Vol03: トヨタのマイスター・成瀬弘に聞く iQ GAZOOバージョンの味

大事なのはバネ。そこが良ければクルマはちゃんと走る

「たしかに日本のクルマは壊れなくていいですよね。でも、言っちゃ悪いけど、サラリーマンが会社で、昼になったから近くの食堂で食事をするっていうのと似てませんか。それが一流のレストランだと、それぞれ特徴があるわけですよ。ヨーロッパのクルマの場合、そこにトヨタ式というか日本式の評価を当てはめると、5点が2点か3点になっちゃうこともあるんだけど、それより彼等は5点の部分を伸ばそうとするんですね。たぶん、そこに味ってものが出てくるんだと思います。そうやって長所を伸ばせば欠点だって忘れるんじゃんないですか。どうもね、日本人は真面目っていうか」
そうかあ、乗ってみて、なんだか印象に残らないけど、ここがいけないって指摘しようとすると、そういう部分もないクルマって、たくさんありますよね。
「そういうクルマって、どこがいいかっていうのも、言いづらいでしょ」
うんうん。たとえばジャガーなんか、けっこう欠点もあるけど、乗って楽しいもんなあ。
「なにか訴えるものがあるんでしょう。うちの味はここがいいんだと、スープの味はどこにも負けないんだと。やっぱりクルマにも主張してほしいんだね。iQに乗ってみると、ここがいいんだよ、とかね」
じゃあ、成瀬さんは、iQから何を感じて、どこをどうしたいんですか。
「実は、初めて乗ったのが昨日なんですよ。パッと見て非常に小さいけど横は広くて、そういう視線の新鮮な気持ちをどう訴えるか、けっこう難しいところはありますね。だけど、僕だったら、もっとこうしてお客さんに渡したいとか、考えちゃいますね。いつも若い連中に言うんですよ。いつも富士山の麓で仕事してて、富士山しか見上げてないって。そのレベルでなら、これはこれで上出来かもしれないけど、どうせならエベレストに登ろうじゃないかってね」
世界を見よ、ということですね。
「そこを味の面で追求すると、やっぱり『バネアブ』(スプリングとショックアブソーバー)なんですよ。僕は、まずバネだと。そこがしっかりしていれば、クルマはちゃんと走る。アブソーバーは、最後に加えるソースなんだ、と。そこで感覚を研ぎ澄まして1/100Gの上下動を感じ取って煮詰めると、本当に味も変わるんです。道路って、うねったりしてるでしょ。でも真っ直ぐだったら、クルマはうねりに翻弄されずに真っ直ぐ走れよ、と。それで、曲がる時は思った通りスッと曲がれよ、と。そこが人間の感覚とシンクロすると、いわゆる後味も濃いクルマになるはずなんで。
よくクルマを評価する時、アジリティ(agility) って言いますよね。敏捷さとか機敏さって意味で、これが良きゃドライバーの気持ち通りになるってことだろうけど、僕は勝手に『味りtea』に置き換えてるんです。必死に操縦してどうこうじゃなく、乗り終えてお茶でも飲みながら、じわじわ染みてくる幸福感みたいなものかな、そこに日本ならではの奥ゆかしい味があると思うんです」
もちろん、量産そのままでも優等生的な仕上がりのiQだが、成瀬シェフの意気込みを聞けば聞くほど、プラス・アルファの味付けでどんなクルマに生まれ変わるのか、入魂のGAZOOバージョンが楽しみになってきた。
トヨタ自動車 マスターテストドライバー
成瀬 弘
Hiromu Naruse

<プロフィール>
1963年トヨタ自動車工業(株)入社。入社以来10年間、メカニックとしてモータースポーツ活動に関わり、トヨタ2000GTやトヨタ7等を担当。1970年にはスイスに駐在、海外レース「ニュル耐久」・「スパ耐久」に日本から初参戦する等、トヨタモータースポーツの創生期を支える。量販車の開発では、 MR2やスープラなどスポーツ車の味付けを行なってきた。また、レクサス LFAの開発では味づくりの一環として発売前からニュルブルクリンク24時間レースに3年間連続で参戦。 2009年にはドライバーとして参戦、そして2010年には監督としてクラス優勝へと導いた。妥協を許さない「エンドレスな仕事ぶり」と人情味の厚い人柄で、自動車ジャーナリストにも成瀬ファンが多い。
2010年6月に急逝。享年67歳。

インタビュアー/モータージャーナリスト
熊倉 重春
Shigeharu Kumakura

<プロフィール>
1946年(昭和21年)、東京生まれ。 クルマ大好き少年がそのまま育ってしまい、1970年に自動車雑誌カーグラフィックに入り、1995年まで在籍。その後フリーランスのライターとして現在に至る。

[2008年10月 現在]

[2008年10月 取材]