無線越しに響いた、悲痛な叫びである。もはやレースどころではなかった。
素足でテレビに映った日
もっと古典的な暑さ対策といえば、「アンダーウェアを着ない」に尽きる。
わざわざ夏に厚手のウエアを重ね着するはずもなく、肌身のままレーシングスーツを纏う。マシンに乗る前から前ジッパーは下ろし、両腕は捲り上げたまま走ったものだ。
当時の映像を見た人に「それはルール違反では」と諭されたこともあったが、昔はフェイスマスクもアンダーウェアも着用義務がなかった。みな、そうしていたのである。何のための耐火スーツか、今もって分からない。熱さ以前に暑さ、である。
夏の鈴鹿、全日本GT選手権でスタートドライバーを務めた日のこと。もちろん暑くなれば腕を捲る。右手、左手、左足、右足…。ストレートでステアリングに余裕のある瞬間を見計らっては、少しずつ肌を晒していった。
やがてピットインが近づき、慌てて元に戻し始める。右手、左手、左足と・・・。だが、右足だけがどうしても戻せない。右足というのは忙しいもので、常にアクセルを踏むかブレーキを踏むかで、伸びたままなのだ。捲ることはできても、戻すことができない。
仕方なくそのままピットインしたのだが、幸か不幸か当時トップを走っており、テレビカメラの砲列がその様子を狙っていた。マシンは右ハンドルである。つまり僕は、捲り上げたままの右足から大地に足を下ろした。膝まで晒した素足が、そのまま全国に放映されたのである。最悪であった。
そんなこんなで、真夏のレースを幾つも消化してきた。当時は必死だった珍事件も、今となっては笑い話に変わるのだから、レースというのは不思議なものだ。ご興味があれば、暑さが引き起こしたその他の珍事件も、次号でご紹介しようと思う。
キノシタの近況
連載小説をnoteで公開開始しました。レース小説というより、群像小説ですので、レースファンもそうでない方も楽しめると思います。ぜひご覧いただき、感想をお伝えいただければ励みになります。
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