モータースポーツジャーナリスト 古賀敬介スペシャルコラム 「ル・マンな日々 2025」後編

苦しいレースの中、
夜間走行では8号車が
トップに立つ!
悔しい結果を胸に、
来年は“逆襲”を期待したい。 ~2025年 ル・マン24時間/レビュー~

WRCコラム「WRCな日々」でお馴染みのモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんに、2025年のル・マン24時間を戦ったTOYOTA GAZOO Racingの裏側をレポートしてもらいました。

ライバルのポテンシャルも高く、
レース以前から“タフな戦いの予兆”は現れていた

 2025年のル・マン24時間が、終わった。フェラーリ499Pとポルシェ963が最後まで激しく首位、そして表彰台を争ったのとは対照的に、トヨタGR010 HYBRIDは、夜間の限られた時間に首位を走ったことを除けば、終始上位争いに絡むことができなかった。最高順位は7号車の5位。8号車は15位に終わった。トヨタがル・マン24時間でこれほど厳しい戦いを強いられたのは久々であり、レース後、中嶋一貴TGR-E副会長は「完敗と言っていいレースだったと思います」と厳しい表情で今年のレースを総括した。

GR010 HYBRID 7号車

 タフなレースとなる予兆は、既にレース前週のテストデイ、そして水曜日のフリープラクティスの段階でも現れていた。8号車はテストデイでベストラップを記録していたが、ドライバーのひとりである平川亮は「他のクルマはロングランで速く、トップスピードもかなり伸びている」とライバルのポテンシャルを警戒していた。とくに、トップスピードに関してはフェラーリやポルシェを始めとするライバルとの差が無視できるレベルではなく、予選、レースでそれが大きなハンデとなり得ることを、ドライバーだけでなくチームのエンジニアやマネージメントも危惧していた。

GR010 HYBRID 8号車とフェラーリ 499PGR010 HYBRID

予選では8号車がハイパーポール2へ進出するも
実質のアタックを行えずに終わる

 水曜日の夕刻、といってもまだかなり高い位置に太陽が輝いていた予選では、8号車のブレンドン・ハートレーが10番手タイムを刻んだのに対し、7号車のニック・デ・フリースは16番手タイムに終わり、翌日の「ハイパーポール1」進出を逃した。
 デ・フリースのフルアタックは運悪くイエローフラッグに遮られた形だが、それがなかったとしても上位タイムは難しかったかもしれない。なぜなら7号車はドライブトレーンの一部に即時解消が難しい問題を抱えており、同じく7号車のドライバーである小林可夢偉によれば、ブレーキングが非常に難しい状況に置かれていたという。それもあって予選ではあまり多くを期待できなかったようだが、特に問題を抱えていなかった8号車にしてもトップからは1秒以上遅れ。まったく安堵できるような状況ではなかった。

小林可夢偉ブレンドン・ハートレー

 木曜日のハイパーポール1に進出した8号車は、再びハートレーが素晴らしいアタックを披露し6番手タイムを記録。ファイナルステージであるハイパーポール2進出を果たした。今年から導入された2段階のハイパーポール方式では、1と2を同じドライバーが走ることは認められない。そのため8号車はセバスチャン・ブエミがハイパーポール2でアタッカーを担ったが、難所ミュルサンヌでのブレーキングミスにより結果的にタイヤのエアーを失うことになり、アタックを行えぬまま10番手でセッションを終えることになった。
 事象としてはブエミのミスであり、彼は「申し訳ない」とチームに謝罪。中嶋TGR-E副会長によると、ブエミは非常に悔しがっていたという。しかし、チーム代表でもある小林はレースが全て終了した後「実は、レースウィークを通してブレーキが熱を持ちやすくなるなど完調ではなかったんです。セブ(ブエミ)のミスもそれが理由のひとつだと思います」と、高気温下で終始ブレーキングに苦労していたことを述べた。

GR010 HYBRID 8号車

 予選、フリー走行とセッションが進む中で、GR010 HYBRIDのトップスピード不足はさらに明確になっていったが、それが如何なる理由によるものなのかをチームは解明できずにいた。ル・マン24時間に関しては一戦限りの専用BoPが設定されており、空力のデータ、エンジンのデータも考慮して最適な数値が各車に課せられているはずである。GR010 HYBRIDにしても、最低重量は依然もっともヘビーではあるが、その他の要素を含めて計算する限り、最高速でライバルにそれほど大きな遅れをとることはなかったはず。また、クルマ自体も今年はジョーカーを使った大幅なアップデートこそ行っていなかったが、目に見えない部分の改良は多岐に渡り戦闘力が大幅に低下したとは考えにくい。自分たちにない「何か」をライバルは持ち合わせている。不安と疑念を抱きながらも、チームは決勝での巻き返しに期待して土曜日の午後4時を迎えた。

近年の粘り強さで決勝での浮上を狙うが、
やはりストレート速度に苦しむ

 昨年大会でも予選では下位に沈んだが、決勝では上位を争って最後の最後まで優勝争いに加わり続けた。気温や路面のコンディションが変わりやすく、セーフティカーも出やすいル・マン24時間では、クルマの純粋なパフォーマンスもさることながら、チームの総合力も試される。そのレース全体をまとめ上げる力こそがTOYOTA GAZOO Racing WECチームの強みであり、そこに必ず勝機はあると誰もが信じていた。

TOYOTA GAZOO Racing WECチーム

 ところが、今年の決勝は思い描いていたような展開とはならなかった。各車の決勝でのパフォーマンスは予選やフリープラクティスでのそれと大きくは変わらず、とくにフェラーリとポルシェは戦闘力をさらに上げてきたような印象が強かった。予選での規定違犯によりハイパーカー勢最下位からレースをスタートしたポルシェ6号車は短時間で大幅に順位を上げ、最終的には優勝争いにも絡み2位でレースを終えた。TOYOTA GAZOO Racing WECチームが目指していたのもそのような強いレースだったが、実際はなかなか前を走るクルマを抜かすことができず、順位を上げることに苦労し続けた。最大の原因はやはり最高速不足であり、平川によれば「時速300キロを過ぎたあたりから離されていきました。前を走っていてもオーバーテイクを防ぐことは難しかったですし、スリップストリームで相手の後ろについても離されていくことが多かった」という。同様のコメントは7号車の可夢偉からも聞かれ、ストレート速度が重要となるル・マンでGR010 HYBRIDは終始厳しい戦いを強いられたようだ。

ポルシェ 963とGR010 HYBRID 7号車GR010 HYBRID 8号車

 最高速で、なぜこうも大きな差がついたのか? 中嶋TGR-E副会長は「自分たちが見つけられていない領域で、ライバルたちは何かアドバンテージを見つけていたのでしょう。自分たちとしても決められた規則の枠組みの中で最大限の開発努力をしてきたつもりですが、それでも及ばなかった。考えかたを変えなくてはならないのかもしれません……」と、かなり慎重に言葉を選びながら所感を述べた。

苦戦の中でも夜間に8号車がトップに立つ。が、
徐々に後退し脱輪トラブルにも遭遇…

 いずれにせよ、いかなる理由があったにせよ、今年のル・マンでGR010 HYBRIDに優勝を争うパフォーマンスがなかったことは事実であり、ペース的には自力表彰台も難しかったに違いない。そのような状況でも8号車は極めてミスの少ないレースを続け、夜間にはトップに立った。しかし、それはセーフティカーのタイミングに助けられ、その時に装着していたソフトタイヤが夜間の路面温度にマッチしていたこともあって得られた順位。夜が明けて気温が上昇し、セーフティカーの恩恵が得られなくなるとやがてジリジリと順位を下げることになり、5位前後で周回を続けるしかなかった。

GR010 HYBRID 8号車GR010 HYBRID 8号車 ピット作業

 それでも8号車のペースは比較的安定していたが、約20時間近くが終了した時点でフレッシュタイヤを装着してピットを離れた平川は、突然クルマの挙動がおかしくなったことを察知。コントロールを失うことはなかったが、左前輪が外れ飛び、8号車は3輪状態で1周を走らなければならなくなった。他のクルマの進路を妨害せぬよう走行ラインを大きく外し、速度を上げてクルマの足まわりやアンダーボディに大きなダメージを与えぬよう細心の注意を払って走行。大きくタイムを失いはしたが、平川は何とかピットに帰還。それを待ち構えていたメカニックたちはガレージ内で即座に修理にとりかかり、考え得る限り最短のロスタイムでクルマをコースに送り出した。

GR010 HYBRID 8号車

 公式映像に、タイヤから外れたホイールナットが映し出されたことから、ナットの締め込みが十分ではなかったのでは? と当初は考えられた。しかし、中嶋TGR-E副会長によれば、ホイールとボディ側のハブを繋ぐパーツが外れない状態で新しいタイヤを装着したことが原因であり、締め込み自体には問題がなかったようだ。結果的には人的なミスによって引き起こされたトラブルではあるが、そのような余裕のない状況でレースを戦わなければならなかったことが、最大の問題点であると中嶋TGR-E副会長は述べる。また、7号車が遭遇したFCY(フルコースイエロー)解除時の手順違犯や、ピットレーン速度違犯も、原因をたどればコンマ1秒を争う中で発生したミスである。もっとも、ピットレーン速度違犯に関しては「ドライバー交代をする際に、自分のヒジがピットレーン速度設定ボタンに当たり解除されてしまったことが原因です」と可夢偉は悔しがる。

GR010 HYBRID 7号車小林 可夢偉

この“完敗”を糧とし、尽きぬ“負け嫌い”の精神で
来年の逆襲を期待したい

 以上のように、GR010 HYBRIDは2台とも完走には至ったが、それは望んでいた結果とは大きくかけ離れた順位だった。その最大の理由は最高速度がライバルに対して劣っていたことであり、その差があと2、3kmでも縮まっていたら別の展開となっていた可能性は十分にある。ただし、これほど大きな最高速差が生じたのは純粋な技術の差とは考えにくく、4位でフィニッシュしながらもリヤウイングの規定違反でフェラーリ50号車が失格になったことを考えれば、レギュレーション的にも何かしら見直す必要があるのではないかと個人的には感じた。なぜなら、違犯パーツによってもたらされた50号車の時速349.0キロ(!)というレース中の最高速度を、表彰台に立った別のシスターカー(同車種車輌)も異なるスティントで2回記録していたからだ。クエスチョンマークが頭に浮かんだ事例は他にもあるが、少なくとも表彰台に影響はなくレースは終了した。トヨタとしては、意識を素早く次のレース、そして来年のル・マンに切り替えるしかない。

 今後目指すべきは、いかなる状況においても、最高速を含めた全てのファクターで常にトップを目指せるクルマと、技術的な引き出しを準備すること。どこに棲んでいるのかは分からないが、ル・マンの「女神様」は常に気まぐれで、予想もしていなかったような困難を次々と科す。今後もきっと、それは変わらないだろう。
 進めるべきは、己だけでなく相手も知った上での、先の先を見据えたプリパレーション(準備・心構え)。そして、いかに厳しい状況となってもミスをしない、より強いチームづくり。これまでも「完敗」から一念発起して勝利を掴んだ、チャレンジ精神溢れるアプローチを何度か見てきた。このチーム、TOYOTA GAZOO Racingにはその時代を知るメンバーが、中嶋TGR-E副会長を含めて数多くいる。来年のル・マンでは、悔しさを糧とした「逆襲」に期待したい。

2025 ル・マン24時間

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