頭のネジがはずれているからそのデザイン?
それは滑るというより落下である
この競技の本質はどこに隠されているのだろう。ふと疑問に思った。
もしその競技が、操縦テクニックの競い合いであるのなら、きわめて純粋に「身体スポーツ」のひとつとしてジャンル分けできるのだから理解しやすい。
だがそれだけではにわかに納得しづらい要素を含んでいる。
はたから見るかぎり、それはスポーツと呼ぶにはあまりにもシンプルすぎる。むしろ恐怖との戦いのようにも映る。とするならば、凛々と湧き出る勇気、あるいは度胸のくらべっこかもしれないとも思わせられる。競われる、もしくは試されるこの競技の根幹を理解するのに時間がかかる。
冬季オリンピック種目でもある「スケルトン」は、ウインタースポーツでもっともスリリングなスポーツかもしれない。
だってその競技スタイルが特殊である。
頭を突き出したうつ伏せの姿勢で、氷の壁に囲われた半チューブ上のコースをひたすら下るだけなのだ。
登り区間は一切ない。下るというより、落ちる。重力の法則に身をあずけ、落下するといったほうが正しいだろう。
人間がもっとも守らなければならない頭部を曝け出した無防備な姿勢で疾走する。おそらく、140km/hで流れる氷と頭との間隔は数センチだろうから、恐怖すら感じる余裕もないのかもしれないと思うほど恐怖と背中合わせだ。
スポーツの起源は?
氷上のF1と呼ばれる「ボブスレー」は、カプセル状マシンに乗り込む。2名乗りと4名乗りがあり、操縦を担当するパイロットはブレーキ操作もする。
そり系という意味では同質の「リュージュ」は、仰向けの姿勢で足を坂下に投げ出すスタイルで滑降する。
スケルトンはそれと酷似しているものの、頭が先頭。ただひたすら落下タイムを競うだけである。
スケルトンの名の由来は、骨だけというシンプルな骨格そりを使うことからだというから、むき出しの肉体が滑降する。スキル比較ではなく、バンジージャンプのような度胸くらべに感じるのはそれが理由だ。わざわざ危険な状況に身を置き、ひたすら恐怖に挑む。その恐怖の時間を競うのだと考えてもいい。
本来スポーツは、きわめてシンプルな動機が発祥の源である場合が多い。
陸上競技は想像のとおり、誰かが走り出し、それを追うものがいた。「オレの方が速いし…」「いやオレの方が…」それが起源だと想像できる。
ラグビーは、何かの果物だとか野菜だとかを奪うひとがいて、それをまた奪うひとがいた。それが競技になった。
世界最大のモータースポーツ「NASCAR」は、隣町から隣町へオレンジだか酒だかを運ぶトラック運転手が速さを競うようになったことが起源だという。時は禁酒法時代だったから、人目を忍んで、誰よりも速く運ぶ必要があったのだと。
ではスケルトンは?
ボブスレーやリュージュなら理解できる。雪国にはそりがあったわけで、であれば速さを競い始めるのは、他のスポーツの起源と同様だ。だけど、なぜ頭を下にしなければならないのか? そこが謎なのだ。
一度彼と話をしたいものである
あるいはそれは、僕がニュルブルクリンクに拘りつづけるのと同様の心理かもしれない。クルマのテクニックの競い合いでいいのならばスーパーGTでもフォーミュラーでも満足できるはずだ。だがニュルブルクリンクで速く走るには度胸が必要だ。ボブスレーでもリュージュでもなく、あえてスケルトンに挑戦する選手は、スーパーGTでもフォーミュラーでもなく、ニュルブルクリンクに挑戦するドライバーと同じ心理なのかもしれないのだ。
「ちょっと頭のネジがはずれたドライバーが勝つ」
それがニュルブルクリンクの魅力だったりする。
と思ってソチ冬季オリンピックをテレビ観戦していたら、気になる選手を発見した。カナダの「ジョン・フェアバーン選手」。彼のヘルメットの図柄は「脳みそ」をモチーフにしているのだ。
生々しい。頭を進行方向に突き出すと、おどろおどろしさが倍増する。彼は命知らずの度胸を、その図柄で表現しているのかもしれない。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」