モータースポーツジャーナリスト 古賀敬介スペシャルコラム 「ル・マンな日々 2022」前編

GR010 HYBRIDで挑む2年目
新たな体制でTOYOTA GAZOO Racingは5連覇を目指す ~2022 ル・マン24時間レース/プレビュー~

昨年のル・マン24時間レースコラム「ル・マンな日々」やWRCコラム「WRCな日々」でお馴染みのモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんに、2022年もTOYOTA GAZOO Racingのル・マン24時間レース挑戦をレポートしてもらいます。
今回は、間もなくに迫ったル・マン24時間レースのプレビューとして、TOYOTA GAZOO Racingの新体制やWEC序盤戦、そしてル・マンへの準備などを中心に綴ってもらいました。

久々の6月開催と現地取材決定で
「いつものル・マン」を実感

 「6月のル・マン24時間」が久々に戻ってきます。COVID-19(新型コロナウイルス)の影響により2020年は9月、2021年は8月と2年連続で、伝統の耐久レースはイレギュラーな日程で開催されました。いずれもドラマチックで素晴らしい展開のレースでしたが、やはりル・マン24時間レースには、1年でもっとも昼が長い、夏至の頃が似合います。
 COVID-19の出入国規制によりしばらくル・マンを訪れることができなかった僕も、今大会は現地で取材をすることにしました。前週に行われる車検日から全力で取材をするため、既にル・マンに入り準備を進めています。この原稿を書いているのは夜9時ですが、窓から望む空はまだ青みがあり「間もなく6月のル・マンが始まるのだな」と実感します。

ル・マン標識GR010 HYBRID

 昨シーズンのWEC(世界耐久選手権)を振り返ると、GR010 HYBRIDはル・マン24時間レースを含むシーズン全勝を達成し、7号車の3人がワールドチャンピオンを獲得し、8号車の3人が選手権2位に輝きました。
 デビューイヤーだったこともありクルマのトラブルも少なくなく、またライバルとの性能差を埋めるためにBoPやサクセス・ハンディキャップ(※)を課せられたことで、かなり厳しい戦いを強いられたレースもありました。それでも、ドライバーたちのがんばり、エンジニアやメカニックたちの努力により、全レースを制したのです。
 GR010 HYBRIDは、これまでのTS050 HYBRIDとまったく違うクルマになったため、最初は乗りにくさを訴えるドライバーもいました。しかし、シーズンが進むにつれどんどんと改善され、最終的には自信を持ってドライブできるクルマになっていきました。
※:BoPはバランス・オブ・パワーの略で、クラス内の車両に対する性能調整。サクセス・ハンディキャップは前戦までに獲得したシリーズポイントを基に課せられる、強者に課せられる性能調整です。

7号車の3人がワールドチャンピオンを獲得GR010 HYBRIDはル・マン24時間レースを含むシーズン全勝を達成

TOYOTA GAZOO Racingの新体制と
2年目のGR010 HYBRIDの改善点

 そして今年、第90回を迎えるル・マン24時間レース。TOYOTA GAZOO Racingにとっては5連覇を目指して、GR010 HYBRIDで臨む2年目となります。昨年、TS050 HYBRIDの後継車としてWECにデビューし、ル・マン24時間レースでは7号車が優勝。小林可夢偉選手は初めてル・マンの表彰台の頂点に立ちました。そして、通算3回の優勝を飾った8号車の中嶋一貴選手にとっては、ドライバーとして出場した最後のル・マン24時間レースになりました。
 そして今シーズン。一貴"元"選手はTGRヨーロッパの副会長として、可夢偉選手はドライバーとチーム代表を兼務する形でWECおよびル・マン24時間レースを戦うこととなりました。

中嶋一貴小林可夢偉

 GR010 HYBRIDは、基本的に昨年と同じクルマとなります。これは規則によりクルマそのものを大きく変えることはできないからです。ただし、タイヤサイズは前輪が29/71-18に、後輪は34/71-18に変更され、ボディワークに関してはリヤウイングのエンドプレートやシャークフィンのデザインが変わり大型化されています。
 2021年仕様GR010のタイヤは前後とも31/71-18と同サイズでしたが、2022年仕様はそれに比べると前輪の幅が狭く、後輪は広くなっています。昨年、GR010 HYBRIDは後輪のデグラデーション(摩耗によるグリップ低下)に苦労したため、後輪の負担を減らすことがサイズ変更の目的のひとつのようです。しかし、規則で前輪は幅が狭くなり、昨年よりも負担が増えました。ドライバーによれば「前輪にダメージを与えないように気を遣って走らなければならない」ということです。

2022年仕様のGR010 HYBRIDGR010 HYBRID 8号車

 またパワートレーンについても、3.5リッターのV型6気筒直噴ツインターボ・エンジンで同一です。しかし、使用燃料がWEC の新規定により100%再生可能燃料に変わったため、それに対するアジャストが行われましたが、特に大きな問題は出なかったようです。
 パワートレーンに関しての最大の違いは、規則の部分です。1スティントあたりに放出できるエネルギー量が抑制され、フロントのみに搭載されるモーターを使用できる速度域が規則で引き上げられたのです。昨年はドライ路面ならば120km/h以上、ウェット路面では140~160km/h以上でモーターを作動させることができました。それが今年はドライ、ウェット問わず190km/h以上と、大幅に引き上げられたのです。モーターによる、いわゆるハイブリッドブーストは、速度が低いコーナーからの立ち上がりでもっとも有効とされるため、この作動速度の引き上げは非常に大きな影響をもたらしました。

スパを走行するGR010 HYBRID 8号車GR010 HYBRID

 このため開幕戦のセブリング1000マイルでは、コースのうち1ヶ所しかコーナー立ち上がりでハイブリッドブーストをかけられる場所がなく、その他のエリアではエンジンによる後輪駆動車として走行していたといいます。第2戦スパ・フランコルシャン6時間(以下、スパ)では使える場所が少し増えたようですが、それでも昨年までと比べると加速におけるパフォーマンスは低下しており、同クラスのライバルだけでなく、ひとつ下のクラスであるLMP2車両を抜かすのも大変になったといいます。実際、雨が強く降り路面がヘビーウェットになったスパでは、途中LMP2車両が長い時間レースをリードするというシーンも見られました。グリップが低いウェット路面でパワー差が埋まり、その上でLMP2は車両重量が大幅に軽いため、パフォーマンス差がつかなかったようです。
 以前のWECでは、日本のSUPER GTでGT500車両がGT300車両を抜かす時のように、比較的簡単に下位クラスのクルマをオーバーテイクすることが可能でした。しかし、性能差が縮まったことでオーバーテイクはよりリスキーになり、アクシデントに繋がるような要素が増えたのは間違いありません。

GR010 HYBRID 7号車雨のスパを走行するGR010 HYBRID

今年も第2戦スパでトラブルが発生。
解決しても確認作業は全力で継続

 開幕戦のセブリングでは、7号車のホセ・マリア・ロペス選手がGTクラスの車両と接触。その影響もあってコントロールを失い、大クラッシュを演じてしまいました。幸いにしてドライバーに怪我はありませんでしたが、シリーズ連覇を狙う7号車にとっては大きな痛手の1戦となってしまいました。さらに、続く第2戦スパでは、8号車がリタイアを喫することに。こちらはアクシデントではなく、メカニカルトラブルによるものでした。チームによると「原因は高電圧コンバーターによるもので、ハイブリッドのトラブルです」とのこと。かなり深刻な問題だったといえます。

GR010 HYBRID 7号車GR010 HYBRID 8号車

 思い返してみれば、昨年もル・マン24時間レースの前哨戦スパで、GR010 HYBRIDは燃料系のトラブルに見舞われ、同様のトラブルがル・マン24時間レースでも発生してしまいました。エンジニアとドライバーが走りながら知恵を出し合って問題を解決し、結果的には7号車が優勝しましたが、薄氷の勝利ともいえるものでした。そして今年も、ハイブリッドという重要なパーツにスパで問題が発生し、2年連続で不安を抱えながらル・マン24時間レースに臨まなくてはならなくなりました。
 ですが、チームは既に原因の究明、解決に成功しています。5月24、25日にスパで行なわれたル・マン向け車両のシェイクダウンでは、特に問題は起きなかったようです。それでもル・マンはル・マン。過酷な24時間レースで予想外の問題が起きないとは限りません。チームは、レースの前週に行われるテストデーにクルマを送り出す直前まで、全力で確認作業を続けるようです。

スパを走行するGR010 HYBRIDの2台スパを走行するGR010 HYBRIDの2台

今年のル・マンは平川選手の活躍が
今から楽しみで仕方ありません

 僕は今年ル・マン24時間レースを観る上で、初めてトップカテゴリーカーで挑む平川亮選手の活躍にも注目したいと思います。今年、全日本スーパーフォーミュラ選手権とWECの2シリーズに注力する平川選手は、中嶋一貴さんの跡を継ぎ8号車をドライブします。国内最高峰のスーパーフォーミュラでは、今シーズンここまで4戦で2勝するなど、現在絶好調。
 ドライバーとしての純粋な速さは申し分なく、WEC開幕戦のセブリングではチームメイトに負けず劣らぬ走りで総合2位獲得に貢献しました。既にチームメイトからも強く信頼される存在ですが、第2戦スパではクルマのトラブルにより決勝では1周も走ることができませんでした。その点が、来たるル・マン24時間レースに向けて不安要素であることは否定できません。

平川亮WEC開幕戦のセブリングでは総合2位獲得

 先日、平川選手はこう語ってくれました。
「確かに、スパでは決勝を走ることができず、想定以上にレース経験がないということを頭に入れてル・マンを走る必要があると思っています。もちろん走れなかったのは悔しいですが、自分以上にエンジニアの皆さんなどクルマに関わっていた人たちは悔しい気持ちだったと思います。
 ですから、ル・マンではそういった人たちの想いも載せて、ドライバーとしていい仕事をしたいですね。セブリングではチームメイトにも認めてもらえるような走りができたと思いますし、クルマにもかなり馴れ、いいフィーリングで走ることができています。テストデーの前にTGRヨーロッパに行き、シミュレーターでしっかりと準備をしてル・マンに臨みたいと思います」

 彼がGR010 HYBRIDをどのように操り、長い、長いル・マンをいかに戦い抜くか。6月11日土曜日の決勝スタートが、今から楽しみで仕方ありません。

ル・マン24時間レースに挑むGR010 HYBRID
  • NEXT:ル・マン5連覇をワン・ツーで達成!その影にあった2人の日本人選手の奮闘と苦悩…