ニュルブルクリンク24時間レースへ向けて「VLN(ニュル耐久選手権)」で実戦テストを行っているGAZOO Racingは、今回の「VLN2」に本戦を走る2台のLFAレース仕様車、5名のドライバーを擁して出場、様々なテストを行いながら無事に完走を果たした。 着実にステップを踏むGAZOO Racingの今季2回目の挑戦に密着した。
本気モードがサーキットに
レース前日、ニュルブルクリンクのパドックに到着するやいなや、開幕戦とは全く違うと言っていいほどの熱気を感じた。年間10戦が行われる「VLNシリーズ」の第2戦には前回の163台をはるかに上回る206台ものマシンが集結、ピットに収まりきれずにトランスポータ―の横に簡易の整備スペースを設けるチームも多い。しかし、パドックを包む雰囲気の違いは激増したエントリー台数のみによるものではなく、GAZOO Racingと同じく5月の「24時間レース」へ向けた実戦テストと位置付けて「VLN」を走る本気のチームがいよいよ揃い踏みしたことによるものだと関係者の多くがつぶやく。今回を含む2回の「VLN」決勝レースの合計走行時間は8時間、その中に「24時間レース」の全ての要素を盛り込んでテストプログラムを実行する各チームスタッフの表情には本番さながらの緊張感が漂っていた。
GAZOO Racingは前回の開幕戦同様、本戦へ向けたテストを目的として第2戦に出場、具体的には2台が揃ったLFAレース仕様車の熟成、タイヤの選択、燃費戦略の詰め、そして新たにチームに加入した2人のドライバーのコース攻略と「24時間レース」への出場資格(2回以上の完走が条件)取得である。ドライバーは本戦へ出場する7名の中から、3年目の飯田章選手、2年目のアンドレ・ロッテラー選手を除く5名が参加。ドイツ出身のベテランで耐久レースの経験豊富なアーミン・ハーネ選手、同じくドイツの人気ドライバーで「24時間レース」2位入賞の経験を持つヨッヘン・クランバッハ選手は共に昨年に続いてLFAのステアリングを握る。今年が19回目の出場となる木下隆之選手は3年目。そして、新メンバーの2人、昨年のスーパーGTチャンピオンの脇阪寿一選手、国内2つのトップカテゴリーで活躍する大嶋和也選手。前述の目的の中に2人のコース習熟と参加資格取得をあげてはいるが、飯田選手がもうほぼ対応できていると語るほど高い技術と集中力を発揮している。舞台はニュルブルクリンク約25kmの超ロングコース、予選開始を告げるドイツ語のアナウンスがピットに響くと、コースを覆う濃霧の中へ206台が一気に吸い込まれていった。
濃霧の中、脳裏のラインをたどる
GAZOO Racingは今回から本戦同様の2台体制へ。前戦を走った#127は木下選手と脇阪選手、国内でシェイクダウンを行った後に運び込まれた#128はハーネ選手、クランバッハ選手、大嶋選手がタッグを組む。4月10日、朝の気温は6℃、予選開始前には濃霧がコースを覆い尽くし中継モニターも真っ白。大嶋選手が不安そうな面持ちでコースを見つめていると、誰かが「これでは予選開始が遅れますね」と。するとニュル19年目の木下選手が「いやいや、霧は濃いけど、コースがなくなったわけでなないからやりますよ(笑)」、どっと笑いが起きる。そして本当に日本では100%スタート延期となるほどの霧の中、8時30分に予選が始まった。「ニュルだからね」という木下選手の声に重みが感じられた。
#127は脇阪選手が先にステアリングを握ってコースインしたが、タイヤが暖まってきたところで急きょ、ピットへ戻ってきた。「左コーナーでアウトから2台をまとめて抜きに行ったら、イン側のマシンが急にアウト側へ膨らんできてよけるスペースがなかった」、左のリヤフェンダーとホイールに傷痕。応急処置を施して木下選手がコースイン、チェックを行うが「接触した左リヤのアライメントがずれている」状況で、約2時間後に行われる決勝までの短い時間内で修理とアライメント調整を行うために走行を終了。
#128はハーネ選手、クランバッハ選手、大嶋選手が予定通りの周回を終えて決勝へのスタンバイを完了した。スターティンググリッドは#127が総合47位、#128が総合24位。昨年バトルを展開したアストン・マーチンやコルベット等7台によるSP8クラスでは断トツの1‐2位。テストプログラム実施のため本格的なタイムアタックを行っていないが、確実に昨年よりスピードアップしていることがわかる。
大きな緊張と小さな笑顔の先に
予選中から天候は回復し決勝直前には曇り時々晴れ、気温、路面温度共に13℃と少しだけ春らしい陽気も感じられる。#128はハーネ選手のドライブで24番グリッドに着いたが、脇阪選手の#127は予選中の接触に伴う整備をぎりぎりまで行ったためグリッドには着かずにピットロードからのピットスタート。定刻の12時にグリーンフラッグ、200台のマシンがそれぞれのエンジン音を響かせながら第1コーナーへ向かう。排気量やパワーが異なるマシンが混在する「VLN」では、スピードに応じて3つの集団にわかれてスタートする。#127は80台ほどの第1グループの後方からの追い上げとなったが、混雑するコース上を縫うような走行で5周目には24位までアップ、中継モニターにはライトをパッシングさせながら次々に前車をオーバーテイクする#127の雄姿が何度も映る。交代した木下選手は見る者を安心させる安定したドライビングで実戦データを記録し続ける。
予定の周回を終えて木下選手がピットイン、給油後、脇阪選手が勢いよくピットアウト。しかし、直後に緊急ピットイン、#127がガレージへ収められる。「トラブルか?」と取材陣や他のチーム関係者が覗き込む中、メカニックがサスペンションのダンパー交換を開始。実はトラブルではなくサスペンションのテストのためのピットインだった。35分間でダンパー交換、エアロパーツのセッティング、タイヤ交換を行ってコースイン。順位は130位前後まで大きく沈んだが、その後、「マシンのフィーリングが大幅に向上した。緊急ピットインの練習もうまくいった」と脇阪選手が語る通り順調なペースでテストを継続している。
一方の#128はハーネ選手が24位グリッドから周回毎に順位を上げ13位で大嶋選手にスイッチ、ニュル挑戦2回目とは思えない安定したペースで走行しチームスタッフに安堵の表情。チーム最年少22歳の大嶋選手はピットではにかむような笑顔を見せることが多いが、自身が参戦している国内トップカテゴリーとの環境の違いからか時折、少し不安げな面持ちになることもある。そんな時には、先輩の脇阪選手が走行前のアドバイスと称して「いいか、今日は5か所くらいコーナーが昨日とは違う方向に曲がっているぞ、慎重に行けよ」と緊張をほぐす。そんなさり気ない気遣いにニュルの怖さを誰よりも知る成瀬弘監督が遠巻きに微笑み、メカニックの肩の力も抜ける。「24時間レース」へ向けて少しずつチームの心が一つになっていく。
レース残り1時間前後のタイミングで#127は脇阪選手から木下選手へ、#128はクランバッハ選手からハーネ選手へ交代。最後の給油を行ってチェッカーを目指す。GAZOO RacingのLFAでのニュル挑戦は3年目になるが、「過酷なレースを通じての車両開発と人材育成」のコンセプトが示すようにレース専門のメカニックではなく社員がメカニックを務めている。さらに、チームには経験者と未経験者が混在する。2週間前の開幕戦で初めて実戦のピット作業を経験したメカニックは、そばで見ている者までもが手に汗を握ってしまうほどの緊張感を漂わせ、息が合わずに大声が飛び交うシーンも多々あった。練習はいくらでもできるが、やはりレース中の作業には特別な力が入るはず。もし自分が急にメカニックに起用されたらと想像してほしい。外したタイヤを受け取って運ぶ一見容易に思える作業であってもどれだけ緊張するかを。4時間レースの間に行われる通常のピット作業はわずかに3回。1回、1回が本戦へ向けての真剣勝負である。ミスなく安全に出来るだけ迅速に、ガッツポーツでマシンを送り出せる日まで緊迫したトレーニングは続く。
最後の1時間も2台のLFAはそれぞれのテストプログラムを順調にこなしている。終盤、細かいコーナーが連続するグランプリコースエリアで、ハーネ選手がドライブする#128が優勝候補の一角であるアウディR8のテールに張り付いて追いかけ回すシーンがモニターに映る。クラス優勝の常連から総合上位争いへの可能性を誰もが感じた瞬間、隣にいた取材陣の顔つきが変わったのを見逃さなかった。次第に有力チームからのマークもきつくなる、またひとつ新しい戦いが始まる。
午後4時、「24時間レース」4連覇中のマンタイ・レーシングのポルシェに2連覇のチェッカーフラッグ、2位にはアウディR8、3位には話題を集めているポルシェのハイブリッド仕様車が入った。GAZOO RacingのLFAは#127が総合105位/SP8クラス5位、#128が総合17位/SP8クラス1位でチェッカーをくぐった。ゴール直後、ドライバー2人の汗もひききらぬ内にチームミーティングが始まった。それぞれのドライバーが改善すべきポイントを熱く語っている。実戦テストを終えてアクセルを全開にした時、LFAは一体どれだけのパフォーマンスを見せてくれるのか、ステアリングを切り込み、ペダルを踏むドライバーとエンジニアの心の中にその答えがある。“その瞬間”をこの目で確かめる日が待ち遠しくてならない。