2009年にはじめたこのコラムも、早いもので100回目を迎える。毎月2回、僕の身の回りの小さな感情の起伏を、掌で丁寧にすくいとるようにして綴ってきた。ちょっとした勇気に力に背を押されて開いた「クルマ・スキ・トモニ」の扉も、ついには100の物語を残してきたことになる。
最初の話はなんだっただろう…。
そう思ってバックナンバーをひも解いて見ると、そこには佐藤駿介のか細くも力強い人生が小さく切り取られていた。
佐藤駿介は親友のひとり息子。物心ついた時から…、というより、生まれる前からすでにクルマスキのDNAが埋め込まれていたようで、青竹のように瑞々しくまっすぐに、的を射る矢のように全くぶれることなく、クルマスキの人生を歩む希有な少年なのだ。
詳細は「クルマ・スキ・トモニ 1LAP」で触れている。小学生低学年からクルマの虜になり、中学生になると運転に興味が芽生えレーシングカートを開始、18歳になった今年、ついにスーパーFJに参戦するまでに成長したのだ。
ずいぶんと大人になったものだよなぁ~と思う。
“3速から2速にシフトダウンするお父ちゃん”
「そんな題名の粘土細工をこしらえて教師を困らせた少年が、いまでは鈴鹿サーキットで勝負しているなんて…」
血のつながった親子のように、その成長に涙腺が緩む。
いま彼は、プロのレーシングドライバーになるべくもがいている最中だ。レーシングカートからそのままフォーミュラーへの道を歩んだゆえ、シフトレバーもクラッチ操作もおぼつかない。それにも関わらず、鈴鹿フルコースを攻め込んでいる。
マシンは、「Team Naoki」を主宰する服部尚貴選手を頼った。
自宅のある小田原から深夜バスに乗って早朝に鈴鹿駅へ。重たいレーシングギアを背負い、徒歩でサーキットに向かう。レースが終わればまた深夜バスで帰省する。父親が工面した資金にバイトで得たこづかいを加え、爪に灯をともしながら戦っているのだ。
クラッシュ覚悟で攻めろ、とは言えない。
新品タイヤを履くのは、中古タイヤがボロボロにまですり減ってからである。
来年があるさ…とも言えない。いつ資金が底をつくかわからないのだ。
だが彼が不平を口にすることはない。勝てば扉が開かれることを信じ、ひたすら純粋に前を見ているのだ。
実はキノシタは、このドライバーを応援している。親友の息子だったというのはきっかけにすぎない。その豊かな才能と人柄と、強烈な個性に惹かれたからなのだ。
大半の若いドライバーがそうであるように潤沢な資金に恵まれているわけではない。メーカー主体のトップドライバー養成スクールに押し込みたくとも資金という壁に跳ね返された。だが才能はある。情熱もある。だからこそ、ささやかながら援護射撃をしたくなったのも事実。
僕は彼にこう告げている。
「先のことなんて考えない。だって人生はトーナメントなんだから、負ければ去るだけ、勝ったら次に進める。もうちょっとやりたいんだったら、いま勝つしかないのだよ」
かつて僕が全日本F3を戦っている時、あるチームオーナーから参戦の打診を受けたことがある。
「キノシタクン、うちのマシンで戦わないか?」
「ハイ!」
もちろん二つ返事で飛びついた。
ところが、シート合わせも終わり開幕戦を控えたある日、ふたたびチームオーナーから告げられた言葉は衝撃的だった。
「ところで、キミのお父さんはどこの病院を経営しているの?」
「は?僕の父は平凡な会社員です」
「金持ちではないのか?」
「はい、優しい父ですが、金持ちではありません」
「なんだぁ~、病院の経営者というのはガセネタか…。だったらF3の件はなかったことにしてくれ、レースは金持ちじゃないとやっちゃいけないのだよ」
そう呟くと、冷たく背を向けた。
その言葉はいまでも脳裏に刻まれたまま薄れることはない。そんな屈辱をバネにこれまで戦ってきたと思う。いつか見返してやるために、だ。
そんな僕を、同じ境遇の彼に重ね合わせているのだと思う。
あるいはそれは、閉塞感漂うモータースポーツシステムへの反骨、アンチテーゼである。モータースポーツを目指すには潤沢な資金が必要最低限の要素とされる日本のレース界に対する挑戦なのだ。
おそらく資金に恵まれずに埋もれていく才能は、陽の目を浴びた才能の数百倍に達するはずだ。少子化でかつ、経済がまだ豊かではない今、ごく一部の豊かなご子息のみにチャンスを限定していたのでは、豊かな才能の発掘には限りがある。分母を拡大せねば、有能な才能は生まれないのだ。その思いを、佐藤駿介という青年になった少年に託しているのかもしれない。
クルマ・スキ・トモニの連載を「○○号」ではなく「○○LAP」としたのは、サーキットを周回する時のように慎重に筆を運び、愛情を込めて文字にしていくという思いの現れである。
ニュルブルクリンクで100LAPを周回すれば、2500kmにもなる。ずいぶんと走ったものだとつくづく感じるだろう。だがその一方で、ニュルブルクリンクの100LAPはまだまだ極めたうちには含まれない。実際にいまのボクがそうであるように、日本人最多のニュルブルクリンク24時間参戦となってもまだコース上に新たな発見がある。同様に、クルマの楽しい社会には、まだまだ伝えきれないドラマが埋もれているはずなのだ。
佐藤駿介にとってはまだレーシングドライバーとしての1LAP目を歩み始めたにすぎない。
このコラムが200LAP目を刻む時、僕が彼をプロドライバーとして紹介できることを望んでいる。
このコラムに目を通してくださる読者の方とともに、クルマ好きの道を歩んでいきたいと思う。その意味で名付けたこのコラム。「クルマ・スキ・トモニ」。
これまでありがとう。
これからもよろしく!
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