MIRAIのライバルは未来的だった
トヨタが燃料電池の特許を解放!
1月7日、2015年の新年を飾るに相応しいニュースが飛び込んできた。あろうことか、トヨタが保有するFCV(燃料電池車)の独自特許のすべてを無償で解放すると言うのだ。これが驚きでなくて何に驚けばいいの?
トヨタが世界初のFCV市販化に踏み切った。世界の未来に明るい光を注ぐためにデビューしたモデルの名は、そのまんま「MIRAI」。ハイブリッドで先行し世界の主導権を握りながら一方で、次世代環境車の開発を粛々と進めており、その技術をMIRAIに注いだ。その特許技術をすべて解放するという。
老舗の料亭が、門外不出の秘伝のタレの調合を公開するようなもの。出汁の取り方から熟成の方法といったすべてのレシピを公開し、しかもそれを無償でパクってもいいよっていうのと等しい。2020年までの期限付き(一部を除き)だとはいうものの、前代未聞の大英断なのである。
お手手つないで行こうぜ
その意味するところは単純にして明快だ。世界一の自動車会社であるトヨタであっても、FCVの普及には多くの障害を抱えている。
まずひとつが、急がれるインフラの整備だ。ハイブリッドは既存のガソリンスタンドさえあれば良かった。だがFCVには全国各地、いや、世界のあらゆるところに水素ステーションを張り巡らせることが不可欠。日本で水素ステーションが予定されているのは、3月までに20箇所にすぎない。インフラ整備は待ったなしだ。
そのためにはまず、世界にFCVモデルを溢れさせることが先決である。今回の大英断は、ライバル企業とも手を携えて、FCVの生産量を増やすために、自らが抱えている特許を解放し、ライバルメーカーがFCVを開発しやすいようにしたというわけだ。
どこが乗ってくるのかなあ
とはいうものの、すぐに他メーカーがその特許技術を活用するかどうかは不透明だ。
経営資源の少ないメーカーは、そもそもFCV参入の余力がない。日産はEVに力をいれているし、その技術に興味を示したとしても、FCVの主導権をトヨタに握られる不安もある。積極的なのは海外メーカーか、サプライヤーではないだろうか。
ともあれ、開発には膨大な資金と頭脳が求められるFCV技術を公開したことで、普及の足がかりになることは間違いない。
さて、ホンダはどうする?
まあ、そんなことで話題にこと欠かないFCVなのだが、最大のライバルであるホンダは、今回の特許解放をどう捉えたのだろうか? 関係ない? そう、ホンダはすでに2015年中のFCV市販化を発表している。コンセプトカーもお披露目済みだ。前身のFCVクラリティにはすでに僕も試乗している。いまさら解放されても、もうほとんどできちゃってるもんね!といったところだろう。
コンセプトとはいえ…
先日、ホンダの年末懇親会の会場に、「FCVコンセプト」が展示されていた。実際に走るという希望は叶わなかったが、訪れた関係者の注目の的。いかにもFCVらしい未来感溢れるデザインだったのである。トヨタが発表したMIRAIは、未来テイストと現実感が巧みにミックスしたアピアランスであり、走行フィールもごく自然に仕上がっていた。それに比較してホンダのFCVは、未来感覚を色濃く押し出すつもりなのだろうと想像できたのだ。コンセプトカーだからそれはそうだろうよ、とは思う。市販化になればもっと大人しくなるに違いない。とはいうものの、気になったのでちょっと報告することにしよう。
高級路線か?
まあ、意匠は写真やイラストからそれぞれが感じ取ってくだされ! あまり四の五の言うつもりはないよ。
とはいうものの、ちょっとだけ感想を付け加えるならばこう。
インパネを主体とするメーター類は未来感に溢れているし、ルーフなんかほぼ全面ガラスであり、どこか宇宙船に揺られているかのようだった。いかにも次世代エコカーらしくあった。
それでいて意外だったのは、宇宙船のような機能一点張りの造り込みではなく、親しみやすさが込められていたことだ。
ドア内張りは上質な木材が貼られているし、シートの皮素材も、しっとりと手に馴染む湿度感がある。冷たい金属やハイテク素材に溢れているのかと想像していたけれど、実際には自然マテリアルを多用していた。近未来感覚が溢れてはいるものの、突き放すような素振りはない。それがどこか身体に馴染む感覚をもたらしていた。
サイズ感としてはやや大柄なイメージだった。MIRAIよりひと回り長く広く大きく感じる。前身のFCXクラリティも大柄だったから、ホンダはこのサイズで挑むつもりなのかもしれない。MIRAIが現実感を感じさせるサイズに留まったことで、普及しやすいスタンスを得たのに対してホンダのそれは、より高級路線で勝負を仕掛けてくるのかもしれない。
昨年の暮れのMIRAIの発表イベントの前日、まるでライバルを牽制するかのようにホンダは2015年のFCV市販化を発表した。そこでは4名乗りであるMIRAIとの優位性を語るかのように「5名乗り」であることを強調していた。実際に後席はゆったりと余裕があり、座面やヘッドレストの意匠を含めて5名乗りであることがはっきりと見て取れる造形である。
くどいようだが、まだコンセプトカーである。たとえばステアリングはホイール形状ではなく、操縦桿のように上端がかけている。市販モデルではそのあたりも常識的な処理がなされるはずである。というように、この未来感がどこまで保たれるか興味が尽きない。
ともあれ、トヨタが世界の明るい未来のためにレシピを解放した。FCV普及のためにはメーカー間競争をしている場合ではない。ここはひとつ「チームジャパン」としてスクラムを組んで行く必要がある。その先には空気のオイシイ世界が待っている。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
-
1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」