NASCAR カップ・シリーズ 第6戦EchoPark Automotive Grand Prix

「2度目の挑戦で見えたもの」

2024.4.17(水)配信

NASCAR流の予選アタックを学ぶ

予選後エンジニアとデータを見る可夢偉
予選後エンジニアとデータを見る可夢偉

 「予選になったら自然とブレーキングを頑張ってしまう。それが仕事だと思ってたから」

 予選タイムアタックを終えた可夢偉は戸惑いの表情を見せていた。NASCARはピットにあるモニターで走行中のロガーデータを見ることができるだけでなく、走行中のクルマを俯瞰したビジュアルも作成され、クルマの走行ラインや、加減速の状況などもライブで追いかけることができる。

 可夢偉の予選アタックはサーキット・オブ・ジ・アメリカのビッグブレーキポイント、ターン1とターン11でタイムをロス。どちらもブレーキングでオーバーシュートしていた。

今年3月、#50 Mobil 1 トヨタカムリ XSEを駆る可夢偉(COTA)
今年3月、#50 Mobil 1 トヨタカムリ XSEを駆る可夢偉(COTA)

 世界耐久選手権ではチームのシミュレーションを超えるラップタイムを出し、何度もエンジニアを驚かせてきた可夢偉の武器のひとつが、新品タイヤのパフォーマンスを限界まで引き出すドライビングだが、その走りがNASCARの予選では通用しなかった。この2箇所のブレーキングだけ言えばフリー走行の方がうまくまとまっていた。

 昨年8月の参戦以来、約7ヶ月ぶりにぶっつけ本番でNASCARに乗った可夢偉は、予選前のフリー走行でブランクを感じさせないどころか、3周目にいきなりグループ5番手のタイムをマークし総合8番手につけていた。だからこそ予選へ自然と期待が高まっていた。

 「中古のタイヤでもレースペースはいい。でも予選一発の新品タイヤの使い方が分からなかった」と可夢偉。予選でいつものように新品タイヤでタイムを出すブレーキングをすると、タイヤのキャパを超える荷重がかかってしまい、止まりきれなかった。事前テストがなく、新品タイヤのアタックの練習もできないのがハンデだったのではと聞くと「それは受け入れるしかないし、そこがこのカテゴリーの難しいところかも。新しく入るドライバーには練習する時間がほとんどないから。でももう分かったし次の予選は大丈夫」と答えた。

データを見返す可夢偉
データを見返す可夢偉

 日曜日の決勝は、レース中に2度も追突されほぼ最後尾まで後退。しかもイエローコーションが1度もなく(前回のインディでも同じ)、順位を挽回するチャンスがないまま29位でレースを終えた。望んでいたレース結果ではないが、レース中のペースはフリー走行同様に上位グループと遜色ないタイムで周回していたのは収穫だった。

 「予選結果が前だったらふつうに勝負できてたと思う。でも2回レースに出て2回ともイエローがないってすごくない?(笑)チームも驚いていた。でもペースは悪くなかったし、タイヤについてもよく分かったからもう一回トライをしたい。いやトライさせてもらいたい。ちゃんと結果を残したいから」
 NASCAR2回目の挑戦でクルマとタイヤへの理解を深めた可夢偉は、その手応えを噛み締めていた。

今年3月 NASCAR at COTA 決勝レース
今年3月 NASCAR at COTA 決勝レース

必要最低限のサーキット滞在時間

 NASCAR決勝レースの翌日、可夢偉はヨーロッパへ飛びWECのテストに直行した。生憎テストは連日大雨で、ウエットタイヤでさえうまく機能させられないほどのコンディションだったが、可夢偉は驚くようなタイムで走ることができたという。

 「NASCARでずっとリヤが滑る状態で走っていたから、僕だけウエットタイヤのスイッチを入れることができたみたい。僕はやっぱりいろんな車に乗っている方がいいと思う」
 国内のスーパーフォーミュラでは現役最年長のドライバーだがその進化はまだ止まらない。

挑戦を続ける可夢偉
挑戦を続ける可夢偉

 可夢偉がNASCAR挑戦を続ける理由は、前述のようにドライバーとしての引き出しを増やすためだけではない。ここ数年TGR WECチームの代表を務めることで、チームそしてモータースポーツの未来について今まで以上に考えるようになり、様々なカテゴリーのリサーチを行なっていた。そのなかでも北米のモータースポーツ事情、特に年間36レースを戦うNASCARがどうやってそのスケジュールをこなしているのか非常に気になるところだった。

 そして実際に可夢偉がNASCARの現場に来て感じたのは、サーキットでの就労時間が非常に短いことだった。NASCARはレース現場でメカニックが作業できる時間を”ガレージオープン”の時間として管理している。たとえばCOTA戦でのガレージオープンの時間は下記のとおり。

金曜日:13:00-18:00の5時間
土曜日:朝7:00(フリー走行開始2時間前)から正午(予選終了30分後)までの5時間
日曜日:11:30(レーススタート3時間前)から21:00までの10時間半

 上記以外の時間はガレージは完全にクローズされており、ガレージ内はもちろんのことガレージエリアにも立ち入ることさえできない。さらにガレージクローズ後は、メカニックだけでなくチームメンバーも原則的にサーキットを出なければならない。もしルールを破ると該当チームの車両は最後尾スタートになるという罰則もある。

シャッターが閉められたガレージ
シャッターが閉められたガレージ

 F1のように予選後の車両への作業禁止や、夜間の作業禁止時間に指定があるカテゴリーは存在するが、チームメンバーのサーキットでの就労時間がここまで短く管理されているシリーズはNASCARしかない。年間36戦というNASCARだからこそ、チームメンバーへの負担をできるだけ減らすために生み出され就労時間のルールだ。

 立場にかかわらずエンジニアやドライバーもサーキットを離れるので、無駄にサーキットに残ることはなく、可夢偉自身もオンとオフのメリハリのあるこのルールを好意的に感じていた。

 「予選終わったらみんなすぐ帰るし、決勝の朝もホテルでメカニックが朝ごはんを食べている。ヨーロッパでも日本でもこういうシーンを見たことがなかった」

 たしかに今回も土曜日の午後1時にホテルで可夢偉の動画を撮影していると、午前中で当日の仕事を終えたメカニックたちが私服姿で思い思いの場所に向かっていた。

 「決勝レースがある日曜日はお昼前にサーキット入りなので、予選終了後からほぼ24時間自由に過ごせる。現地を訪れたレース関係者が外食や買い物にいけるから、開催地にも経済効果を生み出しているみたい」

アメリカのMS事情について話す可夢偉
アメリカのMS事情について話す可夢偉

 一方、現場での作業時間が少なく、レースまでの走行時間も限られているなかで結果を出すには、持ち込みのクルマのセッティングが非常に重要になってくる。

 一見とてもアナログに見えるNASCARだが実は事前シミュレーションやデータの解析などはF1に劣らないレベルで行われており、欧州や海外でレース経験を積んだエンジニアが多く働いている。今回可夢偉の50号車を担当したエンジニアのひとりは、2018年富士で行われたスーパーGTとDTMの交流戦で、可夢偉が乗ったBMW00号車のエンジニアだった。

 「レース翌日にはファクトリーに全員集まってミーティングして、次のレースの準備にすぐに取り掛かっている。エンジニアリングのレベルはかなり高い。サーキットと工場での時間の使い方などは、日本のレースでも真似できることがある思う。チームの人手不足は労働環境もその理由のひとつだと思うし、拘束時間が明確になることで働こうと思ってくれるきっかけになるんじゃないかな」と可夢偉。自分の目で見て感じたNASCARの就労環境について、早速日本の関係者に報告していた。

自分の役目は扉をこじ開けること

昨年8月に参戦した可夢偉が駆るNASCAR(インディアナポリス)
昨年8月に参戦した可夢偉が駆るNASCAR(インディアナポリス)

 さらにもうひとつ可夢偉のNASCAR挑戦には意味がある。それは日本人ドライバーが活躍できる場所を増やすことだ。

 これまでNASCARにいわゆるワークスの日本人ドライバーが乗ることはなかった。挑戦できる道がなかったというのが正確かもしれない。

 可夢偉自身も彼が2019年にIMSAのデイトナ24時間に参戦したことがきっかけだった。北米屈指の耐久チーム”WTR”のオーナー、ウェイン・テイラー氏が可夢偉に直接電話で参戦のオファーをしてくれたことがきっかけで、キャデラックから参戦しデイトナ24時間を2連勝。その現場でTRD-USAに自分で掛け合って1度だけNASCARのシミュレーターに乗せてもらったことがあった。

 ただその時はレース参戦という話にならなかったが、デイトナ3年目にWTRから移籍したチームのオーナーが実はNASCARのオーナーでもあり、そこから可夢偉とNASCARの距離がぐっと近づいた。

 「正直なところ、以前はNASCARってどうやったら出れるかなと、考えてもまったく想像できなかった。いまはNASCAR側も外部からのドライバーを受け入れるようになってきたし、僕自身IMSAに出たことでNASCARへのきっかけを作ることができて、さらにたくさんの人の応援や協力があってこうしてチャンスをもらえている」

 可夢偉持ち前の行動力が作り出したNASCAR挑戦への足掛かり。その可夢偉に共感し昨年8月のインディ戦へのスポット参戦へと後押ししたのがモリゾウさんこと豊田章男トヨタ自動車会長だった。

 「モリゾウさんは、僕が他のカテゴリーに参戦することで、ドライバーの凄さに加えてトヨタのドライバーは色々なことにチャレンジできるということが世界に伝わるし、ドライバーの可能性も広げるんだと、僕の活動を応援してくれている。とにかく自分の役目はドアをこじ開けること。そこに入ってくる若いドライバーが出てくるかどうかは分からないし、その先に自分がどんな道を作ってあげられるかは模索しているところ。でもせっかくトヨタが活動しているんだからNASCARにもドライバーキャリアの可能性は作ってあげたい。この思いをモリゾウさんはじめGRの人たちが共感して応援してくれているというのは本当にありがたいこと。だからこそNASCARに挑戦を続けたいし、コース上でもきちんと結果を出したい」

 レーシングドライバーという職業キャリアの未来も見据える可夢偉。そんな可夢偉自身も3度目の挑戦を実現させ、NASCARで思う存分戦う姿を披露してもらいたい。それと同時に可夢偉に続く若いドライバーが出現することにも期待したい。

昨年8月に参戦したNASCAR(インディアナポリス)の様子
昨年8月に参戦したNASCAR(インディアナポリス)の様子