プライベートサーキット?
クルマとの接し方は人それぞれのようです
世の中には走り好きな御仁は少なくないようだ。
陽光うららかな冬晴れの日のワインディングに行けば、軽快なリズムでスポーツカーを乗りこなす紳士達のさわやかな笑顔に出会うことができる。
休日ともなれば、全国のいたるところでクルマ好きの集いを見掛けることができる。SNSを覗き見すれば、クルマの楽しい話題が飛び交う。
サーキットに行けばなおさらで、仲間とやってきて走りに没頭する様子は、日頃ギスギスしたコンペティションの世界に生息する身からしても羨ましい。サーキットは何も戦う場ではなく、安全に走りの刺激に浸るためのステージだったことを再確認するのだ。
煙草をやめ、好きな晩酌も発泡酒に改めた余裕をタイヤやガソリン代に振り分ける。カツカツの中で手にしたその1周はさぞかし実のある周に違いない。
ハッと我にかえってみると、タイヤのスキール音がなにやら音楽の調べのように聞こえてくるから不思議である。
趣向のスタイルは様々だけど、みんなが楽しくクルマのある生活を謳歌しているのだ、実に微笑ましい。
究極の走り好きの姿?
走り好きが講じてくると、しかも財力に余裕がある御仁は、自分専用のサーキットを造ってしまうというから驚きである。富める国アメリカ・ルイジアナ州ニューオリンズのNOLAモータースポーツウェイもそのひとつ。
ニューオリンズといえばジャズやカントリーミュージックの街だ。かつてフランス植民時代だった面影は街の名だけでなく(新しいオリンズ首府)、フレンチ・クオーターの景観にも残されている。メキシコにけして遠くないアメリカ南東に位置する、軽快なリズムが溢れるそんな片田舎に、広大なプライベートサーキットをこしらえてしまった人もいるのだ。
「じゃひとり百万ドルずつ出して、自分たちがゆったりと走れるサーキットを造ってしまおうぜ」
数人のクルマスキが資金を出し合い、夢のような施設を造ってしまったと噂されているのが、NOLAモータースポーツウェイ。NOLAはニュー・オリンズ・ルイジアナの略である。
そこかしこにプライベートサーキットの証が
まずは写真をご覧くださいまし。
ここは滑走路なのかと見紛うばかりの景観である。最終コーナーからのメインに続くストレートは平坦でまっすぐ。セスナはもちろんのことプライベートジェットくらいなら離発着できそうである。
そんな感想を抱いていると、どうやら空からジェットで訪れる仲間のために滑走路にも転用できるようにと設計されているらしい。
もう一度写真をご覧いただきたい。
どこか変なのである。普段見慣れた興行用サーキットとはどこかが違う。モゾモゾした違和感を感じた人も少なくないだろう。
そう、まず観客席がないのだ。なぜならばNOLAモータースポーツウェイは、観客を収容することを前提としていない。オーナーは興行主ではなく、ゼネコンでもない(本職は聞きそびれたが…)。純粋なクルマスキなのだ。つまり、サーキットを建設して興行収入を得ようとしているのではなく、自分が走る場所をただただ造りたかっただけなのだ。だから観客席などは必要ないのである。
もう一度写真を…。コースオフエリアの減速装置が貧弱である。コース後半のS字セクション。ここでもしコースオフしたら、マシンは芝生の上をほとんど減速感がないままに滑り続け、その先のコーナーの出口に先回りしてなだれ込むシーンが想像できる。貧弱なフェンスなどは気休めでしかない。
ビッグレースを開催しようとするのなら、安全設備等の不備により当局の許可がおりないはずだ。だがそれでもかまわない。つまり、友人達だけのプライベートでの走行を前提としているからに違いない。
いずれNASCARやインディを…
そうは言うものの、施設はかなり本格的だ。そもそも現在完成している北コースは2.3マイル(約3.7km)ある。北コースというからには南コースもあるわけだが、そのエリアは今後建設する予定だという。北コースでさえ菅生サーキット規模なのだから、もし計画通り完成したら世界的に見ても広大なレベルに属する鈴鹿サーキットを超える距離となるわけである。
付帯されるカート場はかなり本格的だ。レストランも1000人規模の収容を誇る。オーナー向けのレストランもありメインテナンスガレージがあり、メカニックも常駐している。ルイジアナの田舎だから土地代など安いものだと想像するが、それなりの維持費が必要であろう。それをプライベート感覚で維持しているのだから腐ってもアメリカは富める国なのである。
そんなNOLAモータースポーツウェイも、興行開催の色気を出しているとの噂もある。インディ開催に向けての視察を受けたというのだ。
その結果は予想通り。公式コメントは「開催するには施設に不備がある」とのこと。観客席はないし、安全対策も十分ではないというわけなのだろう。今後建設することになる南コースは樹木の伐採済み。そっちにはインディ開催可能な施設とするのかもしれないが、数台のブルドーザーは雨ざらしのまま稼働した形跡はないから、サーキットオーナー達もそれほど焦ってはいないのだろう。
まずは自分たちが気持ち良く走れるのならそれでいい。その合間にインディにでも貸し出そうかね~といった余裕すら感じるのである。
クルマが好きになり、好きなクルマを手に入れ、好きなクルマで走りに行く。さらに気持ちが昂り、好きなクルマで走る場所を造ってしまう。ある意味、究極のクルマスキの姿かもしれない。羨ましい限りである。
では次に…。
好きなクルマが競い合う姿を観てもらう。そんなサーキットに育てるのはいかがだろうか?そうしてくれたらなお嬉しい。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」