スーパーGTよりも更に戦略性の高いレースがある?
業界の夏の風物詩
ただの遊びには留まらない。貪欲に勝利を求めれば、緻密な戦略が必要になる。高度なドライビングも不可欠だ。だが、どこかチャラチャラと笑って楽しみたいという気持ちにもなる。もはや自動車マスコミ業界では夏の風物詩ともいえる「メディア対抗ロードスター4時間レース」は、不思議な魔力を秘めたレースだった。
一般に解放しているわけでもなく、あくまで自動車マスコミ内のイベントである。だから、業界では誰もが知っているビッグイベントに成長したものの、一般への浸透度は低い。いわば、身内ネタである。それでも、どうしても読者のみんなに紹介したくなって筆をとった次第だ。
マツダの伝統的なイベントは今年で26年目を迎える
実はこれ、闇雲に速さだけが勝負を決するレースではなく、燃料の総量規制がある。昨年は4時間を90リッターで走らなければならなかった。今年はさらに厳しくなり、総量は70リッターである。そう、エコランレースの要素も含んでいるのである。
主催はマツダ。最低限の安全装備と、若干のスポーツパーツを組み込んだロードスターを準備してくれる。全部で25台。だからエントリーは25台。
今年でもう26年目になる。初代のNA型ロードスターがすでに、NB型、NC型へと移り変わり、ND型ロードスターに進化している。今年デビューしたてのND型が全チームにあてがわれた。
リーマンショックの荒波をもろにかぶった2008年でさえ、マツダはこのレースを中断しなかった。それがこのところの「Be a drive」の精神につながっている。こんな熱いイベントへの思い入れが「愛されるマツダ」の原動力なのだと思う。
参加チームは、自動車に携わる編集部を中心に組織することが条件。ドライバーは基本的に編集部員に限る。編集長はスタートドライバーを努めなければならない。5名のドライバーがステアリングを渡しながら4時間後のゴールを目指すのだ。サーキットは筑波サーキット。スタートは午後4時だから、ゴールは、陽もどっぷり落ちた夜になる。
ただし、助っ人ドライバーも受け付ける。編集部員だけでなく、レースに手を染めるプロドライバーも参集することでイベントが華やかにもなるのである。
簡単にルールを紹介すると…
「タイヤ無交換」
マシンには一切の改造が許されない。調整可能なのはタイヤの空気圧だけだ。
練習から予選、そして決勝のチェッカーフラッグが振り下ろされるまで、一切のタイヤ交換が禁止される。タイヤローテーションも認められないという厳しさだ。
だいたいがして、編集部がジャッキやインパクトレンチを所有しているわけもなく、よしんば工具類が準備できたとしても、慣れない手つきでの作業もおぼつかない。無用な心配がそれで減るのである。
(ぎっくり腰にならずにすむわな…編集長談)
レース中のドライバー交代は、早く乗り換えが終わったとしても、最低でも60秒間の待機が求められる。ガソリン給油を伴う場合は180秒間、ピット待機をしなければならない。
ちなみに、基本的に素人ドライバー故に、ドライバー交代はいたってのんびりしている。プロなら15秒ほどで完了するドライバー交代も、アマチュアは優に40秒ほどを費やす。それでも60秒待機を設けたのは、焦って事故でも起こされたらかなわんがな~、というのが理由。
(腹がつかえて乗り込むのに90秒かかっても~たがな…巨漢編集長談)
給油時の180秒待機も同様で、給油は15リッター入りのガソリン缶からトボトボと注ぐというおおらかさ。最低待機時間を設けたのは、焦ることでの不慮の事故を避けようという思いである。
給油はガソリン缶から注ぐわけだけど、1回の給油量は15リッターに限定される。40リッターのガソリンタンク満タンからスタートするから、途中15リッターを2回給油してゴールまで 辿り着かねばならない。
(セルフのガソリンスタンドで練習してきたわ…編集長談)
5名のドライバーのそれぞれの最長ドライビング時間は50分以内。スタートは編集長が努めることが義務づけられており、助っ人ドライバーは40分に制限される。プロを掻き集めても勝てないように仕組まれているのである。
とはいうものの、世界で戦うトッププロドライバーからスーパーGT現役ドライバーなど、数十名の助っ人ドライバーがサーキットに集められた。
「来年はモリゾウに声を掛けてきてくれない?」
そんなラブコールを盛んに受けた(俺は豊田章男社長のバーターかよ!(笑))。
付け加えるならば、「助っ人ドライバー」の定義が難しい。過去に全日本戦級レースでの優勝経験者は助っ人として認定される。だが、この手のローパワーマシンは、トップドライバーだからといっても圧倒的に速いわけではない。
そこでチームは思案する。最長運転時間のロスを避けるために、ワイメイク荒らしのようなプロはだしの猛者を起用したりするのである。今回、「86/BRZ Raceで上位を走る素人」が人気沸騰だった。有名なトップドライバーより、セミプロドライバーがモテモテだったのである。
(我々アマチュアがプロより人気なんて、ちょっと鼻が高いっす…86ドライバー談)
とまあ、文字にするとルールは単純なのだが、実際に参戦するとなると実に難解なのである。はっきり言って、スーパーGTの500クラスを戦うのと同レベルの戦略性が求められる。
「トムスの東條力さんやニスモの鈴木豊監督を招聘するか?」
といった噂話がまことしやかに流れていたりする。
レース戦略家が電卓を叩いて…
基本情報として、闇雲に全開走行をすれば、たしかにタイムは稼げるけど、ガス欠ストップするのは明白。だからどこかで燃費セーブしなければならない。それをどこでするか?
毎年、最終ラップにガス欠によりコース上にストップするマシンが多発するほどである。
スタート後の最初のピットストップでは、まだまだ15リッターを消費していないはずだから、15リッター給油のカードを切るには早すぎる。給油の180秒ロスは、後半に持ち越したい。
かといって、後半まで伸ばしすぎても、ガス欠の心配が残る。50分を走り切らずに給油のためのピットストップなどしようものなら、確実にピットストップ回数が増えてしまう。これは絶対に避けたい。
とはいうものの、ウエイト感度が高いから、可能な限りガソリン残量が少ない、つまり軽い状態で走り続けたい。さてどうする?
最後のピットストップをぴっちりゴールの50分前に設定、そのタイミングで15リッター給油を敢行、最後の一滴まで使い切ってゴールするのが理想だ。だが、スーパーGTストラテジスト(戦略家)でもない限り、ことはそう簡単ではないのである。
ピットには様々なデータ用紙が散乱しており、監督が眉間に皺を寄せて電卓と格闘していた。
距離レースならまだしも…
なんといっても、4時間という時間レースであることがミソ。距離レースだったらコースディスタンスから走行距離が割り出せる。おのずと燃料消費量や平均燃費がわかる。
だが、レースが何周でゴールするかは、始まってみなければわからない。それこそ、3時間59分頃にならなければ、チェッカーまでの周回数が判断できないのだ。
これでゴールできるぞとほくそ笑んだものの、最後の最後になって、予定より周回数が1周増えてしまってドッキリ…といった場面が多発するのである。できれば4時間00分00秒にゴールラインを横切りたいものだ。そんなこと、素人にできる?(笑)。
事前テストもスーパーGT以上…?
そもそも振り返って、事前テストがスーパーGT並に熱いのである。
満タンスタートが原則だけど、クルマを左右どちらかに傾けて給油すると、タンク容量の40リッターより多めに搭載できるという噂が流布された。ガソリンタンクの形状すら分析するチームも現れた。
当日の予選から決勝のゴールまでタイヤ交換が禁止される。それでいて、基本的にタイヤは新品状態のほうがグリップが高い。それゆえ、練習をせずに、いきなり予選に挑むのが上位グリッドを確保するための要件になってくる。
ただし、素人編集者が練習なしで4時間レースに挑めるわけもなく、事前にたっぷりと練習を積み重ねる必要があるのだ。
ちなみに、予選はたいがい助っ人のプロドライバーが担当する。たった1周しかベストタイミングはない。その集中力たるや尋常ではない。
なんといっても、同じコンディションのマシンが準備されているわけで、つまり、いくらローパワーマシンといえどもドライバーのスキルが露になる。助っ人はつまり用心棒である。用心棒が切られでもしたら、それこそ死活問題でもあるのだ。ニュルブルクリンク24時間レースの予選並みに緊張したよ。
フレンドリーモータースポーツの神髄が込められている
ただの我慢一辺倒のレースではなく、ときには全開走行でスカッとしたり、それなりのペースで攻めることも可能なのがこのレースの魅力だ。ただひたすら耐えるだけのレースではない。
基本的に運転が上手いドライバーがタイム的にも燃費的にも有利である。ドライビングの爽快感も味わえる。
とはいうものの、マシンはローパワーだしコントロール性がいいから、素人ドライバーでも十分に楽しめる。たとえペースが上がらなくても、それはチームのための燃料温存にもつながるわけで、つまり遅いドライバーも勝利に貢献している気分に浸れるのだ。
ドライバーだけでなく、チームスタッフも興奮に浸れる。ここもポイント。モータースポーツはドライバーが主役でありスタッフは脇役だ、といった刹那がここにはない。
チーム監督を仰せつかった編集担当はもちろんのこと、ガソリンを注ぐ新人編集スタッフや、ラップチャートに鉛筆を走らせる経理部の女性も、主役にさせてくれるのだ。
スタートは午後4時。ゴールは午後8時。つまり、途中にディナー時間を過ごし、ゴールする頃には鈴鹿8時間耐久風なキラキラ走行になる。ピットで豚汁とカレーをこしらえる総務部の美人ちゃんも、すでにビールでほろ酔い気味の編集局長も笑顔が絶えないのである。
これを一般に開放しないのはもったいないよね。そう思った。TOYOTA GAZOO Racingに提案してみようかな…!(笑)。
メーカー問わず、まさにTOYOTA GAZOO Racingの精神
ちなみに、マツダ主催のイベントだというのに、他メーカーにも門戸を開いている。
トヨタ、日産、ホンダ、三菱、スバル…。各メーカーのスポーツカー開発陣が集まって、ひとつの混成チームとして参戦しているのだ。86開発車、GT-R開発車、NSXに携わっていたS氏、インプレッサ開発責任者、ランエボを育て上げた社内ドライバーが、マツダのステアリングを交代で握るのである。マシンにライバルメーカーのステッカーがペタペタと貼られているのを見るのは不思議な気分にさせるが、些末なことを口にするひとは誰もいない。
「マツダのレースに参加するため…」なんとライバルメーカーのスタッフが社内決裁をした姿を想像すると、おもわず笑みがこぼれる。
ここでのスポーツカー談義が、今後の日本車開発に大きく影響するであろうことを期待したい。
マツダ主催のイベントではなく、オールジャパンのイベントでもある。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
-
1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」