木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 112LAP

2014.01.14 コラム

無機質な数字の羅列に潜む真実

データシートで朝まで呑めるぞ

先号のLAP111でNASCARマシンのデータシートを紹介した。

スプリングやダンパーや、あるいは車高やスタビライザーなどの仕様が正確に記されたシートを眺めていると、そのレースが臨場感豊かに蘇ってくるといった話だ。NASCARが鈴鹿にやってきたそのレースで伝説のドライバー、デイル・アンハートのミニカーを購入したら、そのレースのリアルなデータシートが付録としてついてきたことの驚きを紹介したのが先号である。

データシートは雄弁にマシン状態を物語る。スプリングやダンパーが変化していればセッティングが満足いくものではなく、ドライバーやチームが苦悩している様子が想像できる。その数値が大幅に変化していればさらに、その苦悩が甚大であることが想像できる。いったん変更された数値が次の走行で元に戻っていたりしたのならば、迷宮に紛れ込んでいた可能性もある。

逆に、特に記すデータもなく、殺風景なデータシートであることはチームにとって万事順調であることをうかがわせる。特にセッティング変更をせずとも、満足できる仕上がりである証拠でもあるわけだ。といったように、データシートはマシンのコンディションを知る上で貴重なデータなのである。

  • ピットウォールに設営されたサインガード。各ラップごとのラップチャートが計測され、データシートと共に貴重なデータとして蓄積される。
    ピットウォールに設営されたサインガード。各ラップごとのラップチャートが計測され、データシートと共に貴重なデータとして蓄積される。

マシンとドライバーのすべてがこの1枚に…

一方、我々に欠かせない貴重なもうひとつのデータは「ラップチャート」である。

テスト走行やらレースやらでは必ず、サインガードにいるスタッフがラップタイムを記入することになっている。サインボードを通じて走行中のドライバーにメッセージを送る傍らで、ひたすら黙々とシートにラップタイムを記していく。そんな地味な作業が実は、ドライバーにとってとても参考になるのだ。

たかだかラップタイムだと侮るなかれ。ラップチャートには、膨大なデータが秘められている。走行中のラップタイムはメインの記述だが、たとえばそのタイムがどんなタイヤで記録されたのかなどもわかる。新品タイヤならば「SET 1 NEWタイヤ」、サーキットに持ち込んだ数々のタイヤの中のSET1タイヤの新品が装着されていたことをメモっているわけだ。

一般的に記されるデータはこれ。

  • ・ラップタイム
  • ・路面温度
  • ・気温
  • ・タイヤ温度
  • ・タイヤ温度分布
  • ・タイヤ空気圧
  • ・ガソリン搭載量
  • ・給油量
  • ・タイヤの種類
  • ・ブレーキの種類

その他、仕様変更があれば逐一データとして保存される。ブレーキ、エンジン、路面温度、気温といった情報に付随し、備考欄にはドライバーのコメント等がスラスラと走り書きされていることもある。これがラップチャートだ。

  • こうしたラップチャートが積み重なり、膨大なデータとして保存されるのだ。いまだに紙と鉛筆というのが古典的だが一般的なパターン。
    こうしたラップチャートが積み重なり、膨大なデータとして保存されるのだ。いまだに紙と鉛筆というのが古典的だが一般的なパターン。

ラップチャートはドライバーの個性を雄弁に語る

これが、僕らレース屋にとっては貴重な情報源であり、これさえあれば朝まで酒が呑める。1枚の紙切れを眺めているだけで、頭の中にリアルワールドが展開されるから不思議なのである。

ラップチャートの魅力は、ドライバーのスキルはもちろんのこと、ドライビングスタイルやその日の精神的な状況、モチベーションが充実していたのかそれとも集中力が途切れていたのかさえわかる。もっと言えば、ドライバーの個性や性格までが行間から滲み出てくるのである。

本来プロドライバーはチーム内で、”運転する機械”としての機能を要求されることがある。たとえどんなコンディションであっても常に正確なドライビングが繰り返し慣行されているであろうとの前提に成り立っているのだ。

たとえば真冬の早朝8時からの走行だったとする。ドライバーも人間であることを考えれば、精神的にも肉体的にも、走行開始のその瞬間からスキルを100%安定して発揮できるかと言えば、困難である。だがチームはそんな甘えを許さない。走りはじめのタイムが劣っていれば、それはすなわちマシンセットの評価としてカウントされる。その後徐々にタイムが上がっていったのであれば、ドライバーが馴染んできたといった要素は無視され、ただ単純にマシンの性能が徐々に改善していったのだと判断されるのだ。マシンの状況を正確に把握するために、ドライバーは正確な“運転する機械”であることを求められるのはそのためだ。

  • とあるチームのラップチャートはデータシートと兼用だ。だからこそ分析しやすい。このノートがドライバーの性格のすべてを内包しているのだ。
    とあるチームのラップチャートはデータシートと兼用だ。だからこそ分析しやすい。このノートがドライバーの性格のすべてを内包しているのだ。

これさえあれば、一升瓶が空になる

ただし、ドライバーも機嫌が悪い時もあれば良い時もある。血の通った人間だから、ターミネーターのように正確であるわけもなく、その行間に個性が滲み出る。これが厄介でもあり面白いのだ。

たとえばラップタイムがばらついたとする。プロだから100%のドライビングを慣行しているという前提でいえば、ばらつきは操縦性の悪さだと結論づけることができる。ただし、ドライバーの気が乗らなかったとしたら?それすなわち操縦性の悪さだと判断していいのだろうか?

たとえば一般的に瞬発力が高いとされている新品タイヤを装着したにもかかわらず、走りはじめのタイムが悪かったとする。それはタイヤの発熱の悪さやセッティングのアンバランスと考えるのが妥当だが、はたしてそうだろうか?コースインラップでしっかり発熱させたか?それ如何によって結果は異なってくる。

たとえばタイムが大きくばらつきながら、ある周回だけ目の醒めるようなベストタイムが記録されていたとする。それは偶然か?故意か?予選に備えてのシミュレーションであればデータとして貴重である。だがそれがロングランテストの最中だったとしたらどう判断する?一発狙いで走行していた可能性だって疑われるのだ。

  • 富士スピードウェイでのGAZOO Racingのラップチャート。比較的シンプルである。4周ごとにピットインを繰り返し、ウイングの角度を中心にセッティングしていることがわかる。ガソリンを30リッター搭載した状態から走行開始。1回の例外を除き、2周目が常にその仕様のベストタイムが記録されている。なぜだ?
    富士スピードウェイでのGAZOO Racingのラップチャート。比較的シンプルである。4周ごとにピットインを繰り返し、ウイングの角度を中心にセッティングしていることがわかる。ガソリンを30リッター搭載した状態から走行開始。1回の例外を除き、2周目が常にその仕様のベストタイムが記録されている。なぜだ?

裏の裏まで読む楽しみ…

特に2名以上のドライバーが同じマシンで戦う耐久レースの場合、そんな行間を読むことが良好なチームワークを形成する上で大切な作業になってくる。

ドライバーの性格やスキルをただ単純にその日のベストタイムだけで判断するのは浅はかだ。トップタイムをあえて出さずに黒子に徹している。あるいは自らのパフォーマンスに走っている。ラップチャートの行間に滲み出るスキルを分析することがまた楽しみなのである。

  • こうして地道に蓄積されたデータが、今後のレース戦略やクルマの開発に生かされる。決して派手ではないが、根底をささえる大切な仕事だ。
    こうして地道に蓄積されたデータが、今後のレース戦略やクルマの開発に生かされる。決して派手ではないが、根底をささえる大切な仕事だ。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

Super-FJ日本一決定戦を観戦してきた。将来を夢見る若いドライバーが熱く走る姿は清く美しかった。スーツはまだ似合っているとは思えなかったけれど、それが初々しい。コースインしようとする子供達をじっと見守る親の視線が印象的だった。この中からプロドライバーが育ってくるのだろうか。行く末を見守りたい気がした。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

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