木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 134LAP

2014.12.09 コラム

水素燃料車レース!

先手を打ったのはホンダだった?

 もはや時代先取り競争のようである。

 ホンダが来年市販化を発表した燃料電池車の、その試作車をドライブしたのは、いまからおよそ10年前のことだった。

 場所はホンダが北海道に所有する超過激な「鷹栖テストコース」。国内メーカーのどのコースよりも過激であり、和製ニュルと称されるコースだ。しかも試乗日は真冬。ホンダが定期的に開催しているウインターオールラインナップ試乗会でのこと。

 その時の驚きは今でも語りぐさだ。

 水素を燃料とする燃料電池車「FCXクラリティ」は、当時は滅多にお目にかかることのできない代物だった。まだEVカーだって珍しい時代だ。だというのに、雪深いテストコースに置かれ、自由に走らせることが許された。しかも、である。設定されたコースはカントリーロード。スノーラリーよろしく、雪の壁にヒットするかもしれない危険があるにもかかわらず、存分に限界を試してもいいと言うのだ。

「エンジンはどうやって始動させるんですか?」

「エンジン?モーター駆動だからありませんけれど、インパネのスイッチを押すだけで走らせられます」

「そんなに簡単に?」

「そう、それだけです。普通のEVカーと考えてくださっていいですよ」

 突き放すように呆気なく、世界でも希少なモデルの試乗となった。そう、すでにそれほど完成度が高かったのだ。

「一台1億円ほどの試作車です」

 担当者はそういってニヤッとした。ささやかに釘刺しである(笑)。

 このさりげなさには裏話がある。

 あまりに希少であり高価な試作車だったため、当初は平坦な直線路の往復走行だけを設定していた。だが、H氏という豪気な幹部の一言で覆った。

「せっかく北海道まで来てもらうのだ。直線加速だけでは恥ずかしいだろ。水素自動車でも元気に走るってことを伝えなければ、ホンダの名がすたる」

 そんな鶴の一声で、FCXクラリティの激走体験となった。水素燃料電池車の時代がすぐそこに…の印象を受けることになったのだ。

  • FCXクラリティは10年以上前に林道で試乗済み。
    FCXクラリティは10年以上前に林道で試乗済み。

一方あのトヨタは?

 ホンダがFCXクラリティを林道に解放したことでわかるように、10年前の時点ですでに、燃料電池車の時代はすぐそこに訪れようとしていることがわかった。その先陣となり旗振りをするのはホンダなのだろうと予感した。だって、真冬の林道をかっ飛ばせるなんて、おそらく世界のどのメーカーも未達なんだろうなぁと思ったのだから。

 トヨタは1996年にFCHVを発表している。2002年にはホンダとほぼ同時に発売を開始もしている。トヨタとホンダが首相官邸での同時納車式をしたこともある。トヨタだって粛々と開発を進めていたのだ。

 だが、やはり林道かっ飛ばしのインパクトは強烈だった。燃料電池はホンダとの思いが日増しに募っていったのである。

 ところが…。

「燃料電池車の市販化世界初」の称号を得たのは、長い間無言を貫いていたトヨタだった。2014年12月、燃料電池車「MIRAI」を発表したのである。

 発表会は、広い会場を埋め尽くすほどの記者達に溢れていた。その記事は、夕刻からテレビ番組や翌日の朝刊の一面を飾った。世界初の文字が踊っていたのだ。

  • 「MIRAI」は本当にトヨタの願いどおり、未来を明るく照らすことができるのか?
    「MIRAI」は本当にトヨタの願いどおり、未来を明るく照らすことができるのか?
  • オドロオドロしいデザインが近未来感なのだろう。
    オドロオドロしいデザインが近未来感なのだろう。

 事前に僕は、MIRAIを走らせている。たしかに呆気なく、走る。かなりずっしりと重量感があることを除けば、EVカーとの大きな違いはない。加速も鋭いし、低重心ゆえにコーナリング特性も悪くない。スポーツカーとしての資質があるかどうかには疑問符がつくが、重い水素タンクを積んでいることを考えればよく走ると思う。

 それをアピールする狙いがあったかどうかはともかく、発表前に開催された全日本ラリー選手権第9戦「新城ラリー」の会場で、MIRAI(その時はまだ名は伏せられていた)はデモランを披露したのだ。世界初の水素燃料自動車の初走行はなんと、ラリーだったのである。これまた時代に名を刻んだ。

  • 実車のデビューはなんと全日本ラリー選手権だった。ラリー仕様に改造されている。
    実車のデビューはなんと全日本ラリー選手権だった。ラリー仕様に改造されている。

負けず嫌いのホンダは?

 興味深いのは、長らく先行していたかのようにみえたホンダの動向だった。ミライの発表を事前に悟ったのだろう。トヨタが華々しく燃料電池車を発表する前日に、『FCX、2015年に発売する』といったリリースを流した。しかも「5名乗りセダン」と強調もしていた。そう、MIRAIは「4名乗りセダン」なのである。鳶に油揚げをさらわれた悔しさと意地を感じたのは僕だけではあるまい。

 実はそのはるか前にFCXクラリティを、INDYのペースカーとしてお披露目している。一方がラリーカーならば、ホンダはINDY。モータースポーツをお披露目の場としたことも、実は先手を打っていたのだ。そんな熱いやり取りを傍観しているのは面白い。

  • INDYのオフィシャルカーとしてツインリンクもてぎで勇姿を披露。
    INDYのオフィシャルカーとしてツインリンクもてぎで勇姿を披露。

競い合いの果てに…

 燃料電池自動車は「究極のエコカー」と呼ばれるだけあり、近未来のモータリゼーションの主役になり得る資質がある。当面の課題は燃料の製造と調達方法である。

 燃料電池自動車は一切の排気ガスを排出しない。排気管から出るのは、飲料可能な水だけだ。ただ、水素の精製時には化石燃料を燃やす。その段階でCO2を吐き出す。そこが課題。理論的には水素は、それこそ汚泥や残飯からも精製できるというから、精製方法の充実、まずそれを急ぎたい。

 インフラの整備も欠かせない。MIRAIは一回の充填で700kmほど走る。充填そのものの時間はガソリン給油と同等だから、これまでの生活パターンが侵されることはない。ただし、水素スタンドがまだまだ少ないのだ。それも当面の課題である。

 ともあれ、将来的には有望な動力源なのであり、そのためにトヨタとホンダが先を競ってくれるのはありがたい。どっちも応援してますよ!

  • 水素燃料電池自動車は、排気管から水しか排出しない。ご覧のように電気分解の痕跡が。
    水素燃料電池自動車は、排気管から水しか排出しない。ご覧のように電気分解の痕跡が。
  • いたって常識的なインパネである。こちら未来感を演出してはいない。水排出スイッチがあることだけが違い?
    いたって常識的なインパネである。こちら未来感を演出してはいない。水排出スイッチがあることだけが違い?
  • 水素燃料タンク。カーボンで危険性は極めて低い。ガソリンを積む車より安全だともいわれている。
    水素燃料タンク。カーボンで危険性は極めて低い。ガソリンを積む車より安全だともいわれている。
  • モーターはフロントに搭載。ハイブリッドと似ている。
    モーターはフロントに搭載。ハイブリッドと似ている。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

今年もTGRFに参加することができた。GAZOO Racingドライバーとして、ちょっと喜びをかみしめてしまうのだ。しかも今年の86/BRZ Dream Raceは、美人レーサーとして誉れ高い塚本奈々美選手とのコンビだった。昨年は超貧乏レーサーの橋本とのコンビだったことを思えば天と地である。日頃、ウザくてむさ苦しいGAZOO Racingドライバーに囲まれているだけにとても新鮮。結果はともかく、とても充実した時間だったのだよ。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

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