僕らにとっての初詣
来場者数も出展者数も記録ずくめ
もうすでに日本のクルマ好きにとっては正月の風物詩である。
2015年東京オートサロンのことだ。
年明けの余韻も冷めやらぬなか、というか、正月気分ズブズブの最中の1月9日~11日までの3日間に、千葉県幕張メッセで盛大に開催されたこのショーに足を運ばずして新年を迎えた気にならない。賽銭に願いを託し、羽根をついたり凧を揚げたとしても、東京オートサロンのあの喧騒に触れなくては、どうも年を越えた気がしないのは業界関係者だけではないだろう。
東京オートサロンの盛り上がりが火傷しそうなほどヒートアップしていることは、主催者が発表する来場者数(30万9649人)が過去最高だとを知らなくとも、肌で感じることができる。
イベントスペースは年々拡大している。隅から隅まで歩くのには、脇目も振らず目的地を目指しても数十分かかる。来場者が最も多い日曜日などでは、歩みの速度は亀より遅くなるだろうから、よほど効率よく巡らなければ、出展のすべてを触れることは難しいだろう。
おそらく出展者数もうなぎ上りのようで、場所が広くなっているというのに、ブースを希望するメーカーなりショップなりが“スペース待ち”の状態らしい。2年に一度の東京モーターショーがちょっと元気をなくしているのとは対象的に、こっちはイケイケムード満点のようなのだ。
「そのうち、東京モーターショーを喰っちゃうんじゃないの?」
とは関係者の多くが語っていることだ。そんな言葉はあながち夢物語ではなく、この熱気に触れていると実感を伴う。一方が正統派の自動車ショーであり、こっちはちょっと変化球系のカスタムカーの祭典だというのに、本家を駆逐する勢いなのだ。
自動車メーカーの出展も常態化
もともとは主催者である、自動車業界系出版社である三栄書房が独自に企画運営したイベントだった。一媒体が読者サービスのために企画したような、こじんまりしたイベントだったと記憶している。
だがそれが、年々盛り上がりの一歩を突き進み、もはや飛ぶ鳥を落とす勢いである。東京モーターショーからこっちに鞍替えのお客さんも多いようだ。それぞれに魅力があるから、どっちにも足を運んでほしいのだが、勢いの差は歴然なのである。
その理由のひとつは自動車メーカーが積極的に参画してきたことだ。
かつての東京モーターショーがはメーカー系の出展がメインであり、その片隅にサプライヤーや大手チューニングメーカーが顔を揃えるという雰囲気であった。東京オートサロンは「カスタムカーの祭典」と名乗っていることでも想像できるとおり、東京モーターショーでは肩身の狭いチューニングメーカーが、大手を振ることができる。
だが、その雰囲気が変わりはじめたのはここ数年のこと。
トヨタ自動車代表取締役である豊田章男社長が来場、レーシングドライバー「モリゾウ」の名で軽妙なステージトークを展開したことに触発され、ホンダの伊東孝紳社長や日産の志賀俊之社長(当時)をすることとなった。
それをきっかけに、資本力があるホンダ、日産、スバル、三菱…。名だたる乗用車メーカーの出展はもちろんのこと、トラックメーカーが巨大にステージを造り込み、派手なステージを仕掛けている。大手自動車メーカーが顔を並べるほどの勢いなのだ。
ちなみに我がGAZOO Racingも巨大な敷地を確保しており、それでも手狭なようで、今年は2階建てのしつらえになった。
メルセデスが新車発表
今年我々を驚かせたのは、メルセデスジャパンが「AMG A45」の発表を行ったことだ。壇上に上がったのは若きプレジデントの上野金太郎代表取締役社長である。僕とは彼が高校生の頃からの付き合いであり、特に親しい。そんな、僕らの中で一番の出世頭である彼が新車の発表をしたことも話題をさらった。
メルセデス若返りの施策を次々に打つ上野社長らしく、照準をオートサロンに定めた。インポートカー系の雄であり、エクスクルーシブなメルセデスさえ東京オートサロンは無視できないイベントに成長したことを証明しているのだ。
我がGAZOO Racingのブースにさえ、「空色」と「若草色」のクラウンを展示。それまではチューニングカー、もしくはレーシングカーの展示しかなかったところに、市販車がそのまま展示されることになったのも特徴のひとつ。その一点を捉えても、東京オートサロンが東京モーターショー化していると思わされるのだ。
新年の挨拶回り?
そもそも東京オートサロンには、業界関係者が多数訪れることも魅力である。大規模な出展者の多くはスペースのどこかでトークショーやサイン会を催す。日本の契約ドライバーのほとんどを会場で目にすることができる。
それにはちょっとカラクリもある。
東京オートサロンが正月の最中に行われることがミソ。我々業界関係者はこの3日間で、年始のご挨拶を一発でこなせるというメリットがあるのだ。年末のお礼参りを不精していたとしても、松の内最中のその時期に、ひたすら挨拶を繰り返しているドライバーも少なくない。
まだ契約が整わないプロドライバーにとっても、絶好の“営業チャンス”なのである。名刺で内ポケットを厚くしたドライバーが、リクルート学生のように着慣れぬ営業スーツに身を包んで、ひたすら企画書を手渡すシーンも目につく。
クライアントの可能性があるショップなりサプライヤーが全国から一箇所に訪れてきているわけで、つまりこんな効率のいい“営業の場”は他にはないのである。
プロドライバーにとっては、東京オートサロンのステージに呼ばれなければ、やや二流的な見方をされることもある。ここに呼ばれて初めて気持ちの上での年明けを迎えることができるというわけだ。それほど東京オートサロンは、実質的にも精神的にも重要なイベントだというわけだ。
世界最大の自動車ショーになる
世界的な風潮をみても、この手のカスタム系ショーの隆盛はあきらかである。北米のSEMAショーのヒートアップを見てもそれはあきらか。東京モーターショーのような正統派ショーは未来の自動車の姿を想像するには都合がいい。ニューカーのワールドプレミアも行われるし、デビューを間近に控えたコンセプトモデルを拝むこともできる。もっと遠くの数十年後の自動車を指し示すモデルの展示も少なくない。その意味でモーターショーは未来系ショーといった色彩を放つ。
一方カスタム系ショーは、きわめて現実的である。僕らが街中で見ることのできる、あるいはステアリングを握ることが可能なモデルが、煌びやかに改造された姿で埋め尽くされている。「近未来のあこがれ」ではなく「現実的な夢」がそこにあるのだ。
「若者のクルマ離れ?」だれがそんな無責任なフレーズを口走ったのかは知らないが、東京オートサロンの熱気に包まれるとそれが眉唾であることがわかる。
「若者が車から離れているのか、我々メーカーが若者から離れているのか検証したい」とは豊田章男社長の言葉である。その答えがここにある。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」