416LAP2026.08.12
「爆音なきレースに、魂はあるのか」
いわばBEVフォーミュラの戦いである。ゆえにエンジンの咆哮も、焦げたガソリンの匂いもない。しかも開催は東京の夜。夏の夜に、まるで花火大会であるかのように華やかに開催されたフォーミュラEは、驚くほど熱く、激しい。壁際をかすめ、頭脳までフル回転させる電気自動車の世界選手権を前に、木下隆之は考えた。レースの魂とは、本当に爆音の中にだけ宿るのだろうか。
東京の夜に響く、未来の金属音
♪シュルシュルシュル……♪ ♪キーン、キーン♪──。
真夏の東京・台場に、耳慣れない金属音が響いていた。エンジンの咆哮ではない。電気モーターが奏でる、未来から届いたようなサウンドである。
その音に誘われるように観客席から歓声が湧き上がる。ABB FIAフォーミュラE世界選手権、東京E-Prixが幕を開けたのだ。
舞台は東京ビッグサイト周辺に設けられた特設公道コース。しかも、2026年大会は陽が傾いてから決勝を迎えるナイトレースとなった。連日、危険な暑さが続く東京にあって、灼熱のアスファルトを避けるためにも、夜の開催は理にかなっている。
熱中症や脱水症など、猛暑の屋外観戦で身構えるべきことは少なくないが、夜なら多少は気温も下がるだろうと、僕は初のストリートナイトレースを観戦したのである。
ネオンに照らされた東京の街を、鋭いモーター音とともにフォーミュラカーが駆け抜ける。いやはやその光景には、理由なく感動させられた。
夜空に大輪を咲かせる花火が、理解を超えて美しく感じるように、照明装置が公道に描くサーキットは、幻想的な美しさだった。新しい時代のモータースポーツそのものだったのだ。
僕はニュルブルクリンクをはじめ国内外のナイトレースを数多く経験しているけれど、それらが闇夜に刻むライトの美しさだとすれば、台場のそれは、まるでスポットライトを浴びたステージであるかのように華々しかった。
公道だからこその天候の妙
世界的な気候変動の影響なのだろうか。近年の日本は、東南アジアを思わせる亜熱帯的な気候へと変わりつつある。晴れていた空がにわかに黒く染まり、次の瞬間には、バケツをひっくり返したような豪雨が街を襲うことも珍しくない。
まして舞台は、逃げ場のない公道コースである。乾いた路面を駆けていたマシンが、瞬く間に水しぶきの中へ放り込まれる。タイヤの温度も、エネルギー管理も、昨日までの正解が通用しない。
当日は「ゲリラ豪雨」に襲われたけれど、それも酷暑を抑えるという意味では都合が良かった。レース展開にも影響した。気まぐれな東京の空が、レースに鋭いエッジを与えたのである。
先の読めない展開こそ、モータースポーツの醍醐味だ。フォーミュラEでは、天気予報まで立派なライバルになる。
日本勢の奮闘
日本からは日産が参戦している。しかも今回は、王者として迎える凱旋レースでもある。日産のエース、オリバー・ローランドは2024/2025年シーズンにドライバーズタイトルを獲得し、世界王者の称号を携えて東京へ戻ってきたのだ。
日産以外にも、フォーミュラEに参戦する自動車メーカーは少なくない。たとえばジャガーである。ル・マンやツーリングカーレースで栄光を築いてきた英国の名門は、2016年にフォーミュラEへ参戦し、電動化時代の新たな競争へ踏み出した。
ジャガーのほかにも、ポルシェ、DS、マセラティ、マヒンドラ、そしてヤマハと提携するローラなど、多彩なブランドが名を連ねている。
彼らが欲しているのは、表彰台のトロフィーだけではない。モーターやインバーター、回生システム、制御技術を極限状態で鍛え、その成果を市販車へ還元することも大きな目的である。
レースは昔から「走る実験室」と呼ばれてきた。その看板が、エンジンからモーターへ掛け替えられただけなのだ。
日産は、フォーミュラEに本格参戦する唯一の日本メーカーである。市販EVのリーフやアリアで培った知見を持つ一方、レースでは、さらに極限の効率と制御が要求される。モーター、インバーター、エネルギーマネジメント。そのすべてが、未来の市販車へとつながっていく。EVに一家言あるメーカーの面目躍如だ。
実際に日産は、今回の日本ラウンドに合わせて、市販車との連動性を感じさせるリバリーで参戦した。参戦発表会では同時に「新型日産リーフNISMO」の発表もしている。フォーミュラEがまさに「走る実験室」であることを主張していたのだ。
トヨタレーシングもWECに参戦し、ハイブリッドの知見を高めている。TOYOTA GAZOO Racingはニュルブルクリンクやスーパー耐久に参戦することで、技術の研鑽に励んでいる。ホンダはF1を実験室として活用している。メーカーとモータースポーツの関係は色濃いのである。
フォーミュラEは、いわば電気自動車によるF1のような存在である。パワートレーンは完全な電動であり、内燃機関を持たない。燃料を燃やさないから、甲高い排気音も、焦げたガソリンの匂いもない。
だが、それを理由に「静かなレース」だと思ったら大間違いである。
アクセルを踏み込んだ瞬間、モーターはためらうことなく最大トルクを路面へ叩きつける。内燃機関のように、回転が高まるのを待つ必要はない。弓を引き絞るより先に、すでに矢が飛び出しているような鋭さである。
確かに、耳を塞ぎたくなるような爆音を轟かすことはない。だが、冒頭で表現したように、インバーターやモーターが奏でる金属音が、いかにも近代レースらしくて心地よかった。
「エキゾーストノートのないレースなんて味気ない」
これまで電気レースには否定的だったけれど、考えを改める時期なのかもしれないと反省した。
僕はこれまで何度かフォーミュラEを観戦しているが、その独特の雰囲気には、いかにも現代のモータースポーツらしい刺激がある。爆音はない。最高速度もF1ほど高くはない。それでも、コーナーから飛び出す瞬間の俊敏さと、間髪を入れずに加速する姿は、なかなか暴力的なのだ。
遠回りすると速くなる、不思議なルール
コースの一角には、通常の走行ラインから外れた専用のアクティベーションゾーンが設けられている。そこを通過すると、一時的に最高出力350kWと四輪駆動を手に入れられる。
ただし、通常のラインを外れるのだから、当然ながらタイムを失う。場合によっては順位まで落とす。そのタイムロスを、パワーアップと四輪駆動化で取り返すのである。
前後のライバルとの間隔を読み、いつ作動させるのか。その瞬間から戦略の歯車が大きく回り始めるというわけだ。
進化する技術
現在のマシンは「GEN3 Evo」と呼ばれる世代だ。通常のレースでは最高出力300kWで走り、「アタックモード」に入ると350kWへ高められるのだ。
さらに前輪側のモーターも駆動に加わり、四輪駆動となる。予選のデュエルやスタート時、アタックモードで四輪駆動を使えるのがGEN3 Evoの特徴である。
レースの途中で駆動方式まで変えてしまうのだから、まさに電気自動車ならではの芸当だ。内燃機関のレースでは不可能であろう。
これがじつに戦略性を高める。今回の日本ラウンドは雨と晴れが複雑に交錯した。アタックモードでパワーアップさせるだけではなく、滑りやすい路面、つまりまだ路面が乾く前に四輪駆動にしてトラクションを稼ぐ。路面が乾けば四輪駆動のメリットは減る。故に、適切なタイミングでアタックモードを活用するのも技の一つなのだ。
0-100km/h加速は、市販スーパーカーも青ざめるほど鋭い。そして、加速力と同じくらい重要なのが回生ブレーキである。
本来ならブレーキングによって熱として捨てられるはずの運動エネルギーを、電力として回収し、再び加速へ使う。GEN3 Evoは、レース中に必要なエネルギーの大きな部分を走行しながら回収する。フォーミュラEは、ただ速く走る競技ではない。限られた電力を、いかに効率よく循環させるかを競うレースなのである。ここが面白いのだ。
急速充電システム
さらに興味深いのが、「ピットブースト」と呼ばれるシステムである。内燃機関のレースにたとえるなら、給油に近い。
マシンをピットへ止め、600kWという途方もない出力で30秒間充電する。これによって3.85kWh、バッテリー容量の約10%に相当するエネルギーを補充できる。充電そのものは30秒で、停止時間はおよそ34秒。家庭用の急速充電器が聞いたら、腰を抜かすような数字である。これも、市販車の充電性能の開発に役に立つのであろう。
もちろん、ピットへ入れば時間を失う。充電によって得られるエネルギーと、停止によって失う順位をどう天秤にかけるのか。ここにもまた、レースを複雑にする知恵比べがある。
F1が燃料やタイヤをどう使うかを競うのだとすれば、フォーミュラEは電力と回生をどう操るかを競う。残されたエネルギー量を睨みながら、どこで攻め、どこで我慢するのかを判断する。全開で走れば速い。だが、全開を続ければ最後まで電力が持たない。ドライバーはアクセルを踏む右足だけでなく、頭脳までフル回転させているのだ。
爆音が消えて、聞こえてきたもの
電気自動車のレースと聞くと、まだ少し距離を感じる人もいるだろう。だが、実際に観れば、その印象は変わるはずだ。この僕がそうだったようにだ。
加速の鋭さ、壁際をかすめる緊張感、エネルギーを巡る駆け引き。フォーミュラEは未来のレースであると同時に、すでに現代のレースでもある。静かに見えて熱い。クリーンに見えて激しい。スマートに見えて、じつは泥臭い。そこがいいのだ。
とはいえ、僕は最初からフォーミュラEを素直に受け入れていたわけではない。むしろ、その逆だった。
レーシングドライバーとして育ってきた僕にとって、レースとはエンジンの咆哮とともにあるものだった。アクセルを踏み込めば吸気音が高まり、排気音が腹の底を揺らす。回転計の針がレッドゾーンへ向かうにつれて、ドライバーの鼓動も速くなる。その一連の高揚感こそが、レースという文化の一部だと信じてきた。だから、初めてフォーミュラEを見たときには、どこか物足りなさを感じたものだ。
ところが、人間とは勝手なものである。何度か現場でレースを観戦するうちに、その価値観が少しずつ揺らぎ始めた。エンジン音が消えたことで、逆に聞こえてくるものがあったのである。
タイヤが路面を引っかく音。縁石を跨ぐ衝撃音。ブレーキングでタイヤがかすかに上げる悲鳴。そして観客の歓声である。これまで爆音にかき消されていた「レースの素顔」が、そこにはあった。
そんな姿を見ているうちに、ふと思った。
レースの魂とは、爆音なのだろうか。
いや、違う。
レーシングドライバーは、時代ごとに与えられた道具を使い、「誰よりも速く走る」という一点を目指してきた。その本質は、100年前も今も変わらない。蒸気機関でも、V型12気筒エンジンでも、電気モーターでも、速さを求める情熱は同じである。
気がつけば僕は、爆音を恋しがる一方で、静寂の中に潜む新しいモータースポーツの鼓動にも耳を澄ませていた。
フォーミュラEは、エンジン音を失ったレースではない。レースという古い文化が、新しい時代の言葉を覚え始めた姿なのだと、今は思っている。
キノシタの近況
密かなワゴンブームに乗っかっちゃうわけではないのだが、ランサーエボリューションワゴンで8月8日(土)、富士スピードウエイの「Fuji-1GP」(フジワングランプリ)に参戦しました。ナンバー付きなので、ホビーレースだけど、ワクワクしました。応援ありがとうございました。