モータースポーツ好きがたいがいハマるのがミニカー集めだ。ご贔屓チームグッズとは別に、自宅の書棚にミニカーが必ずあるはずである。
ミニカーがコレクション心を揺さぶるのは、大小にわたって手頃なサイズがラインナップしていることだ。缶コーヒーの景品として付属されているシンプルなミニカーから、子供くらいだったら乗って走れるんじゃないかと思えるほど実車を忠実に再現したタイプまで選択肢は広いのである。
素材も様々で、簡易的に型取りしたプラスチックタイプ、金属を整形したタイプ、重厚感と品質感たっぷりのレジントップが僕は好み。ダイキャストも魅力的である。
質感と価格、収納性(展示性)とバランスがとれているのは43分の1サイズのレジントップタイプだろう。総合的なコレクション性ではそのタイプが人気のようで、実際に市場に出回っているのはレジントップかダイキャスト。何を隠そうキノシタも43分の1のレジントップをコレクションしている。
そんなミニカーの中で最高の作品に出会った。
コレクションの持ち主は「福山英朗」さん。レース界の重鎮であり、いまでも現役で走る。彼がこれまで獲得してきた数々の全日本チャンピオンに経歴で勝るとも劣らないのが「東洋人唯一のNASCARレギュラードライバー」という称号だろう。しかも、ピラミッド型のNASCARの中にあって最高峰のカップカーマシンを駆り戦っていたのだ。という経緯もあって、いまではNASCAR伝道師としての活動が盛んである。その福山英朗さん所有のNASCARコレクションの中でビビッときたのがこれである。
今回撮影のためにお借りしたのは、NASCAR最高の人気を誇る「デイル・アンハート」が走らせた逸品。1996年「NASCAR THUNDER SPECIAL SUZUKA」で走った1/32ダイキャスト。
NASCARが東洋進出プロジェクトとして鈴鹿にやってきたその年に、実際に走ったモデルがベースとなっているのだ。マニア垂涎の逸品であるわけだ。
さらには1998年、NASCARが鈴鹿からもてぎオーバルに移行したその年のモデル。「NASCAR THUNDER SPECIAL MOTEGI Coca-Cola 500」を戦った際のコカ・コーラカラーが鮮やかなタイプだ。カタカナのスポンサーロゴも記されていたりして生々しいのだ。
ブラックの「Goodwrench」は、2000年の「DAYTONA500」を戦ったもの。ともに栄光のゼッケン「♯3」を纏っている。
パッと眺めただけでは、この作品の凄さがわからないことだろう。モデルカーそのものの完成度は、平均的レベルだ。
このモデルの凄いところは、「データシート」が付属されていることなのだ。モデルがベースになった当該レースのセッティングデータが別紙に添えられているのである。
たとえば、デイル・アンハートがもてぎを走った1998年、プラクティスから翌日のクオリファイ、決勝にかけて、フロントのサス剛性が落とされていることがわかる。
NASCARでいうところのスウェイバー、つまりスタビライザーやスプリングがどんどんソフト系になっているのだ。おそらくタイト(アンダーステア)に苦しんでいたのだろう。フロントの接地性をひたすら求めていることからそれは伺える。
まずはフロントのスウェイバーに手をつけた。それでも効果が十分ではないと判断したようで、フロントスプリングも組み替えている。しかもその数値からするとかなり大幅であり、苦労が想像できるのだ。それでも問題は解消されないようで、今度は逆にリアのCFコントロールにも細工が加えられている。
その悩みは決勝直前になっても解消された形跡はなく、むしろ決勝当日にさらにリアにハード系を組み込んでいる。簡単なアジャストでは対応できない、よほど重症だったに違いない。それでもタイトを消すことに躍起になっていたことを想像すると感慨深い。
フロントをソフト系に進め、最後にはフロントのキャンバー追加している。キャンバー効果に期待したに違いない。同時に増えたロールに対応するため接地面増大によるCFアップも狙いだっただろう。決勝前に施したフェンダーとリアスポイラーの変更も、おそらくタイト対策に違いない。
…といったようにたった1枚のシートがマシンの動きを教えてくれるのである。
デイトナのセッティングシートにも惹き付けられる。一般的なロードコースマシンとの決定的な違いは、仕様が左右でアンバランスな点だ。基本的に左旋回しかしないオーバルコースでは、右旋回のことなど無視する。直進性も無視。過去にNASCARを走らせたこともあるけれど、まっすぐ走るにはカウンターステアが必要なのだ。コーナーに入って初めてステアリングがほぼ直進になる、といったことの理由がここから読める。
スプリングからスタビライザーから、ウエイトから車高から…。ほとんどがアンバランス。極めつけはキャンバー角度。左は強く寝かされているのに対して、右は逆に内側に傾いているのだ。しかも、ホイールベースすら違うと言うのだから驚きである。
一方鈴鹿のロードコースで戦われた1996年仕様は、左右のセッティングが揃っている。つまりオーバルとロードコースではまったく仕様が異なるということだ。
というあたりをひとつずつ確認していると、ついつい朝になりそうである。
1枚のシートがさらに深く想像させてくれるのは、もてぎが特異なオーバルコースであることだ。全米を渡り歩くNASCAR軍団が、それも数々のチャンピオンを獲得してきたトップチームが大幅にガレージセッティングをはずしてきていたことだ。走りはじめからマシンが決まらず、最終的には大幅な変更にトライしている。ある意味ギャンブルに近い変更をせざるを得なかったことからも、もてぎサーキットの特殊性がわかるのだ。
同時に、デイル・アンハートの勝利への貪欲な姿勢も想像できる。世界のサーキットと比較してカントが低いとされているもてぎで、これほど大胆なソフトスプリング組み込みは操縦性の激変を意味する。深いロールを覚悟しなければならず、それでも挑む姿勢すら透けて見えるのだ。
モデルカーの魅力は、ある意味でバーチャルな世界に浸れることにある。実際にその場にいなくとも、あたかもその空気を共有しているかのような気持ちになれるのだ。
さらにデータシートがあれば濃度は濃くなる。僕は、デイル・アンハートというNASCAR史上最高のドライバーの苦悩、性格を予想してしまった。わずかばかりの数値からすべてが読める。
このシートだけで、朝までひとり酒できるね。