スポーツ度満点のエコレースだ
実は燃費競技の歴史は長い
エコレースの歴史はけして浅くない。ハイブリッドやEVの普及で、世の中の目が環境や低燃費に向かうその波にのり、昨今エコレースが盛り上がりはじめた。
とはいうものの、実はエコレースの歴史は長い。実はそのルーツをひも解くにはずいぶん遠くまで遡る必要がありそうなのだ。
僕が免許を取得したばかりの頃、つまり今から30年ほど前からすでにエコレースという形態はあったと思う。
ホンダが主催する「Honda エコ マイレッジ チャレンジ」は、「1リッターのガソリンでどれだけ走れるか?」がテーマ。発祥は1981年だというからもう35年も続く伝統的イベントなのだ。
エンジンは50ccの4ストローク単気筒だ。クルマは宇宙船のような流線型をしており、タイヤはロードバイクのように細く、ドライバーはうつ伏せか仰向けか、ともかく寝そべって操縦する。究極の技術への挑戦である。
これまでの最高記録はなんと「3644.869km/L!」。仮に九州最南端の宮崎をスタートして北海道を経由しつつ関東まで辿り着ける計算。ガソリン1リッターはおよそ145円(2014年12月現在)。紙パック1本分の燃料で日本一周するのが最終目標だというから腰が抜ける。
給油なしで1600km走破!
「1000マイルチャレンジ」なるものも存在していると聞く。1000マイル。つまり1600km。こっちはHonda エコ マイレッジ チャレンジよりは常識的で、市販車のハイブリッドを使う。一回のガソリン満タンで、1000マイルを走破するのがひとつの基準らしい。
プリウスの場合ガソリンタンクは45リッターだからつまり、35km/l以上の燃費をキープしなければならないという過酷さ。
常識的にはとうてい無理な数字だから、そこにはカラクリがある。
まずはガソリンタンクの隅々にまでガソリンを入れることがコツ。給油口ギリギリまで、それこそホースまで燃料を溜め込む。そのためには、クルマを左右に揺らすのはあたりまえ、レントゲン撮影でバリウムを胃袋の隅々に呑み込ませるようにクルマを巧みに傾けるらしいのだ。
コースは任意だから、ひたすら下り坂が続く道を選ぶという。そのためには、海外にまで遠征するというからその意気込みたるや尋常ではない。ほとんど病気の世界である。
トヨタ・プリウスカップ、解放して!
もっとポピュラーなのが、トヨタ自動車で社内イベントとして主催している「プリウスカップ」である。僕もゲストドライバーとして参加したことが度々あるが(104LAP参照)、参加者の気合いは半端ではない。比較的気軽に参加できるのが特徴なのに、レベルは相当にヒートアップしていた。
競技車は参加者が個別に持ち込んだプリウス。それを素材に、規定時間に限りなく正確にサーキットを周回し、その時の燃費を競うものだ。サーキットドライビングテクニックもさることながら、比較的、燃料消費が優先される規則である。これはこれで敷居が低い。ぜひ一般に公開してもらいたいものである。
ほとんど全開のエコレース
先日、ホンダが主催する「Honda Sports & Eco Program」に参戦した。マシンは、ホンダが準備した特殊なCR-Zである。
結論から先に言ってしまうと、このチャレンジ、とても細工が緻密にできていることで、エコレースから想像しがちな「我慢」や「耐える」という感覚がほとんどないのが特徴なのだ。
一般的なエコレースがそうであるような、「あとから集計して順位がわかる」という拍子抜けもない。トップでゴールしたものが勝ちという単純明快さがウリ。数あるエコレースのなかでは、もっともスポーツ度が高いと思う。
マシンを簡単に紹介しておこう。
基本的にはノーマルの性能をベースに、いわばN1規定のようなささやかに改造したマシンで戦うことになる。マシンはレンタル。
サスペンションは無限オリジナルに強化されているし、ブレーキパッドもレース用だ。タイヤもそれなりのスポーツタイヤが装着されている。ロールケージやバケットシートも装備されているから、走行フィールはレーシングカーのそれに近い。エコ=走り度外視、というイメージにはあてはまらない。燃費規制を取り払い、そのまま純粋にレースをしてしまってもOKだろう。
最大の特徴は、オーバーテイクシステムが装備されていることだ。ステアリング上のボタンを押せば、モーターアシストが加わる。触れずにいれば、エンジンだけのガソリン走行である。
インパネには特別なモニターが組み込まれており、バッテリー残量やアシスト量や、もちろんそこまでの総燃料消費量や周回ごとの燃費やタイムが表示される。それを睨みながら、ひたすら走りに没頭することになる。
ちなみに、マシンの前後に5連灯のランプが備わっていて、マシンのバッテリー残量を表示する。オーバーテイクシステムを使用すればそれも点灯する。ライバルの蓄電状態をさらす。抜きにかかったこともわかる。ライバルとの駆け引きも重要な戦略となるのだ。
本気のバトルレースと同様のスキルが必要だ
僕が参加したのはツインリンクもてぎのフルコース。90分耐久であり、18.5リッターの使用が許された。過去のデータから、1周2分40~50秒あたりを0.7リッター近辺の燃費で走行すれば優勝に絡めるという計算だった。
燃費を気にせずに限界まで攻めれば、2分32秒だというから、それより10秒ほど余裕があるものの、それほどノンビリペースではない。なかにはスピンをやらかす御仁もいるほどのちょい早ペースである。
それでも燃料を気にせず遠慮なく攻めれば、1周で1リッターほどガソリンを消費する。それを0.7km/Lに抑え、2分40秒でラップするのがひとつの基準だ。
燃費を稼ぐには、ブレーキングで速度を抑えすぎてはならない。アクセルを踏み込むにせよ、惰性で旋回するにせよ、コーナリング速度は高めたいのが心情だから、おのずとタイヤがスキール音を高めるほどの攻め具合になる。加減速はエコ的なドライビングであっても、コーナリングは限界そのものだ。
実際にこのレース、想像以上に楽しい。エコからイメージする我慢のストレスはほとんどない。燃料を節約するという作業はむしろ、楽しみでもあった。
実際の競争レースでも、燃料消費をまったく無視しているわけではない。スーパーGTだって、ニュルブルクリンク24時間だって、燃費をつねに意識している。燃料消費を抑えればあらかじめの搭載燃料を減らすことができるわけで、つまり有利な状態で戦いに挑めるからだ。給油時間に関係してくるからピットロスにも貢献する。我々競争ドライバーもつねに、エコ的なドライビングを心掛けているわけ。
「あいつ燃費いいねぇ~」
「タイヤの消耗も少ないし」
これはプロドライバーとして最大の褒め言葉だ。
というように、日頃の過激な競争レースに限りなく近い感覚で楽しめるのである。
実はオーバーテイクシステム(このネーミングがいいねぇ~)の使い方がミソだ。基本的にはレースだから、ライバルより先にゴールすればいい。つまり、抜きどころのひとつであるストレートでオーバーテイクシステムを使えるように走行パターンを組み立てるのがミソ。コーナーではライバルの頭を抑え直線で引き離す、といった駆け引きができるのも魅力のひとつだ。
まるでF1級の戦略が必要?
このレースの素晴らしいところは、ピットマンも戦略的に重要なところにある。ピットには全車の燃料消費状態がリアルタイムで表示されている。ドライバーがコクピットで把握できない内容もそこには含まれている。つまり、ピットで電卓を叩き、サインボードを媒介としてドライバーに指示を出すってことも重要になってくるのだ。
これが何を意味するか。スタートしてしまったらあとはドライバー任せでもなんでもなく、むしろピットに頭脳的ストラテジストがいるかどうかで勝敗が変わってくる。応援に来たスタッフ誰もが興奮できるのである。
実はこのレースで勝っちゃったのだ (だからコラムネタにしたのかも…) 。
我がチームには、博士号を持つM-TEC(無限)の永長社長が戦略を練り込んだ。逐一変化する状況に対応し、電卓を叩くまでもなく暗算ですべてを指示。ドライバーはただひたすら指示に従ってドライブするだけだった。
メンバー全員が楽めるのもこのレースの素晴らしいところなのである。
運営的にもメリットばかり
ちなみに、マシンはテレメトリー的な回路が組み込まれている。あらかじめ決められた燃料を使い切ってしまうと、ガス欠状態は擬似的に発生。最高速度が70km/hまで抑えられるようにプログラミングされている。トロトロ走行にはなってしまうけれど、ピットには戻って来られる計算。マシン回収の手間隙からも解放されるのだ。
そもそも使用可能燃料は、コンピューターが制御する。まだガソリンタンクに燃料が残っていても、ある量を消費した段階でおこる疑似ガス欠でコース上にストップしたマシンの回収に時間を要したり、ガソリンタンクから燃料を吸い出したり給油したりして公平を担保する苦労もない。運営的にも実に手軽なのである。
いやはや、このエコレースには、モータースポーツとしての将来性を感じた次第。エコレースワークスドライバー、なんて目指そうかな!
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
-
1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」