気持ちはすでにニュルに向かっていた
おそらくこの原稿がアップされた時にはすでに、今年最初のドイツでのレース、VLNニュルブルクリンク4時間レースの結果が出ているはずだ。
そう、フライトは明日の朝。渡独する前日の夜に、こうして机に座ってペンを走らせているのである。身支度は整えた。レーシングギアを詰め込んだ巨大なキャリーケースや、着替えや防寒具を納めた大きく膨らんだボストンバッグはすでに、空港のチェックインカウンターに送ってある。傍らには、小さなグローブトロッターがあるだけだ。パスポートや機内で読みふけるための書物が数冊が入っている。準備は整っている。あとはこうしてVLNに思いをはせるだけでいい。
VLNは、ニュルブルクリンク24時間レースの前哨戦ともいえる。それ自体が独立してシリーズ戦が展開されている。全10戦だ。ただし、シリーズを追うチームとは別に、24時間実践テストレースに意義を抱いて参戦するチームも多い。我々もそのうちのひとつ。今シーズン初めて、世界の猛者が剣先を合わせるのだ。
カーテンを開ける。すると外は、不気味なほど暗い。もう深夜2時。あまり眠りにつけなかったから、こうして原稿用紙を前にしている。ドイツとの時差は-8時間。日の長いニュルブルクリンクはまだ明るいんだろうな、なんて考えた。
みんなはいま、何してるの? このPCを前にこのコラムを読んでいるって? そりゃそうだ。貴重な時間をわけてくれてありがとう。
こっちは夜中に書斎でパチパチと書いているわけだから、どうしてもテイストが夜モードになっちゃう。だから読んでくれるみんなも、いまが夜だったら嬉しいね。ちょっと部屋を暗くして、ハイボールなんかカランコロンやりながらだと、気持ちが一本の糸で結ばれているような気がして嬉しいね。
機体は磁力に吸い寄せられるように下降した
明日の朝、僕はいつもの全日空便に乗れば、呑んで、寝て、目が覚めればフランクフルト・アムマイン空港だ。フライトは約12時間。着陸直前、ドイツの大地を眺めると、本当にここは緑豊かな国であることを実感する。たいがい、どんよりと曇っていたり雨に湿っていたりするのがドイツ。森は緑というより黒い。ニュルの森を「黒い悪魔」というのも理解できる。
正距方位図法によって飛んできた機体から見る風景は、すでに平面的なメルカトル図法に変わって見えた。すると不思議なことに、立体感が増幅されていく。それは緊張の増幅と比例する。地上で戦う僕らは、戦いの場である地上に近づくと、リングに押しやられるボクサーのような心境になるのだと、本能的にプログラミングされているのだろう。
僕のチキンハートはここで決まってキュンと収縮する。そして大きく深呼吸をするのが決まってここなんだよね。
前哨戦の前哨戦
アウトバーンの追い越し車線を、高性能なドイツ車に混じってぶっ飛んでいると、およそ2時間でニュルブルクの街につく。
アウトバーンって、気持ちと体をレースモードにアジャストしていくのにとっても都合がいい。速度無制限。だからパッシングレーンのアベレージは230km/h前後。環境はサーキットと同じだ。
後続からは、ワンモーションのアウディRS4やポルシェ911が放たれた矢のようにかっ飛んでくる。モタモタしてたらパッシングされる。バックミラーに映る運転手は、ちょっと枯れたオヤジだったりする。奴ら280km/hくらいで煽り倒してくるから、こっちも命懸け。こっちはプロ。プロでさえ、クルマに性能差があると煽られる。
ドイツって、速いことが正義なんだ。速いクルマを手に入れることは時間を手に入れることとイコールという考え方なんだ。それも道理。だって飛ばせば飛ばすほど目的地に早く到着できるわけだし、ビジネスチャンスも生まれる。それを原資にもっと速いクルマを買う。速いクルマのために遅いクルマは道を開ける。速いものがステージが高い。そんなヒエラルキーが厳然と存在しているのだ。
ニュルブルクリンク24時間も、速いクルマが偉い。遅いマシンは道を開ける。レースもアウトバーンも思想は一緒。レースモードにスライドさせるために、本当にアウトバーンは都合がいい。
一転して空気が暖かくなる
ニュルの街。街というより、村だよね。本当に田舎の静かな村だ。ニュル村。
アイフェル地方の牧歌的な丘陵地帯にある。乳牛が草を食む。濃く茂った牧草畑が広がる。電線ひとつない、とても美しい村。
ちなみにニュルブルクリンクは、ニュル村の、ブルグ(=城)がある、リンク(=サーキット)という意味だよ。だから「ニュルブルクリンクのサーキット」というのは「牛肉の牛丼」と同じで、正確には間違え。城に見守られているニュル村のサーキットで僕らは戦う。
日本の桜の木の前で
そうそう、ニュル村についてまず僕がするのは、恩師である成瀬さんの眠るモニュメントに挨拶することなんだ。成瀬さんはトヨタのテストドライバーのトップだった人だ。豊田章男社長の師匠だし、GAZOO Racingをニュルに導いてくれた神である。氏が亡くなったのは5年前。ニュルのテスト中に命を落とした。その志を風化させないために、2本の桜の木が植えられている。1本はドイツの桜、もう1本は日本の桜だ。荷解きをする前にここを訪れる。
「今年もここにいられることを感謝します」
「我々が無事でいられること、お守りください」
僕が願うのはそのふたつ。それ以上は求めない。みんな詣るはずだから、成瀬さんだって疲れちゃうだろうからね。
今年も、願いはそれだけに留めるつもりだ。
かならずここへ…
荷を解くのもそこそこにして、おそらく到着したその晩は、「ラ・ランティーナ」か「ピステンクラウス」で夕食を囲んでいることだろう。それもお決まりだ。
ラ・ランティーナは、村はずれにヒョコンと建つイタリアンレストランだ。ドイツだからって、フランクフルトにビールだけじゃない。レースウィークともなれば、ドライバーやチーム関係者でごったがえすレストラン。
「チャオ!」
兄弟で営むその店。ふたりとも無骨なドイツ人顔だけど、イタリア語で歓待される。「ニュルに来た」というより「ニュルに戻ってきた」って気分になる。「チャオ!」を意訳すれば「おかえり!」なんだろうね。もうシェフやオーナーとも25年の付き合いになる。僕の中ではもう、家庭の味になっている。
長年通っているから、いつしか日本語メニューも揃うようになった。天ぷらや焼きそばもある。生前、成瀬さんがメニューに加えさせた家庭の味。天ぷらと言ってもでれでれの野菜ピカタといった感じだし、焼きそばなんて、くたくたで腰のない焼きパスタのようなもの。正直言えば、あまり上手くはないけれど、僕らのために無理矢理こしらえてくれるその気持ちが美味しくさせているんだろうね。
「日本を訪れたことあるの?」
「ないよ」
日本を知らないシェフの、日本の家庭の味。これが食べたくて、渡独直後にやってくる。
もしニュル村に来ることがあったら、そんな日本食風ジャンクを食べてごらんよ。味や食感がどうのこうのじゃなくて、「食」っていうのは、作り手の愛情だったり気遣いだったりが大切だってことがよくわかる。
煙モクモクで生肉を
ラ・ランティーナじゃなければ、「ピステンクラウゼ」に行っているかもしれないな。
「ピステンクラウゼ」が正式な店の名だけど、こっちもイタリアンレストラン。だけど、我々はほぼ100%、石焼ステーキを注文する。だから「石焼屋」で通じちゃう。
そもそもピステンクラウゼって名前、この原稿を書くにあたって、みんなに店の名を聞いて確認したほど、正しい名を忘れてしまっている。ドライバー間でつながっているLINEで問いかけたら、大嶋和也の回答は「なんちゃらクラウゼ?」。石浦宏明は「ピステンなんちゃら?」。ふたりの曖昧な記憶を足したら正式名称に辿り着いた。
早くもドライバーが心ひとつに? なんてこじつけだわ。
彼らも明朝羽田空港からドイツに向かう。深夜2時にLINEしたら速攻で返信あったってことは、彼らも眠れないんだな、さては…。
ドイツのイタリアンレストランでオーストラリア肉を醤油で…
そうそう、その石焼、小さなまな板大の石がチンチンに焼かれ、その上に生のオージービーフがドテンと鎮座ましましている。赤味の生肉。それをジュージュー焼いて、塩とコショウだけでモグモグするのだ。
みんな焦げるほど焼きながら「不味い、不味い」と愚痴をこぼす。僕は超レア。というより、ほとんど生のままでやる。すると結構上手い。みんな焼きすぎなんだよ。もう来たくないよと言いながら、でも必ず来る。
天井と言わず壁と言わず、 訪れたドライバーの写真やサインが夥しいほどに落書きされている。クラッシュしたときの、無様にひしゃげたバンパーなんていうのも飾ってあったりして、ここはまさにニュルワールド。ここに来てメッセージを書き込んで初めてニュルの住人になったような気がする。だから肉が上手い不味いじゃなくて、恒例の石焼ステーキを注文しに来るんだな。
ちなみに、パスタやオードブルは本格的イタリアンだから、そっちは美味しい。でも、石焼ステーキをジュージューやらなければ、気分が入らないんだよね。
そうそう、ここには醤油が常備してある。GAZOO Racingの誰かが、置いていったのが残ってる。もう醤油がソースに熟成しちゃっているけど。
そうだ、明日のフライト前に、空港の免税店で新しい醤油を買っていこうかな。ワサビも買っていこうっと。
もう気持ちは-12時間先へ
もう深夜の4時。眠れないのをいいことに、つらつらと、だらだらと、とりとめもないプチニュル情報を綴ってしまったけれど、つまり僕はこうして少しずつ、気持ちをニュルモードにアジャストしていくのだ。
着陸前に深く深呼吸して、アウトバーンで目と体を慣らす。成瀬さん桜に線香をあげて、ラ・ランティーナで「チャオ」。もしくは石焼ステーキを「やっぱり不味いね」なんていいながら美味しそうに頬張る。いわばこれが2015年の僕らが強く熱く闘うための儀式のようなものだ。そのルーティンは、どれひとつ欠けても気持ちが悪い。
もっといえば、フライト前日にこうして文字を埋めていくのも儀式の前段だ。投手がどちらかの足から先にダイヤモンドに踏み入れるってことを自ら科しているように、力士が塩の撒き方を己の流儀にしているように、僕には僕の絶対に乱したくないプロセスがあるのだ。
今年初めてのレースは今週末だ。
そろそろ横になろうかな。こうしてうつらうつらしていくのも、僕の流儀である。
ハイボールも空になったから、おやすみzzzzzzzz…。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」