木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 116LAP

2014.03.11 コラム

CM撮影!ドS監督とドMスタッフじゃなきゃね

  • 渾身の作品。僕が特に力をいれたのは、リアタイヤが武者震いをするシーンだ。条件を整えると、パワーのあるGSはまだまだ走りたそうに震えた。
    渾身の作品。僕が特に力をいれたのは、リアタイヤが武者震いをするシーンだ。条件を整えると、パワーのあるGSはまだまだ走りたそうに震えた。
  • メイキング映像では、この作品に掛ける思い入れと苦労の一端が伺えるだろう。
    メイキング映像では、この作品に掛ける思い入れと苦労の一端が伺えるだろう。

レクサスGSには感情がある

闇夜の峠道。艶かしい黒青色に発光するレクサスGSが迫り来る。その直後、華麗なスライドアングルを残像として捨て去り、まるでそれが幻だったかのように視界から消えていく。

昨年テレビ放映されたレクサスGSのCMだ。

深夜、ワインディングを駆け抜けるレクサスGSは、走りに没頭しすぎたのか、もう朝日が昇ろうとする時間。帰途につこうとしたその瞬間、目の前にY字が現れて急停止。右か左か?新たに走りへの欲求が沸き上がってきたレクサスGS。進路を見定める逡巡。決断は一瞬。強烈なパワーを持て余し、後輪を激しくスキッド。マシンがブルブルと震えた直後、一気に「AMAZING」の看板が指し示す山並みに向かって走り去っていくのだ。

30秒という限られた時間の中に、しっかりとはっきりとストーリーが展開される。無粋な商品説明は一切なく、ただ素直にレクサスの世界を表現している。ちょっとニヤッとさせるあたりはレクサス紳士のウイットにとんだキャラクターが源泉だろう。

ISからGSへと続き、さらにいま頻繁にテレビに流されているCTのCMにいたるまで共通するキーワードは「AMAZING」だ。

ISはリアタイヤで「AMAZING」スイッチを踏んだ。GSは「AMAZING」の看板が現れる。CTはシグナルが「AMAZING」に点灯する。それぞれ、レクサスが目指す世界を「AMAZING」という言葉で暗示しているのだ。

世界初のブラックライト撮影!

ともあれ、あの艶かしい発光体はなんだろうと疑問に思うに違いない。コンピューター・グラフィック処理なのだろうと想像するのが自然だ。ところが、あれ、すべてがリアルなのである。

実写のレクサスGSに、ブラックライトを浴びて発光する塗料を塗込んだ。コースサイドに設置したブラックライトを被写体に照射。激しく走らせながら怪しく発光させたのだ。世界初の試みだという。

CG処理を避けたのは、何事にも本物を追求するレクサスの本分。たとえCMですらギミックは使わないという志の高さゆえである。ただし、あまりに精度を高めすぎたために、限りなくCG作品に酷似してしまったのは皮肉である。

  • 撮影の合間にスマホでパチリ!あまりのカッコ良さに、スタッフが痺れた瞬間だ。これ実車です。こうしてみても、不思議なほどリアリティがないね。
    撮影の合間にスマホでパチリ!あまりのカッコ良さに、スタッフが痺れた瞬間だ。これ実車です。こうしてみても、不思議なほどリアリティがないね。
  • これも実車。車両ナンバーが特に気に入っている。
    これも実車。車両ナンバーが特に気に入っている。

無理難題の数々…

まあ、アイデアは源泉のごとく湧き出てくるのだが、実際にやれるかどうかとなると、ことは単純ではない。なんせ世界初の試みだから、ひとつひとつ課題をクリアしていった。塗料の厚みによってはクルマの陰影が表現できず、何度も試行錯誤を繰り返した。

まずは1/12見当のミニカーを作成し、絵コンテに忠実なジオラマの中を走らせた。ライティングの実物と同じという環境だ。それをカメラで捉え、塗ったり剥がしたりを繰り返しながら完成度を高めていく。

次に実車の実験に移る。それで試行錯誤を重ねていくのだ。これまでに膨大な時間と労力を要する。そしてようやく本番ロケに挑むというわけである。

それでも難題が降り掛かる。

蛍光塗料は雨に弱いという欠点のあることがわかっていた。だというのに、ロケ当日は雨にたたられた。一時はロケ延期も覚悟したほどである。

実はこの作品に、僕もドライビングディレクターとして参画している。全体の構成から走りの表現までを造り込んでいったのだ。

得意分野的にもっとも要求度が高く気になるのは走りのシーンである。

ドライバーの苦労は想像に余りあるだろう。塗料の特性上、暗闇でなければ発光しない。つまり、ドライバーは真っ暗闇の峠道であの激しい走りに挑んだのだ。しかも無灯火でのスライド走行を強いられのだろうからヤバい。それを追うカメラカーも当然無灯火。目をつぶっても開いても見えないことに違いはない状況で、勘と経験をたよりにトライしたのである。

  • ブラックライトを浴びると、白い部分がこんな感じに光る。昔クラブで流行ったようなないような…。これを陰影が浮き立つように青く光らせるのがプロ技なのだ。
    ブラックライトを浴びると、白い部分がこんな感じに光る。昔クラブで流行ったようなないような…。これを陰影が浮き立つように青く光らせるのがプロ技なのだ。
  • 撮影劇車が運ばれてくる。ブラックライト用塗料が塗られている。陽の光を浴びても艶はない。マットカラー流行の昨今、こんなカラーリングが流行りそう(?)。
    撮影劇車が運ばれてくる。ブラックライト用塗料が塗られている。陽の光を浴びても艶はない。マットカラー流行の昨今、こんなカラーリングが流行りそう(?)。

そのほとんどは人目にさらされることなく消えていく…

ちなみにロケ地は、とある山奥。筋金入りのキャンパーすら訪れることが稀な人里離れた山奥でのロケが敢行された。ケータリングや仮眠用のベースキャンプ周辺には、猛獣に食い荒らされた鹿の骸骨が散乱しているといった環境だった。

季節は夏場だというのに、ダウンジャケットを重ね着してもブルブルと震えていた。しかもシーンのほとんどは陽が落ちてから昇るまでだから、体に厳しい。このアイデアを思い浮かべた監督を恨んだことは一度や二度ではない。

  • ロケ地は奥深い山の中だ。コース脇の狭いスペースにベースキャンプを張って過ごす。通行の邪魔にならないように退避エリアにテントを構えたものの、結局ロケ中に1台のクルマも通らなかった。
    ロケ地は奥深い山の中だ。コース脇の狭いスペースにベースキャンプを張って過ごす。通行の邪魔にならないように退避エリアにテントを構えたものの、結局ロケ中に1台のクルマも通らなかった。
  • 脇には鹿の死骸が転がっていた。
    脇には鹿の死骸が転がっていた。
  • ロケ地は山奥。ご覧のように防虫対策を万全にしないとヤバい。ネット付きの帽子を現地で購入した。
    ロケ地は山奥。ご覧のように防虫対策を万全にしないとヤバい。ネット付きの帽子を現地で購入した。

まあ、撮影苦労話はWebメイキングで確認してもらうとして、ともかくこの手の作品は、作り手の魂とこだわりの結晶なのである。その濃度の濃淡によって、仕上がりに影響する。

実は、30秒に盛り込んだカットは、全収録のうちのわずか20%ほどに違いない。膨大なテープを東京に持ち帰り編集に及ぶと、ほとんどのシーンは捨て去られる。せっかく苦労しただけに、ついつい残したくなるシーンが山ほどあるのだが、そのほとんどが人目にさらされることなくお蔵入りとなる。CM撮影のもっとも困難なことは、撮影することではなく、撮影したものを捨てることにあるのかもしれないと思った。

苦労自慢のようで心苦しいのだが、もう一度作品を観てほしい。

  • GS TVCM
    GS TVCM

冒頭の03秒からのたった1秒間の林の背景は、照明のプロ集団を起用して2日間に及ぶ撮影をしたシーンである。深夜にライトを焚けば、視界が暗くなるほどの夥しい数の蛾や蚊が群がってくる。そんな中、大木の上の照明担当スタッフは夜通しクルマにライトを照射しつづけた。

ワントライごとに、スモーク班が煙幕を撒く。発煙筒的な専門機材をリヤカーに積み、およそ100mほどのロケコース(このシーンだけね)を何十往復したことだろう。そしてあの幻想的な背景ができあがる。それでも使われたのはたった1秒。指示をするのは監督。編集最終決定権も監督にあった。監督とはとてつもないこだわりの持ち主であり、血も涙もないドSでなければ務まらない(笑)。

  • 軽トラックにスモークマシンを搭載し何往復も…。
    軽トラックにスモークマシンを搭載し何往復も…。
  • 手持ちのスモークマシンで何十往復も…。
    手持ちのスモークマシンで何十往復も…。
  • スモークを焚く。ワンテイクごとにこの作業が繰り返される。美しいスモーキングにもプロ技がある。
    スモークを焚く。ワンテイクごとにこの作業が繰り返される。美しいスモーキングにもプロ技がある。
  • クリエイティブディレクターであり監督兼カメラマンの「マンジョット氏」。なんでもこなすクリエイターだが、仕事モードに入ると根はあきらかにドS(?)。普段はとても優しい紳士だけど…。
    クリエイティブディレクターであり監督兼カメラマンの「マンジョット氏」。なんでもこなすクリエイターだが、仕事モードに入ると根はあきらかにドS(?)。普段はとても優しい紳士だけど…。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

2014年のニュルブルクリンク24参戦マシンの開発がスタートした。今年初めてのキノシタ走行日。富士スピードウェイを一日専有して行われた。基本的に昨年型を踏襲。軽量化やセッティングなど、昨年に詰め切れなかった部分を熟成したのだ。だから耐久性には不安はない。瞬発力とドライバビリティのアップデートが主眼だ。今年コンビを組む石浦宏明と大嶋和也は今回欠席。キノシタだけに走らせるなんて、いい根性しているよなぁ~(笑)。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

>> 木下隆之オフィシャルサイト