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ドリームズ・カム・トゥルー
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Story by Peter Windsor

多くの子供たちがそうであったように、僕の夢もレーシング・ドライバーになることだった。僕がシドニーで育った当時、F1のオフシーズンにドライバーが腕試しをする大会「タスマンシリーズ」が開催されていた。

ジム・クラーク、ジャッキー・スチュワート、ブルース・マクラーレンなど伝説のF1ドライバー達が腕を競うこのシリーズは僕を虜にし、いつしか彼らのようなレーシング・ドライバーになりたいと願うようになった。僕にとって当時世界を席巻したビートルズでさえ、単なるBGMに過ぎなかった。

1966年のある日、僕はカンタス航空のオフィスに電話をかけてジム・クラークが搭乗する飛行機のシドニー到着時刻を教えてもらった(当時は、こうしたことが普通に行われていた)。時刻を確かめると、僕は父と一緒にマスコット空港へクルマで向かった。

グレーのズボンに赤と白をあしらったチェックのシャツに身を包んだジムが到着ゲートに姿を見せた時、僕の身体は凍りつき、その場に立ちすくんでしまったことを今でもはっきりと覚えている。彼は何人かと握手を交わすと出口へと歩き始めた。外には紫色のトヨタ・カローラが駐車してあり、ジムはそのクルマに乗り込むと駆けつけたファンに手を振り、去っていった。

その日を境に僕のお気に入りのクルマは「トヨタ・カローラ」になったのは言うまでもない。

その後、F1ドライバーになる夢は儚くも消えてしまったが、幸運なことにモーターレースやスポーツカーを間近で目にする仕事に就くことができた。記者としてF1をレポートし、ドライバーらと公僕ともに親交を深め、ときどきレースに参加する。僕にとって世界で2番目に魅力的な仕事に就けたと言っても過言ではないよ。その思いはもちろん今も変わっていない。

そうしたら神様は素敵なプレゼントを与えてくれた! なんと僕が寄稿する『F1 Racing』誌の編集長マット・ビショップが、トヨタTF104Bを試乗しないかと僕に持ちかけてきたんだ。

突然の話に、僕は「冗談はやめて電話の要件を言えよ」と問い詰めてしまったほどだ。マットによると、トヨタとのミーティングの中で僕が試乗してみるのはどうかと提案したところ、トヨタ側もすぐにOKを出してきたそうだ。

僕はしばらく声を失った。みんなにもこんな経験があると思う。身体は血の気を失い、心臓の鼓動は耳に届きそうなほど高鳴る。学校のテスト期間中や制限速度を超えて走ってしまった時、パトカーのサイレンを聞いた時に感じるあの感覚。平板な日常から未知の世界へと足を踏み入れる瞬間。

その後2、3週間は、現実世界から数cm浮遊するような不思議な感覚に囚われていた。「もうすぐF1カーを運転できる!」と沸き立つ一方で、「でもキャンセルになったらどうしよう? ガレージから出ることすらできなかったら? クラッシュしたら?」 そんな恐怖に襲われたことも1度や2度ではなかった。

そこで僕は不安を最小限にとどめるためイメージトレーニングをすることにした。それにトヨタ関係者と会ってシート調整やクルマの設定、タイヤについてのブリーフィングも受けた。でもミーティングの合間も夢心地で、現実であることを確かめるため自分の腕を何度もつねらなくてはならなかった。

シート合わせなどの細かな調整は、TMG(Toyota Motor GmbH)がオフシーズンのテスト拠点にしているポール・リカール・ハイテク・テストトラックの現場で行うことになった。

スケジュールはタイトだったが、まったく余裕がないわけでもなかった。なんの準備もなくTF104Bを運転しろなんて言うわけがない。心配するなピーター、万事OK……だ。そう自分に言い聞かせていた。

ニースに飛んでクルマをレンタルすると、ヘルメットとレースウェアを携え、バンドールという町に向かった。この海岸の町は、ル・カステルでフランスGPが開催された際に拠点となったことでも知られる場所だ。

チェックインしたのはイル・ルシュという名のホテル。この宿には思い出が本当にたくさん詰まっている。

32年前、僕はこのホテルの外に立ち、ジャッキー・スチュワートらF1スターが目も眩むばかりのパーティに向かっていくのを遠巻きに眺めていた。当時の僕はフォード・エスコートに乗ってこの町を訪れたものの、宿と言えばレースサーキット近くのキャンプ場という有様。言うまでもなく、イル・ルシュは今見る以上に輝いて僕の目に映ったものだ。

だが今回は違う。ここは僕の宿であり、しかも数日後にはジャッキー・スチュワートや往年輝く伝説のドライバー達(例えばロニー・ペーターソンやエマーソン・フィッティパルディ、ジョディ・シェクター)が夢にも見なかったスピードで駆けるクルマのステアリングを僕が握ることになるのだ。

その夜は気持ちが高ぶり、当然朝も普段より早く目が覚めた。高鳴る胸を抑え支度を整えると、山あいを縫う昔ながらの路を上りポール・リカールへと向かった。

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