限りないクルマづくりの挑戦

LFA、86、そしてGR その進化の過程

2008年のニュルブルクリンク24時間レースに、
あるスーパースポーツカーがエントリーした。
エントリーリストの車名は「LF-A」。
この前年にコンセプトカーとして発表した開発中のクルマが、いきなりレースに参戦したのである。

艶消し黒のLF-Aの走行写真

一般的に、新車開発は機密が担保された状況下で行なうが、開発中のクルマを大観衆に晒されるレースに敢えて持ち込んだ背景は、ニュルブルクリンク24時間レースを舞台に過酷な極限テストを行ない、生きた道でライバルと戦いながらクルマを鍛えることにより、ここで生まれた問題や改善点を市販車開発へとフィードバックさせることこそが、「もっといいクルマ作り」の近道であると判断したからである。
サーキットではなく、「荒れた路面の峠道を、合法的に全開走行ができる場所」といった表現がしっくりくるニュルブルクリンク。ライバルに囲まれながらレースを極限状態で走れば、テストコースやフラットなサーキットでは現れなかったクルマの素性の差が、そのまま順位として露呈するのだ。

レースという限られた時間の中で、時にはその場で手作りの補強を行うなど、智恵を絞りながら、通常の市販車開発の何倍も速いスピードで課題解決とその結果を目の当たりにし、いいクルマづくりの答えを各々が見つけ、クルマをつくる人が成長し、クルマも育っていくのである。

LFAのチーフエンジニア・棚橋晴彦は、「ニュル24時間レースに参戦したレースカーに乗ると、ステアリングフィールがこれまでの開発車両と明らかに違いました。解析をすると曲げ剛性も違う。そこで開発車両にもフィードバックさせていきました。これはレースに出なければ解らなかったこと、まさにレースから学んだことです」と語っている。
事実この挑戦以降、LFAの性能は格段に向上していった。

ニュルブルクリンクの参戦で得た
経験やノウハウを活かし、
空力やボディ剛性を向上させた
2009年LF-A 開発車両

このLFAと同じくニュルブルクリンク24時間レースを通じて鍛えていったスポーツカーがTOYOTA 86である。
2011年11月の東京モーターショーでTOYOTA 86を正式発表した前月の10月、VLN(ニュルブルクリンク耐久選手権)第9戦のエントリーリストには、TOYOTA 86のコンセプトカーである「FT-86」の文字があった。

2011年VLNに参戦したFT-86
東京モーターショー2011で
市販モデルの正式発表を控えた
トヨタ86 プロトタイプ

クルマのバランスが理想的だった2014年参戦車両

『8割の走りでも確実に勝てる』クルマのバランスが理想的だった2014年参戦車両

“極限状態”の状況を試すことを目的とした参戦であり、マッドブラックのボディカラーに、唐草模様の偽装を行った開発車両然としたエクステリアではあるが、改造範囲はレースに最低限必要な安全装備をプラスしただけの、ほぼ素の状態でニュルブルクリンクのコースに挑んだ結果、4時間のレースはノントラブルで終えたものの、さらにTOYOTA 86をいいクルマにするための課題が明るみになり、翌年から2014年にかけてのニュルブルクリンク24時間レースの挑戦でのクルマづくりに繋がっていった。そのノウハウは市販車へフィードバックされ、限定車の「86 GRMN」、マイナーチェンジされた「86KOUKI」、そして86KOUKIをベースに86GRMNの技術を盛り込んだ「86GR」などが誕生した。

2018年のVLN9(ニュルブルクリンク耐久選手権 第9戦)に再び発売前のスポーツカーが参戦を行なった。エントリーリストの車両名は「TOYOTA A90」とあったが、これはGRスープラのコンセプトモデルであった。
86と同じく“極限状態”の状況を試すことを目的とした参戦で、TOYOTA GAZOO Racingのテーマカラーである白/赤/黒の唐草模様による軽偽装と、市販車に安全装備やレースに最低限必要な装備のプラスのみの仕様だ。

2018年のVLN9(ニュルブルクリンク耐久選手権 第9戦)に
再び発売前のスポーツカーが参戦を行なった。
エントリーリストの車両名は「TOYOTA A90」。

決勝は残り約1時間でドライブシャフトからグリスが漏れた以外はノントラブルで完走。レース後、チーフエンジニアの多田哲哉はドライバーのモリゾウ選手から「楽しくて仕方がない」と言うコメントをもらい、ホッとした。それはスープラのニュルでの卒業試験の「合格」を意味していた。

 翌年のデトロイトショーで世界初公開されたGRスープラはニュル24時間に参戦。ノーミスで24時間を走り切りクラス3位と言う結果も残し、17年ぶりのカムバックに華を添えた。
 ドライバーの一人、佐々木雅弘選手はナイトセッションでファステストラップを記録。「この時はクリアラップではなく何度もバックマーカーに引っ掛かった時のタイムです。ちなみに僕のセクターベストを足すと9分切りの実力です。マシンは量産+αの仕様なので、GRスープラの素性の良さに驚きました」と語った。
 ちなみにLFAや86 GRMNは限定モデルだったが、GRスープラはいつでも買えるカタログモデルである。つまり、ニュル24時間のレースカーと同じ“味”を誰でも手に入れることができるのだ。

いいクルマの基準は一直線上にレーシングカーと量産車が繋がっている。そこでのフィードバックはこれら3台だけではない。ニュルの活動を行なっているメンバーは、普段は様々なモデルの開発業務に携わる。つまり、ニュルでの知見/経験は他のトヨタ車にも間接的に注ぎ込まれているのだ。
2007年から10年を超える人とクルマを鍛える挑戦は、GRとして形に現れている。
しかし、いいクルマづくりに終わりはない。
さらにいいクルマづくりを追い求め、ニュルブルクリンクに挑戦しつづけるのである。