「思い通りにいかない、
この厳しさこそがニュル」
2026年ニュルブルクリンク24時間レースレポート
原点としてのニュル、そして進化する挑戦
ニュルブルクリンク24時間耐久レースは、GAZOO Racingの原点であり、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を象徴する重要な活動の1つだ。
チーム体制は2025年に引き続きGAZOO RacingとROOKIE Racingが融合したTGRRとしての参戦だ。エンジニア・メカニック共に若手メンバーを主体に、ベテランが支えることで実戦を通じたスピーディな人材育成も兼ねている。
参戦するマシンは昨年に引き続きGRヤリスDAT。109号車とそのサポート役の110号車の2台体制である。ドライバーは、109号車がモリゾウ/豊田大輔/石浦宏明/大嶋和也、110号車はモリゾウの先導を行なう佐々木雅弘が担当する。
ニュルとS耐をつなぐ“もっといいクルマづくり”
ただ、今までと違うのは、「ニュルだけで完結しない」ということだ。昨年ニュル24時間を走ったマシンは、その約1か月後のスーパー耐久レース オートポリス戦に参戦。これは単なる凱旋帰国ではなく、「ニュルを走ったGRヤリスがS耐でも通用するのか?」というテストでもあった。
実際に、ニュルとは異なる高温多湿な日本の環境下での走行により、チームはサスペンション性能やエンジン出力などにおける知見を得た。つまり、S耐とニュルを往復する「もっといいクルマづくり」の循環である。
これは“卒業試験”の位置づけだったニュルが、ゴールではなく新たなスタートラインになったことも意味しており、まさに「もっといいクルマづくりに終わりはない」を体現している。
進化したGRヤリスDATと開発の狙い
エンジニアリーダーの久富圭は、「昨年は、我々がモータースポーツを起点に開発してきたGRヤリスが『ニュル24時間に通用するか?』を試すことがミッションでした。結果は、ベース車両の基本性能の高さに助けられて完走できましたが、車両のポテンシャルを完全に引き出しきれていない状態だったのも事実です。今年は、その経験と課題をフィードバックしています。そこで今年の109号車は一歩踏み込んだ領域で『もっといいクルマ』にするために開発しました。懐が深く、限界域でも怖くないクルマで、誰もがもう1周走りたくなるような安心感と楽しさを両立させています」と語る。
進化のポイントは大きく3つである。
●パワートレイン
ニュル特有の長いストレートでの最高車速向上を目指して、GRヤリス純正G16Eエンジンをベースに、タービン周りで諸元変更を実施。
●空力と冷却
車両のポテンシャルをより引き出すために、空力特性を改善したアンダーパネルやディフューザーを追加。冷却との両立を図るため、ボンネットやインナーフェンダーの形状も変更。
●サスペンション
評価は良かったが、もっといいクルマにするため、そして新たな知見を獲得するために、サスペンション周りを改善。締結ポイントを再計算し、フロントストラットのジオメトリや構造を変更。
それ以外にも、明かりの無い夜間のニュルでは命綱となるヘッドライト、メーター周りや操作系など、随所にドライバーからのフィードバックを活かした細かいアップデートも行なわれている。ちなみに、クルマづくりにおいて昨年と変わった部分は、他部署との協力体制が昨年以上に強固になったことだという。この辺りも見えない“変化”の1つである。
ちなみに、110号車にはサポート以外にもミッションがある。久富は「110号車は、2025年のニュル24時間を走ったままの状態で走行させます。その理由は、コンディションの変化に惑わされず、109号車のアップデートを確認するためです」と付け加えた。
このプロジェクトが、リアルな次世代の“クルマ開発”のために行なわれている証拠だ。
マシンは昨年12月初旬のシェイクダウン後、国内テスト(4回)と3月のNLS2参戦などを通じて入念に準備を進め、NLSでは昨年仕様比で約10秒のラップタイム短縮を記録した。なお、3月のS耐開幕戦(もてぎ)に、モリゾウはGR Team SPIRITのGRヤリスDATレーシングコンセプト(104号車)でスポット参戦を行なっているが、ニュル24時間を戦うGRヤリスDATとS耐を戦う104号車は技術やノウハウをフィードバックし合っており、これも開発テストの一環であった。
迎えた決戦の舞台
昨年より1か月早い2026年のニュル24時間は、ニュル近郊の一般道脇にある、ドイツと日本の桜が2本植えられている小さな公園を訪れることから始まった。2011年は背丈も小さく細い幹だったが、今では太く大きく生い茂っている。ここで、モリゾウを含むすべてのチームメンバーが、ニュル活動の道筋を作ってくれた故・成瀬弘氏に、レースでの安全と各々の目標を伝えた。
5月14日、ニュルから10分ほど走ったアデナウの街で、今年も「アデナウレーシングデー」が開催された。ニュル24時間を戦うレーシングカーとドライバーたちが公道をパレードするイベントだが、TGRRチームも昨年に引き続き参加した。
アデナウは普段は静かで人通りもそれほど多くない街だが、週の半ばに加え激しい雨にもかかわらず、イベントが近づくにつれてお目当てのクルマを見るどころか身動きすら取れなくなるほどの人が集まり、メンバーからは驚きの声が上がった。チーム紹介のインタビューで石浦は、「将来発売される楽しいスポーツカーのために開発しているので、その走りを是非とも見てもらいたい」とファンに想いを伝えた。
5月15日、春とは思えない寒さと、例年以上に時々刻々と変化するニュルウェザーの中で予選1日目が行なわれた。5名のドライバーは、昼と夜のセッションで2周の規定周回数を走行したが、モリゾウは雨予報にもかかわらずドライコンディションでの走行となり、「サニーボーイ(晴れ男)」っぷりを発揮。走行後、疲れも見せることなく実に嬉しそうに次のように語った。
「現時点でまだ4周走っただけですが、1周ごとに変化するクルマの仕上がりを楽しみながら走っています。もちろん去年よりも1周でも多く走るつもりです。天候がどうなるか分かりませんが、4WDならではの強みや良さが活きる展開を期待しています」
さらに予選中に、110号車と同条件での比較も行ない、109号車の進化も確認することができた。
当初の予定では、5月16日の予選2日目は走行しない判断だったが、ドライバーからの「ドライ路面でより追い込んだ走りを試したい」というリクエストにより急遽走行、入念に本番レースに向けて準備を進めた。
その夜、チームは昨年に引き続き、ニュルのコースを一回りする「サーキットツアー」に参加した。ドライバー含めたTGRRチームメンバーは、ニュル特有の激しい高低差や数多くのコーナー、そして道幅の狭さが織りなすコースの難しさを実感するとともに、コース脇でキャンプを行なうファンと交流を通じて、ニュルのレース文化を現地現物した。
5月16日、決勝日のチーム全体朝礼で、モリゾウは今回の挑戦に関わる全てのメンバーにこのように語った。
「昨年"原点回帰"としてGRヤリスでニュルに戻ってきました。今年もその流れを継続し、この舞台に挑みます。ニュル特有の"高揚感"や"独特な空気"に呑まれる必要はありません。過度に緊張せず、これまでやってきたことをそのまま出すことに集中してください。昨年のレース終了後から今日を迎えるまで、チーム全員で取り組んできたクルマづくり、人づくり、体づくり、心づくりの成果が、15時のスタートから試されます。困っている人がいたら声をかける、自分にできることがあれば助けてあげる、助けてもらったら"ありがとう"と言う。このシンプルな徹底こそが真のOne Teamを作ります。今年は天候が不安定なので、健康第一、安全第一、これを絶対条件として24時間を戦い抜きましょう」。
今年のニュルはF1ドライバーのマックス・フェルスタッペン選手参戦効果も相まってチケットは完売、公式観客動員数は約35万人と昨年から約7万人も増加した。直前のグリッドウォークも例年以上に人の波で、お目当てのクルマに行くのも一苦労。TGRRのグリッドには、長年ニュルを一緒に戦うSTI、Hyundaiの面々を含め、メーカーの枠を超えた様々な人が集まった。
グリッドではチームの写真撮影も行なわれたが、フォトグラファーの三橋仁明は2007年からこの活動に関わっているモリゾウとチームのGMである関谷利之、そしてニュル伝道師の平田泰男の3ショットを当時と同じアングルで撮影。モリゾウに「あの時、ニュルに挑戦していなかったらトヨタはどうなっていたか?」について聞いてみた。
「この活動をしていなければ、苦しい時代を乗り越えられず、会社そのものが今あるかないか分からなかったと思います。それほど会社にとって生死を分ける重要なターニングポイントでした。当時の自動車業界は『たくさん売れる車、たくさん儲かる車が良いクルマ』という、数値を追う風潮が主流で、それに対して私は『本当にそうか?』と強い違和感を抱いていました。その結果、当時のトヨタはクルマ好きからも見向きをされない孤立した時期がありました。あれから19年、カーボンニュートラルが叫ばれる現代においても、ニュルには数多くのクルマ好きが集まっています。『これだけ熱狂的な人たちを裏切らないトヨタ自動車になれたこと』が最大の成果であり、それを共に成し遂げた仲間に感謝しかありません。」
思い通りにいかない、それがニュル
24時間の決勝は15時にスタート。序盤から強豪チームが次々とリタイアする大荒れの展開となったが、109号車はフロントウィンドウにヒビが入った以外は順調に走行を続ける。スタートドライバーの石浦は、コーナーでは格上のマシンを追い回せるパフォーマンスを披露しながら走行。
16時過ぎにピットインし、ここでモリゾウにドライバー交代を行ない、110号車に乗る佐々木の先導でピットアウト。109号車にはニュル24時間公式カメラが搭載されており、成瀬譲りのスムーズなドライビングが世界に発信された。当初の予定では他のドライバーと同じ8周の走行予定だったが、降り始めた雨に足をすくわれて北コース最後のセクションでスピン。チームはタイヤ交換のための早めのピットイン指示を行ない、6周で豊田大輔にドライバー交代となった。
走行後、佐々木は「自身のスピードコントロールの未熟さからモリゾウ選手をスピンさせてしまい、怖い思いをさせたことを深く反省しています」と神妙な面持ちで語ったが、モリゾウはあっさりしており「クルっと回ってしまいました。スリックタイヤはウエットだと全くグリップしないね」と語った。その表情から、マシンの仕上がりの良さが伝わる。
大輔は時々刻々と変化する路面状況の中、必要に応じてタイヤ交換を行ないながら走行。「車内がすごく暑い」と無線で伝えながらも安定したラップを重ねるが、19時半前後の燃料補給時に“燃料が入らない”トラブルが発生。ピットは「重大なトラブルか?」と緊迫したが、検証を行なうとクルマ側の問題ではなく給油装置のトラブルであったと分かりチームメンバーには安堵の声が上がった。
20時半前後に大嶋にドライバー交代。順調に走行と思いきや、21時頃にワイパーの不具合が発生し緊急ピットイン。メカニックは即座にワイパーブレード/ワイパーモーターの交換を行なったが、思わぬパーツの思わぬトラブルだった。普段壊れないモノが壊れる、これがニュルである。
その後、深夜の時間帯にスピードリミッターボタンの接触不良によるステアリング交換やタイヤのパンクなどの細かいトラブルは起きたが、チームは早急に対処。ニュル24時間で“何か”が起きやすい時間帯ながらも順調に走行を続けた。夕食はモリゾウも大好きな「カレー」が振る舞われた。ワンチームの秘訣の1つは「同じ釜の飯を食べる」ことにある。寒い時の温かいカレーの美味しさに、メンバーの眠気は吹き飛んだ。
しかし、夜が明け始めた5時20分、ブレーキ交換を含めたルーティンの整備を終えてピットアウトした直後、大嶋から「クルマから前後振動が出ている」という無線連絡が入り、北コースには入らずピットイン。このような状況になった時、「だましだまし走る」こともできるかもしれないが、TGRRは開発のための参戦である。発生原因を特定し完全に修復しない限りは安心・安全は担保できないのでコースには戻さない。
「直して挑む」― そして次の挑戦へ
当初は「エンジン関係なのか?」と推測したが、発生源の明確な特定ができず。その後、ブレーキ、タイヤなどの周辺部品も交換してみるが、状況は変わらず……。問題発生から約2時間半、関谷は「こういう時、成瀬さんだったらどのような判断をするのだろう?」と考えたが、即座に「成瀬さんなら間違いなく笑顔で『お前らリタイアするのか?』と言うでしょうね」と思ったそうだ。そして、最後まで諦めずに直してドライバーに走行してもらうためにも「時間は掛かるが確実性の高い“エンジン/駆動系の全交換“」という判断を下した。
心配してピットに駆けつけたモリゾウも「よし、分かった、やってみて」、「でも、急がず、確実に、安全に」と指示し、作業は開始された。
ニュル24時間のピットは、一つのスペースを4〜5台でシェアして使う。限られたスペース、限られた機材、そして限られた人での作業となったが、当初4時間以上かかると言われていた作業を約3時間で完了させた。
GRプレジデントの高橋智也は、「時間的にはゴールまでに終わらない可能性のほうが大きかったのですが、関谷は『時間内に直しますよ』と強く言ってくれました。あの顔を見て、これがニュルで活動を続けてきた究極の“人材育成”の賜物だと実感した」と語った。そう、成瀬の教えはシッカリと後輩たちに受け継がれている。
トラブル発生から約7時間後、再びコースへ戻り最終スティントはモリゾウが担当。場所によってドライとウエットが混在する難しいコンディションの中を佐々木の先導で走行、8周を周回してチェッカーを受けた。
結果は24時間で77周を周回したが、トップ(80号車:メルセデスAMG GT3エボ)の周回が156周だったため規定周回数に1周足りない等、競技上の完走条件には届かず、DNC(Did Not Classify)となった。
終礼でモリゾウはチームの全メンバーにこのように語った。
「これがニュルの現実です。昨年、6年ぶりの復活を果たし『若いメンバーを中心に新たな体制でニュル活動を始める』と宣言しました。昨年は非常に恵まれた好条件だったが、そんなものは続きません。『思い通りにいかない、この厳しさこそがニュルである』という現実を全員で受け止める必要があります。 私は70歳を迎えました。自分はどこまでできるか分かりませんが、これで終わりではありません。ROOKIE Racing、GR、そしてトヨタのニュル活動は今後も断固として継続していきます。いくら経理担当がグズグズ言おうが、会社がお金を出してくれなかろうが、それでもやり抜くことこそがニュルの原点です。あの頃と違って、今の自分にはこんなに多くの仲間がいます。お前ら最高!」
昨年と比べると、誰もが決して納得いく戦いではなく、悔しさが溢れた24時間であったが、ニュル挑戦の根底にある「走り続けること、そして直して挑戦し続けること」の重要性がより色濃く学べた戦いだった。
久富は「事前に何度もテストを行ないデータを積み上げてきたつもりでしたが、本番では予想しなかったトラブルが発生。ここにニュルの本当の“怖さ”がある事を実感しました。正直『悔しくて悔しくて、泣きたいくらい』ですが、このまま終わらせてしまったら絶対に悔いが残るので、必ずリベンジしてニュルを攻略できるクルマをつくりたい」と語った。
関谷は「今回のレースは、過去に経験したような極めて過酷な展開でした。車両の性能向上に伴い、従来発生し得なかった新たな課題が顕在化されました。しかし、これらのトラブルには事前準備によって回避可能だったものも含まれているので、今後の改善の余地は多分に残されていると思っています」
2人の言葉には悔しさが溢れていた。そんな久富や関谷の言葉を察したかのように、モリゾウは未来を向いている。
「今年は“ニュルを走ること”自体が一つの大きな目標でした。足の調子は万全ではありませんでしたが、体力作りを続けて来ました。今回走り切ったことで『ワンスティント(1回の走行8周)』できる体力がついていると自信を持てました。そのため『来年もまた走りたい』という個人的な想いが強まりましたね。ただ、『自分が走りたい』ではなく、『仲間と挑みたい』という気持ちの方が大きいです。更に熟成・向上させたクルマで、今年一緒に戦った“仲間”と共に一緒にチャレンジする姿をファンの皆様に見せたいです」
来年はGRがニュルに挑戦して20年となる節目の年。今回の悔しさと学びは、ニュルでの“忘れ物”を取り戻すためにも、次の実戦の場へとつながっていく。「もっといいクルマづくり」の挑戦はこれからも続いていく。