レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

240LAP2019.3.27

僕らレーシングドライバーは音楽家なのかもしれない

 先日、レクサスLFAで東京湾を潜る湾岸トンネルを走った。8500rpm超の高回転で響き渡る天使の咆哮が、身体全体を包み込んだ。自分の身体が小指の先ほどに小さくなって管楽器のベルの中に紛れ込んだかのような、まるでお伽話の中の出来事のような感覚に陥った。「エンジンを積んだクルマって、楽器なのかもしれない」ってことに気がついたのはその時だ。演奏家としての木下隆之が語る。

レーシングカーは動く楽器なのかもしれない

 クルマは様々なサウンドに満たされている。だから走らせることが楽しいんじゃないかな・・・ってつくづく思う。防音や消音機能を排除しているレーシングカーは、音源が豊かだからなおさら感覚が強調される。走らせているという実感が強いのは、たくさんのサウンドが入り混じり、重なり合うからだと思う。
 トランスミッションがガシャガシャと擦れる金属音。ギアとギアが噛み合う時のゴックンという硬質な打音。オイルポンプが規則的に血液を送り込むようにして働く音。もちろんエンジンが高回転で唸る音。風の音。タイヤの音。まるで様々な楽器がひとつの楽曲を奏でるフルオーケーストラのよう。
 レーシングカーを走らせるって、サウンドを高鳴らせることとイコールなのかもしれない。その証拠に、運転するという行為を僕らは、様々な擬音を絡めながら表現する。
「カシャ、クンクンクンクン、ボアン、バリン、ウウウ・・・・・」
「クアォン・・・・パイン〜」
 トグルスイッチを操作して始動させる動きや、駆け抜けるマシンのサウンドをそうやって口にすることがある。擬音や擬態語って、いいなぁと思う。
 そもそもレースをしている時だって、頭の中ではサウンドを擬似的に響かせてリズムをとっているような気がする。1コーナーに進入する。シフトダウンする。加速するという一連のドライビングを手前から脳内で整えているように思うのだ。
「ズバッとステアリングを切り込んでも、クワンクワンってピッチングが治まらなくてね…」
 擬音を交えるのは、脳が動きを音として誤認識している証拠だろう。僕らはレーシングカーを楽器の一つとして接しているのだ。

まるで異業種。だが魂はつながっている

 先日、台場MEGAWEB主催の「DREAM DRIVE DREAM LIVE2019」に出演させてもらった。副題は「レーシングカーと音楽 夢のコラボレーション」である。MEGAWEBは今年20周年を迎えた。DREAM DRIVE DREAM LIVEも10回を重ねた。プロデューサーのレーサー鹿島氏が、レースと音楽に精通しているから実現した企画である。僕はこれまで、ほぼレギュラーで出演させてもらっている。年に一度のこのイベントにはかならず参加しないと気持ちが治らない。僕のライフワークでもある。
 その副題からも想像できるように、音楽家とレーシングドライバーが一堂に会するという異色なイベントなのだが、ただ単純にその場に居合わせるわけではない。マシンと僕らはボーッとその場に並んでいるのではなく、ステージ上の音楽に合わせてレーシングドライブする機会が与えられる。演奏に合わせマシンが咆哮を高めることが許されているのだ。マシンのエキゾーストノートを楽器に見立て、ステージを盛り上げるのである。

音楽家とレーシングドライバー

 今年も多くの音楽家とマシンが集結した。

  Toshl(Xジャパン)
  YOKO
  枝並千花feat安倍誠司
  HANDSIGN
  徳永ゆうき

  レクサスLFAニュルブルクリンク仕様
  マツダ767B
  トヨタTS010
  トヨタセリカST185WRC仕様
  スバルインプレッサ555WRC仕様
  トヨタエッソウルトラスープラGT500仕様
  トヨタスポーツ800浮谷東次郎仕様

 レーサー鹿島氏が描いた今年の演出キーワードは「世界」である。ステージ上では世界一に輝いた口笛演奏家が招かれ、ミュージシャンの選曲も世界にまつわる楽曲が多かった。レーシングマシンの多くも、世界を目指したものばかり。僕がドライブしたのはトヨタ2000GT輸出仕様とレクサスLFAニュルブルクリンク仕様。なかでもヤマハ楽器が整調したレクサスLFAの天使の咆哮は、多くのレーシングマシンの中でも存在が際立っていたと思う。

もうひとつの戦う楽器

 演出が心憎いのは、ただ単にマシンと音楽家がと同席するというだけでなく、演奏の中にレーシングマシンが飛び込んでいく感覚にある。たとえばToshiが台場の街並みにこだまするような声量で熱唱するその瞬間に合わせて、レクサスLFAが高回転サウンドを響かせるといった具合だ。僕らは様々なサウンドで音楽を盛り上げる。レーシングマシンは高速で疾走しながら音を響かせる。ドップラー効果で音階を変える、世界でも稀な「走る楽器」になりきったのだ。
 静かに染み入るような楽曲に、トヨタスポーツ800のパタパタと響くのどかなサウンドが重なり合い郷愁を誘ったし、激しく突き抜けるような熱唱には爆音がフィナーレを盛り上げる。楽曲とマシンに組み合わせは、音楽とレーシングマシンに精通したレーサー鹿島氏の面目躍如だった。
 エンディングは凄まじい盛り上がりを見せた。音楽家がステージ上でクイーンの「We Will Rock You」の演奏を始めた。僕らすべてのレーシングドライバーはマシンに乗り込み、バスドラとベースのリズムに合わせてアクセルを煽った。レクサスLFA担当の僕はもちろん高回転のパートを担当。右足が痛くなるまでアクセルペダルを踏み込んだのだ。
 その瞬間は、感傷的な気持ちになるほどにハートが動揺した。マシンはピットに固定され、1mmも動いていないのに、マシンは音速で疾走しているようだった。ひとつの音楽を、音楽家とレーシングドライバーが心ひとつに演奏している一体感に感動した。オーケストラの奏者は、こんな気持ちなのだろう。

 レーシングマシンはまさに楽器である。それぞれに個性がある楽器である。
V型10気筒4.8リッターNAのレクサスLFAは9500rpmまで許容する。天使の咆哮は高回転でむせび泣く。サルテサーキットを疾走したマツダ767Bは、特異なロータリーサウンドを響かせた。TS010のNAサウンドのレスポンスも圧巻だった。どんな楽器よりも忠実に正確に大音量を轟かせた。
 僕がかつてグループA仕様のスカイラインGTS-Rで富士スピードウエイを駆け抜けた時、シフトアップのたびに響くブローオフバルブの破裂音が心地よく、馬の嗎のようなヒュヒュンと響くその音が走りの一つのリズムになっていた。グループA仕様のBMWM3では、ボンネットの中で唸るDOHCサウンドを追いかけるように必死にアクセルペダルを踏み込んだ。マツダロータリーを積むRX-7でGT選手権に参戦した頃は、不規則なリズムのアイドリングで闘争心を高めた。サウンドには人の気持ちを高揚させる効果がある。その意味では僕らはひとりの演奏家でもある。
 サーキットを訪れる多くの人が、レーシングマシンのサウンドに痺れているはずだ。それも納得する。

キノシタの近況

 昨年ブランパンGTアジアへ参戦を開始してから、メッチャ東南アジア詣でが続いています。月に2回ペースですね。マシンも様々で、BMWM4GT4だけでなくランボ・トロフィオもテストしてきました。ホームコースがマレーシア・セパンになりつつある。