木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 159LAP

2015.10.13 コラム

知っていた?日本にもニュルがあるって

東京ドーム168個分って?

 日本にニュルブルクリンクが輸入されたのは1993年のことだ。

 「?」

 不可解なこの言葉に首を傾げたことだろうね。

 正確にいえば、ホンダが日本に、ニュルブルクリンクをほとんどコピーしたプルービンググラウンド(テストコース)を建設、稼働を開始したのが1993年のことというわけ。

 場所は北海道の旭川からほど近い上川郡鷹栖町。僕ら業界関係者は「タカス」と呼んで親しんでいる場所なのだ。春から夏にかけては緑が鮮やかである。だが豪雪地帯だから、冬になればパウダースノーに埋め尽くされる。

 旭川に隣接するそれは、788万m2という広大な施設を誇る。と聞いても実感がないだろうけど、つまりそれは東京ドーム168個分に相当するという。と聞いてもまだリアリティがないよね。つまり、恐ろしく広いというわけだ。

 実際に、ホンダが所有するテストコースの中でも突出して広大なのである。ヘリで飛び上がって、上空から眺めでもしないと全景を掴むことができない。実際に飛び上がって眺めたことがあるけど、どこまでがプルービンググラウンドで、どこまでが国有地なのか区別がつかなかったけれどね。

  • 数ある日本のテストコースの中でも、このうねりは最強であろう。
    数ある日本のテストコースの中でも、このうねりは最強であろう。
  • NSXももちろん鷹栖で鍛え上げられた。
    NSXももちろん鷹栖で鍛え上げられた。
  • これは実際のニュル。コースサイドの緑といい、路面といい、縁石の具合などたしかに、酷似している。
    これは実際のニュル。コースサイドの緑といい、路面といい、縁石の具合などたしかに、酷似している。
  • こちらもニュル現地の画像。実際はもっと高低差がある。滝のように下って、山のように登る。
    こちらもニュル現地の画像。実際はもっと高低差がある。滝のように下って、山のように登る。

ドイツ車がいいって言うならば…

 この敷地内には、超高速域の性能を確認する高速周回路もあるし、ヨーロッパのワインディングを模したEU郊外コースもある。その中で今回テーマにしたのは、ワインディングコース。そう、つまりそれがニュルブルクリンクにクリソツなのである。

 当時のホンダ研究所の役員だった橋本健さん(のちにF1の総監督も務めた人)が、「ドイツ車の走りがいいのはニュルがあるからならば、日本にニュルがあればホンダの車ももっと良くなるわけだよね」ってことで旗を振った。「わざわざニュル詣でを繰り返すのならば、日本に作っちまおうぜ」というわけである。

  • 高速周回路は6.1kmに及ぶ。最高速度のままひたすら全開走行が可能だ。
    高速周回路は6.1kmに及ぶ。最高速度のままひたすら全開走行が可能だ。
  • 高速周回路なのに、正確な楕円ではないところがドSである。最高速領域でもマシンを痛めつける。
    高速周回路なのに、正確な楕円ではないところがドSである。最高速領域でもマシンを痛めつける。
  • いわゆる一般的なテストコースでもあるから、当然ハイバンクの高速周回路も備える。
    いわゆる一般的なテストコースでもあるから、当然ハイバンクの高速周回路も備える。
  • 一般道のように見えるものの、ここもテストコース敷地内。
    一般道のように見えるものの、ここもテストコース敷地内。

ドSの仕業だな

 そんなだから、コーナーの難易度はニュルレベルである。いや、それ以上かもしれないね。

 それもそのはず、ニュルの名物コーナーを徹底的に分析し、特に過剰な入力が加わるところはまるまるコピーした。

 さすがにニュルブルクリンクの北コースが1周20kmであるのに対して鷹栖は6.2km。そのまま原寸大でコピーするわけにはいかなかったようだが、ツボは抑えているから難易度としては遜色はない。いやむしろ、物足りないところにはさらに過激な入力を加えているから、あるいはこっちのほうがマシンにとっては厳しいといえるかもね。高速からのフルブレーキングゾーンには、コースを横断するように凹凸が並べられている。通称「ABS殺し」。ハンパな車では、ノーブレーキになりかねない。というようなのは序の口で、ジャンプスポットはもちろん再現されているし、さらに着地点にはサスペンションがフルボトムするような凹みが設けられている。よほどのドSでないと、ここまで過激になんてやれはしないのである。

  • 路面ももちろんEUコース。段差もEU流。道案内版によると、右に行くと「旭川」のはずが「KOBLENZ」となっている。
    路面ももちろんEUコース。段差もEU流。道案内版によると、右に行くと「旭川」のはずが「KOBLENZ」となっている。
  • 実際のニュル。コース序盤のフルグプラッツ。ほとんどジャンプ台である。これもタカスに再現されている。
    実際のニュル。コース序盤のフルグプラッツ。ほとんどジャンプ台である。これもタカスに再現されている。
  • ニュル。一見平坦に見える路面にもクリッピングポイント付近に凹みがあり、難易度を高めている。
    ニュル。一見平坦に見える路面にもクリッピングポイント付近に凹みがあり、難易度を高めている。
  • ご覧のようなハイパワーマシンになると、コース上に留まっているのも至難の業だ。
    ご覧のようなハイパワーマシンになると、コース上に留まっているのも至難の業だ。
  • タカスがあるのは豪雪地帯。冬は雪に閉ざされる。とはいうものの、コースが休むことはない。
    タカスがあるのは豪雪地帯。冬は雪に閉ざされる。とはいうものの、コースが休むことはない。
  • EU郊外コースも、冬になるとご機嫌な林道に変身。ラリーでも開催してみたら?
    EU郊外コースも、冬になるとご機嫌な林道に変身。ラリーでも開催してみたら?

ここを何度も走ったけれど、雪だというのに、わざわざアイスバーンをこしらえていたり、そこがよりによってくだりのブレーキングゾーンだったり…。

ここはどこ?鷹栖です

 そのパクリぶりはハンパなレベルではない。

 たとえばワインディングコースに付帯するEU郊外コースなどは、路面の質をそのまま移植したことや右側通行に変更していることは当然として、標識や街路樹や、路肩の砂や雑草までもヨーロッパのそれそのものを植栽しているのである。

 風が吹けば砂が路面を覆う。枯れた雑草が道に積もることもあるわけで、つまりまるごとEUの環境を再現しているのだ。しかもご丁寧なことに、ドイツの牧場で放たれている放牧牛も、張り子にしてコースサイドに放し飼いだ。「モー」とは鳴かないけれど、しばらく走っていると、そこが日本であることを忘れてしまうほどである。

 と、ここまでニュルそのものならば、思いつくのは「24時間レース開催」である。なんどか提案したけれど、一笑に付されてしまった。いくらコピペの世界だとはいえ、極秘の塊であるプルービンググラウンドゆえに不可能なのはわかるよ。

 ちなみに、テストコース管理棟に、秘密厳守のためのこんな標語が掲げられていた。

「ナイショだよ、ここで見たこと聞いたこと」

 レース開催は見果てぬ夢のようである。

  • この花もEU産か?美しくもあるからCM撮影のロケ場所としても活用されている。
    この花もEU産か?美しくもあるからCM撮影のロケ場所としても活用されている。
  • EU郊外コースは、標識から砂利や草木までドイツから輸入された。
    EU郊外コースは、標識から砂利や草木までドイツから輸入された。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

GT-R専門誌「GT-Rマガジン」主催の「R’sミーティング」にお呼ばれしました。かつてはGT-Rでレースを戦っていた、ってことでね。トークショーは、かつてのGT-Rドライバーと、現役R35GT-R開発主幹とブッチャケ三昧。富士スピードウェイは、見渡すかぎりGT-R、GT-R…。駆けつけてくれたファンも全員がGT-Rファンである。そこに僕がLEXUS RC Fを乗りつけたわけだが、とても興味津々のご様子で、人垣が耐えることはなかった。みんなクルマ好きなんだよね。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

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