第9の提言

第3回「モータースポーツこそ“エコ”を先取りしたスポーツである」株式会社トムス 代表取締役会長 舘 信秀 氏

“エコ”という言葉を聞かない日がないくらいに私たちの生活に根付いている。しかし、この“エコ”とはいったい何なんだろうか。
 大雨や旱魃(かんばつ)、寒波といった異常気象は全世界的な問題である。その原因は地球上の空気を構成する酸素量に対して、二酸化炭素やNox(窒素酸化物)が増えることによって空気の構成バランスが崩れ、太陽の陽射しから受ける温度が、適正温度より上昇したり、斑(むら)が起きてこのような異常気象をもたらしていると言われている。
 そのような二酸化炭素やNoxを最も排出すると言われるエネルギー源の石油や石炭の使用を効率的かつ、最小限に使用というのがいわゆる「省エネルギー」である。この「省エネルギー」には二つの側面があると思われる。

 ひとつ目は、石炭や石油の代替エネルギー源が確立されていない現状では、この有限な化石燃料であるエネルギー源を絶やすことなく無駄遣いせず、次世代の代替エネルギー源が確立するまでに使い続けなければならないという事情。
 ふたつ目は、石炭や石油といったエネルギー源は残念なことに空気のバランスを崩してしまう多くの二酸化炭素やNoxを排出することから、必要最小限の使用にとどめ、それを世界規模で役立つ方向に変換しなければならないという事情である。これが概ね「省エネルギー」即ち“エコ”といわれる背景であろう。
 このような背景がある限り、我々の生業であるレースの世界に身を置く者も“エコ”から逃れられないのも当然のことといえる。
 しかし、一般的にはモータースポーツを行っている者はガソリンをはじめとする化石エネルギー源を際限なく使い、二酸化炭素とNoxを巻き散らかしている代表格として見られがちである。

ころが、モータースポーツそのものはこの“エコ”というものを最も考え、それを規則化しているスポーツである、ということはあまり知られていない。
 では、何が“エコ”か、といえば、それは「エネルギー効率」という概念であり、「空力」という概念である。これらの概念こそ「省エネルギー」であり“エコ”なのではないだろうか。

「エネルギー効率」は「熱量」とも言われるが、簡単に言えば投入したエネルギーに対して利用できるエネルギーの比率を言う。いわゆるガソリンを燃焼させてエンジンを回転させ、その回転したエネルギーを如何にタイヤに伝えて地を駆るエネルギーに変えていくかということである。唯、エンジンを燃焼させるために投入したガソリンの持つエネルギーそのものが、タイヤで地を駆るエネルギーとイコールにはならなく、ガソリンの燃焼効率や、タイヤにエネルギーを伝えるための駆動効率や、タイヤが地を駆るグリップ力で、エネルギーが少しずつ減っていく。では自動車の「エネルギー効率」はどの程度なのだろうか。
 自動車の世界では一般的に40%が上限値だといわれている。現状の市販車を例にとって見ると35~37%くらいといわれ、レーシングエンジンの場合、市販車より上限値に近く、約37%~39%に達しているといわれる。「エネルギー効率」でいえば市販車よりもレーシングカーの方が良いといえる。ただ、レーシングカーの燃費は2.0ℓ/km~2.5ℓ/kmということもあって「レースはガソリンをばら撒いて競争している」などといわれるが、このように「エネルギー効率」を見てみると、「レーシングカーは“エコ”を無視している」と批判することは的を獲ているとは言い難いのではないだろうか。

に「空力」という概念であるが、呼んで字の如く「空気の力」ということである。空気の流れをより効率的に利用し、自動車の持つ「走る・曲がる・停まる」の三つの機能に有効利用していこうという考え方である。
 エンジンの回転をタイヤに伝え、タイヤが地を駆くことで前進や後退をするのが自動車である。その時、進行方向から受ける空気のぶつかり合いによって必ず抵抗が起きる。即ち空気抵抗である。この空気抵抗が少なければ少ないほどエンジン(エンジンばかりではなく、エンジンが発するエネルギーをタイヤまで伝えていく諸システムも含む)に対する負担が軽くなる。エンジンの負担が少なくなることで、先ほど述べた「エネルギー効率」が向上するという考え方である。

のような考え方の原点は“エコ”から発想されることであり、これを規則に盛り込んで競争されているのがモータースポーツであるということを一人でも多くの人にご理解をいただきたい。
 90年代半ばまで多くの観客を集めたスポーツプロトタイプカー選手権、いわゆる“グループCカー(Cカーレース)”は“エコ”即ち「省エネ」を最も先取りしていたレースといっても過言ではない。
 ル・マン24時間耐久レースこそ燃料制限はなかったが、Cカーは「燃料制限」のルールに基づいてレースが行われていたことをご存知の方も少なくないと思われる。
 レース距離に応じて、使用できる燃料量がルールによって決められ、その燃料を使い果たしてしまうと、その時点で“ガス欠”を起こして完走できず、リタイヤとなってしまうレーシングカーもあった。

 如何に燃費の良いエンジンを開発するかがエンジンコンストラクターの技術力であったし、如何に「エネルギー効率」を向上させるマシンを作るかがシャシーコンストラクターの役目であった。そして、如何に燃費の良い走りをするかがドライバーの腕であり、それらの一つ一つの要素を着実に執り行い、優勝に導くための戦略を立てるのがチームの力でもあった。
 また、今日のモータースポーツを語る時、「空力」という考え方を抜きにしては語れないほど重要度を増している。F1ばかりではなく、あらゆるモータースポーツの場面で「空力」という言葉を耳にする。

 「エネルギー効率」という概念にしろ、「空力」という概念にしろ、それは決められた距離を、ルールに基づいて誰よりも速く駆け抜けることが競争のモータースポーツにおいて重要な要素であることはいうまでもない。
 一般的には伝わっていないが、モータースポーツ界が努力して培ってきたこうした技術力は自動車メーカーの市販車開発や生産にも寄与してきたし、今の“エコ”の考え方に貢献しているものと思われる。そして、その行き着く先は自動車という乗り物は人類にとって重要な乗り物であり続け、ますます良い乗り物にすることで人類社会に貢献していこう、という思いでもあるような気がする。このように考えているのは小生だけの思い上がりだろうか。

【編集部より】
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Profile:舘 信秀 氏
1965年、大学在学中にトヨタ・パブリカ700を駆ってレースデビュー。
1971年にトヨタ・ファクトリードライバーとしてトヨタと専属契約。
その後、1974年に株式会社トムスを設立し代表取締役社長に就任。
1982年、レーサーとしての現役を引退した後はチーム・オーナーに専念。
全日本F3選手権や全日本GT選手権など数々のタイトルを獲得し、1998年に㈱トムスの代表取締役会長に就任する。
現在はチームオーナーとして各参戦カテゴリー(スーパーGT、フォーミュラ・ニッポン、全日本F3選手権)の陣頭指揮を執る傍ら、(社)日本自動車連盟モータースポーツ評議会評議委員等、日本のモータースポーツの発展・振興に努めている。
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