Story by Peter Windsor
右に鋭く曲がる最終コーナーが見えてくる。車体は直前の左カーブからまだ完全に体勢を戻していないが、リヤのミシュランタイヤを温めるべくアクセルを踏み込んだ。すると軽々とスピンしてしまった。
コントロールを失ったクルマはランオフ・エリアへ。僕はすぐさまブレーキを踏みクラッチを切った。ギヤを1速に落とし、続いてニュートラルに。再び1速に戻すとクラッチの手をゆっくり放し、再びレーストラックへと戻ることができた。
でも次のラップでもまたスピンをしてしまった。今度は最終コーナーを抜けスピードを上げようとした瞬間だった。とりあえず、一度ガレージへと引き返してアドバイスを仰いだ方が良さそうだ。
「大丈夫だよ、ピーター」
無線の声が語りかける。
「タイヤが一向に温まる気配がないようだね。雨も軽くだけど降り始めたし。ストレートで速度が出ている時にブレーキを踏むんだ。そうすれば少しは温まるはずだから」
しかし2周で2度のスピンを犯した僕は動揺していた。雨が降ってきたし気温も低い。身体やクルマも冷たいままだ。続けるべきだろうか? 中止したほうがいいのかもしれない? そんな疑問が頭をかすめる。
するとまた無線の声が語りかけてくる。
「なるべく車体の各部を温めるよう心がけて」
その声に後押しされるように再びレーストラックへ戻った。クルマはジャッキから地面に降ろされ、エンジンにまた火が吹き込まれる。
第1コーナー。今回はアグレッシブなブレーキ操作を心がけた。するとクルマはそれに素直に反応。スタートはまずまず好調だ。カーブを抜ける際にアクセルを踏みクルマにパワーを与えると、前方へ飛び跳ねるように速度がぐんぐん上がっていく。身体がその反動で後方にのけぞる。バックストレートではギヤを2速から5速まで一気にアップし、スピードを上げてみた。ヘルメットは軽く持ち上がり、コックピットから見る周囲の風景は僕の視界を瞬く間に駆け抜けていく。両足もコックピットのフロアーから数cm浮遊しているような感覚に囚われる。アクセルに右足をしっかりと踏みつけておくことすら難しく感じられるほどだ。
車体を上下左右に揺さぶられながら、次の右カーブに備えてギヤを4速に落とした。そしてコーナーに飛び込んだ瞬間、車体が左に流れランオフ・エリアへ。路面が濡れているせいなのか、単にタイヤ温度が上がってないためなのか、原因は分からない。とにかく体勢を整えてから再びコースに戻った。
ここからはさらに集中力を高めるよう心がけることにした。コーナー間ではギヤを細やかにチェンジしながら加速していく。ギヤを1段アップするごとに後ろから蹴りを喰らったような衝撃を感じる。
あたかもサスペンション装備のないクルマに乗っているかのような振動にも慣れてきた。この点について現役F1ドライバーに聞いてみると、誰もそんな振動を経験したことはないそうだ。多分彼らは、普段からサスペンションアームが5mm程度しか上下しない環境でドライブしているからだろう。
僕はそんな調子で全14ラップをこなした。
そしていよいよ迎える最終ラップ。バックストレートでは7速、約270km/hまで速度を上げた。また、思いきって超高速のまま第1コーナーに飛び込んでみたりもした。コックピットで体験したその感覚は何物にも喩えることができないと思う。僕はブレーキを踏むと、カーブの頂点に向かってスムーズにクルマが吸い込まれていくような、そんなフィーリングにはすっかり魅了されてしまっていた。
翌朝、目が覚めてみると肩やお尻にアザができていた。でもこの勲章の痛みはかえって心地よかった。でもそんなことはどうでも良いことだ。重要なのは、今回の体験で少年時代の夢物語とあきらめていたF1ドライバーの世界を垣間見ることができたこと。こんな僕に貴重なチャンスを与えてくれた皆に心から感謝したい。
特にパナソニック・トヨタ・レーシングの皆さん、僕にこの至福の60分を与えてくれてありがとう。
この記事は「OneAim」のバックナンバーに掲載された記事を抜粋し、再構成したものです。
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