特集 > 2005年特集 > ドリームズ・カム・トゥルー
Features Doing Something Memorable
Features
ドリームズ・カム・トゥルー
1 2 3
Story by Peter Windsor

ポール・リカールのサーキットはまさに芸術作品と言ってよい完成度といえる。ピットコンプレックスの最上部を飾る建設当時の古びたロゴを除けば、すべてはF1最新テクノロジーの見本市のような佇まいだ。ポール・リカールには観戦スタンドはないが、見事に舗装されたランオフ・エリアを見れば、ぜひとも走ってみたいという衝動に駆られるに違いない。細部に至るまで一点の曇りもないサーキット。さらにトヨタのガレージに足を踏み入れたときは、靴を脱ごうかと思ったほどだ。

まず手始めにパナソニック・トヨタ・レーシングのサードドライバー、オリビエ・パニスがランドクルーザーでレーストラックの案内をしてくれた。以前にもディディエ・ピローニやナイジェル・マンセルが同様にトラックを案内してくれたことがあるので、僕にとってはもう馴染みのレイアウト。新しく加えられたシケインを除けば以前と大差はない。

最初にシートシェル、コックピットのフィッティングを確認した。どちらも問題なく僕の身体にぴったりだ。HANSデバイスとステアリングはオリビエのものを使うことになった。ペダルのセッティングも完璧。コックピットに入ったとき、座り位置が低く視界が心配だったが、チーフメカニックによると高さは適当で視野も十分確保できるとのことだった。

コックピットに入りしばらくすると、トヨタのテストエンジニアが無線で話かけてきた。
「OKピーター。スタートまではまだ30分ほどあるよ。気温は5度とかなり低い。だからブレーキとタイヤをウォームアップするのに時間が必要だ。十分に温めてくれ。くれぐれも気をつけて。トラクションコントロールは良く効くように設定してある。合図があったらイグニッションをオンにして、私達がエンジンをスタートさせるのを待つんだ。いいね」

「了解」
少なくとも応答する声だけはプロのドライバーのように聞こえたと思う。

しばらくすると合図があり、左脇にあるボタンのスイッチを入れた。V10エンジンに生命が吹き込まれうなり声を上げる。ゴロゴロという低音から叫び声、それが高音に変化しガレージ全体を轟音で揺らす。この爆音、振動とともに超高速でサーキットを駆け抜けるんだと思うと身震いがした。

オリビエの指示はこんな感じだった。
「ゆっくりハンドクラッチを放して。アクセルを踏む必要はないよ。ガレージを出たらすぐ右に旋回するから、クラッチは左のハンドクラッチを使うんだ」

タイヤウォーマーを取り外す準備と同時に、クルマがジャッキからガレージフロアへと下ろされる。合図があるとタイヤウォーマーが外され、チーフメカニックはピットレーンの安全を確認。僕は徐々にクラッチの手を緩めた。だが前進する気配はまったくない。

それでもさらに手を緩め続けると、そう、少しずつ前に進んでいるではないか! ガレージ内では閉塞感に襲われ、ピットレーンにすらクルマを出せなかったら? と心配でたまらなかったが、ありがたいことにそれは杞憂に終わった。スピードが徐々に上がっていくと、次はステアリングを右に切り始めてみる。まだクラッチに手が掛かっているので両腕は交差したまま。合図に従ってクルマを操縦していくと、無事ピットレーンへ出ることができた。

すると無線から、
「ピットレーン・スピード・リミッター、ピットレーン・スピード・リミッター」という声が聞こえてくる。そこでステアリングにある「SL」ボタンを押すと、クルマは自動的に時速80kmに設定され前進していった。

さあレーストラックに出走。アクセルを踏むとクルマは鞭を打たれた馬のように加速していく。ギヤを1速、2速、3速と徐々にアップ。路面のバンプから伝わる振動が直に感じられる。しばらくすると僕の目が第1コーナーを捉えた。そこでブレーキをまずは軽く、続いて強く踏んでみる。だが何の反応もない。そう、ブレーキの温度はまだ氷のような冷たさだったのだ。

恐る恐るだった初ラップを終えたころ、パラパラと雨が降ってきた。クルマを温めるためにアクセルとブレーキの操作を連続で行ったりしてみたが、効果はなかなか上がらない。通常だとこの段階でブレーキも十分に温まり高速走行も可能だというが、僕のためらいがちな運転ではそれは高望みなのだろうか。

< back next >

画像

フォト・ギャラリー 詳細..