モータースポーツジャーナリスト 古賀敬介スペシャルコラム 「ル・マンな日々 2025」前編

厳しい状況下でも
“強い気持ち"を胸に、
TOYOTAの記念大会で
ル・マン優勝を目指す。 ~2025年 ル・マン24時間/プレビュー~

WRCコラム「WRCな日々」でお馴染みのモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんに、2025年もTOYOTA GAZOO Racingのル・マン24時間挑戦をレポートしてもらいます。

中嶋一貴TGR-E副会長の言葉から感じる"厳しい状況下で
いい戦いをしている"という自負。

 開幕から3レースを戦い、GR010 HYBRIDは7号車、8号車とも未だ勝利を得ていない。それどころか、表彰台にすら立てていないというのが事実である。TOYOTA GAZOO Racing(以下、TGR)のベストリザルトは、第3戦スパ・フランコルシャン6時間で8号車が獲得した4位。昨シーズンは第2戦イモラ6時間で7号車が優勝していたことを考えれば、前年以上に苦戦しているようにも感じられるだろう。実際、各ラウンドのリザルトを見ても苦しい戦いが続いていることは確かであるが、視点を「順位の平均値」に移すと、2024年は2台3戦分の平均順位が約5.3位だったのに対し、2025年は約5.6位と、実はそれほど大きくは変わらないのだ。もちろん優勝の有無は大きな違いであるが、それでもTGRとしてはここまでのところ、6年連続となるマニュファクチャラーズタイトルを獲得した昨年と、ほぼ遜色ない戦いをしているといえる。

GR010 HYBRID 8号車 ピット作業GR010 HYBRID 7号車

 実際、TGR-Eの中嶋一貴副会長は、厳しい戦いが続いていることを認めながらも「いろいろな条件を考えると、チームとしては結果以上にいい戦いができているのではないかと思っています」と、状況を比較的ポジティブに捉えている。中嶋副会長はあえて言葉を濁したが、いろいろな条件とはBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)、つまり性能均衡化策であり、チーム関係者だけに公に論評することが許されていないだろう。それ故、中嶋副会長の言葉選びはどうしても慎重にならざるを得ないのだ。だが非常に厳しいBoP下で、チームはいい戦いをしているという自負が彼の言葉には感じられる。

GR010 HYBRID 8号車

今季序盤戦はフェラーリに先行を許すが、
昨年のように勢力図はル・マンで変わるのか!?

 開幕3戦の中で、TGRがもっともいい戦いをしたレースを個人的に挙げるならば、それは第3戦スパである。予選では8号車が15番手、7号車が16番手と2台揃ってハイパーポールを逃し、下位に沈んだ。注目すべきは2台のタイム差が0.003秒と非常に僅差だったこと。2台がクルマとタイヤから最大限のパフォーマンスを引き出したと考えて良いだろう。振り返ってみれば、第2戦イモラでも4番手タイムの平川亮と、5番手タイムのニック・デ・フリースのタイム差は0.001秒差だった。2戦連続でクルマとタイヤの性能を出し切ったにも関わらず、スパではポールポジションのフェラーリ50号車に1.8秒もの遅れをとることになった。

オールージュを駆け上がるGR010 HYBRIDGR010 HYBRID 8号車

 今シーズンもっとも好調なのはフェラーリ勢であり、開幕から3連勝中。表彰台の獲得回数もずば抜けて多い。また、予選も全戦でポールポジションを獲得している。フェラーリがいいクルマを準備し、いい戦いを続けていることは間違いないが、飛び抜けて速い状況が続いている状況は、どうだろうか。昨シーズンの序盤戦はポルシェ勢の強さが際立っていたが、今年のフェラーリはそれを遥かに上まわる強さを発揮している。そのポルシェ勢は今年、昨年とは打って変わって苦戦が続き、マニュファクチャラー選手権ランキングでは6位と低迷している。基本的には同じクルマでありながら、一年でこれほど大きく勢力図が変わるのは不思議なことだが、そのような状況でもTGRはフェラーリに次ぐランキング2番手につけている。もっとも、差は65ポイントとかなり大きく離れてはいるが……。

GR010 HYBRID 7号車GR010 HYBRID 7号車

 話しをスパに戻すと、決勝でのGR010 HYBRIDは、2台揃って高い競争力を発揮。珍しく「スパ・ウェザー(※)」に見舞われず、好天に恵まれたレースで確実に順位を上げていき、最後は挑戦的な戦略を駆使した8号車が4位でフィニッシュ。7号車も7位と、予選順位を考えれば望外ともいえる結果を手にした。引き続き最重量かつ、時速250km以下での最高出力も最低(250km以上でのパワーゲインは1番だが)という、厳しいBoPを考えれば2台とも大健闘のレース内容だった。とくに8号車は限りなくパーフェクトに近いレースを戦ったといえる。クルマのセットアップ、タイヤマネージメント、ドライバーのパフォーマンス、そして攻めのピット戦略。チームとして最大限の力を発揮したレースだった。
 それでも表彰台に上ったライバルのペースには届かなかったのは、課せられた条件を考えればいたしかたないところ。7号車に関しても序盤にパンクを喫し、なおかつダメージリミテーション(苦境からの挽回策)のために8号車と異なるピット戦略をとったことも考慮すれば、決して悪くない結果である。
※スパ・フランコルシャンはコース立地の地形的な要素もあり、一時的な天候の変化が度々起こり、レースに波乱を及ぼすことがある。これを通称「スパ・ウェザー」と言う。

GR010 HYBRID

TOYOTAの記念大会となる今年は
『今年は何が何でも勝つ!』という強い気持ちで臨む。

 さて、いよいよル・マン24時間である。TGRとしては2022年大会以来勝利から遠ざかっており、2大会連続で2位という悔しい結果が続いている。また今年は、TOYOTAが1985年にル・マン24時間への挑戦を開始して40周年という記念すべき大会。それもあって、7号車には1998年のル・マン出場車両であるTS020「トヨタGT-One」を模したリバリーが施された。鮮烈なレッドのボディと、筆でなぞったようなホワイトのライン。自分のようなオールドファンには懐かしく感じられ、若い世代のファンにはとても新鮮に映るに違いない。8号車に関しては引き続きマットブラックのボディで挑むが、コントラストが強いこの2台が目指すのはもちろん優勝であり、過去2年のリベンジである。
 中嶋副会長は「昨年も一昨年もチームとしてはいい戦いができていたと思いますし、自分たちにやれることはすべてやれたと思います。それでも勝てなかったのは事実ですし、昨年はとくに非常に悔しいレースでした。ル・マンでは、最後は運が左右する部分もあると思いますが、その上でチームの全員が『今年は何が何でも勝つ! 』という強い気持ちでいます」と言葉に力を込める。

トヨタ参戦40周年リバリーのGR010 HYBRID 7号車トヨタ参戦40周年ロゴ

 そしてル・マン24時間は、ここまでのWEC各戦とは関連性のない、独立したBoPが採用される見込みである。それがどのようなものになるのかは実際に発表されるまで分からないが、過去を振り返っても常にレースで強さを示すTGRにとって、有利な内容になるとは考えにくい。昨年、一昨年も絶望的ともいえる条件からのスタートだった。それでも長いレースではチーム力をフルに発揮し、2年連続で優勝を競った。

GR010 HYBRID 8号車

開発制限で最古参のGR010 HYBRIDでも、
着実な進化とチーム力で勝利を目指していく。

 2021年にデビューしたGR010 HYBRIDは最古参のLMH(ル・マン・ハイパーカー)車両であり、今年が開発制限の最終年となる。それもあって今シーズンのクルマは、少なくともハードに関しては昨年とほぼ変わらない。より基本設計が新しいライバル車が、BoPがある中でも基本性能を確実に向上させていく中で、相対的に開発され尽くしたGR010 HYBRIDのアドバンテージが目減りしていることは否定できない。

GR010 HYBRIDGR010 HYBRID ピット作業

 しかし、それでもなおGR010 HYBRIDは主に目に見えない部分で着実に進化を続けている。それは信頼性の向上であり、エンジンやハイブリッドシステムなどパワートレーンの性能を、規則で定められた性能曲線に限界まで近づけるための制御技術の追求である。もちろん絶対的な速さが必要であることは言うまでもないが、ル・マン24時間というレースはそれだけでは勝てない。すべての要素を高いレベルで備え、その上で降雨など天候の変化に上手く適応し、FCY(フルコースイエロー)やSC(セーフティカー)などイレギュラーな出来事に対応する必要がある。いかなる条件での戦いになろうと、スパ・フランコルシャン6時間で見せたような力強く、パーフェクトな戦いをル・マンでも再現することができれば、勝機は生まれるはずだ。一方で、イモラ6時間で見られたように小さなミスが重なるようでは、勝利をたぐり寄せることは難しいだろう。
 BoPに関してはどうにもならないが、レースウイークに向けて完璧に準備を整え、スタート直後の混乱に巻き込まれぬよう予選ではできるだけ前方のグリッドを確保し、クルマの性能を出し切りクリーンに24時間を戦う必要がある。
 今年新たに出場を開始したアストンマーティンを含む、8車種21台のハイパーカーの中で、栄光を手にすることができるのはただ一台のみ。GR010 HYBRIDの2台、ブラックの8号車とレッドの7号車は、参戦40周年の記念すべき大会で一体どのような戦いを見せてくれるのだろうか?  僕もコースサイドで、ピットレーンで、パドックで、全力で取材と撮影に臨むつもりでいる。

昨年のル・マン24時間レース

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