ニュルブルクリンクへの挑戦 2010
VLN3レポート

2014.03.18 ニュルブルクリンクへの挑戦2010

5月に行われる「ニュルブルクリンク24時間レース」前の最後の実戦テストとして、GAZOO Racingチームは「VLN(ニュル耐久選手権)」第3戦に挑んだ。世界の航空網をマヒさせたアイスランドの火山噴火の影響で出場は1台のみ、現地入りしたドライバーは2人、予想外の逆境の中で奮闘するGAZOO Racingチームをインサイドからレポート。

過熱気味のニュルブルクリンク

24時間レースの代名詞と言えば、長年、フランスの「ル・マン24時間」とされてきたが、ここ数年は「ニュルブルクリンク24時間」の方が話題に上ることが多くなってきた感がある。
ニュルブルクリンクは、世界中の自動車メーカーが走行性能開発の最終仕上げを行う世界屈指の難コース。ここで行われる過酷な耐久レースは、重要な開発の舞台であると同時に、モーターファンへの最大のアピールの場でもある。多くのドライバーが「サーキットと言うよりは、むしろ峠道のよう」と語る80年以上もの歴史を刻んだ“道”を意のままに駆け抜け、制したクルマには、誰しもが畏敬の念を抱く。

レース前日のパドックには、これまでの2戦をはるかに上回る熱気と緊張感が漂っていた。「VLN」の大きな特徴であるファミリーや友人同士による和気あいあいとしたチームに交じって、揃いのウエアをまとってきびきびとマシンを整備するプロフェッショナルなチームの姿が目立つ。4連覇中のポルシェ911、上位常連のアウディR8、メーカーチームの称号MのカラーリングをまとったBMW M3など、多くの有力チームが本戦制覇へ向けた実戦テストを目的にサーキット入りしている。
ベテランのドイツ人カメラマンをして「近年稀に見る過熱ぶり」と言わしめる独特のムードが感じられる。

ニュルマイスターが挑む

GAZOO Racingチームも、これまでお伝えしてきたように「24時間レース」へ向けた実戦テストを目的に今季の「VLN」過去2戦へ出場、LFAレース仕様車2010年型のセットアップと熟成、タイヤの選択、燃費などの戦略、新たに加入した2人のドライバーのコース習熟と参加資格の取得、そしてチームメカニックの訓練を行ってきた。ニュルへの挑戦は4年目、LFAでの参戦は3年目を迎えるが、他のメーカー系を含む有力チームが当然のようにプロのレーシングメカニックを起用する中、GAZOO Racingチームのメカニックは全て社員が担当している。時に成績の上で大きなビハインドになることもあるかも知れないが、「クルマを鍛え、人を鍛える」のコンセプトを貫く姿勢に対し、期待と共感のメッセージは年々増えている。そして、もちろん彼らも飛躍的に成長している。

GAZOO Racingチームは火山噴火の影響で、当初予定の2台から1台、ドライバー2名でレースに臨む決断を強いられた。日本人最多19回目の挑戦となる木下隆之選手、そして、チームを指揮する成瀬弘監督。40年以上に渡ってニュルブルクリンクを走行し数々の名車の開発を担当、GAZOO Racingチームの“レースを通じたクルマの味づくり”を率いる成瀬監督が自ら最終調整のステアリングを握ることとなった。予想外の逆境ながら、ニュルを知り尽くしたマイスターのタッグにチームスタッフの表情は決して暗くはない。

さあ、仕上げの時がきた

これまで2回の「VLN」を通じての実戦テストを振り返ると、まず「VLN1」には1台のLFA #127を3年目の飯田章選手、初挑戦の脇阪寿一選手と大嶋和也選手が駆って出場。レース中にもタイヤテストのためのピットインを繰り返すほか、新型マシンの各種セッティングを行いながら4時間を戦い、総合28位/クラス1位でゴールする順調な滑り出し。続く「VLN2」には日本でのシェイクダウンを終えた#128が加わり本戦同様の2台体制へ。木下選手と脇阪選手の#127は、レース中にサスペンション交換やエアロパーツのセッティングなどのテストを積極的に行いながら、総合105位/クラス5位でフィニッシュ。昨年に続いてLFAのステアリングを握るドイツのベテラン2人、アーミン・ハーネ選手とヨッヘン・クルンバッハ選手、そして大嶋和也選手がドライブした#128も初レースとは思えないトラブルとは無縁の快走で多数のテストプログラムをこなし、総合17位/クラス1位でチェッカーをくぐった。

土曜日8時30分、春らしさを感じる晴天の下で予選がスタート、197台のマシンが一斉にコースインしていく。コース上の数か所でトラブル車両がオイルをまき散らすニュルブルクリンクならではの難しいコンディションに加え、GAZOO RacingチームのLFAは火山噴火の影響で予定していたタイヤが間に合わず、路面温度にマッチしないタイヤでの走行となった。コーナーで横滑りしやすく、ブレーキングではABSが直ぐに効いてしまう状態だったが、ドライバーがうまくコントロール。エアロパーツの調整などのテストを行いながら、総合25位/クラス1位で予選を終えた。あくまでも参考値に過ぎないが、昨年まではタイムが均衡していた同じSP8クラスのコルベットC6やアストン・マーティンV12 を20秒以上も突き放すタイムは、ポテンシャルの向上を如実に表している。

前へ、そして上へ

決勝前の気温は22℃前後、10℃以下だった過去2レースとは違う春の陽気に半そで姿の観客も多い。「24時間レース」を目前にやや過熱気味の各チームのテンションと相まってサーキット中が熱気に包まれている。定刻の12時にレースがスタート、1400ccから6250ccまでの多種多様なクラスのマシン、10代から60代までのアマチュアもプロも思いを一つに第1コーナーへ進入していく。GAZOO Racingチームのスターティングドライバー木下選手は持ち味の安定したハイペースで序盤から前車を縫うように走行し5周目までに19位までポジションアップ、チーム無線からも調子の良さが伝わってくる。

約50分が経過したところでピットイン、給油後、成瀬監督にステアリングを託す。トヨタ総勢300名のテストドライバーの頂点に立つマスターテストドライバーとしてLFAの開発に初期段階からたずさわり、レースを通じた最終仕上げでも陣頭指揮を執ってきた成瀬監督は、まるで我が子の成長を確かめるかのように丁寧で、時にアグレッシブなドライビングで慣れ親しんだコースを踏みしめる。「雨が降っても霧が出ても、目を閉じても走れるよ」と笑う成瀬監督は、25キロものロングコースの各エリアの路面状況や大小の凹凸を把握、そこを通過する際の挙動でマシンのバランスが即座に判断できると言う。フェラーリをはじめとする世界のメーカーも一目を置く60代の現役ドライバーに取材陣のレンズが向けられる。2時間経過を前にピットイン、木下選手へ交代。マシンを降りた成瀬監督は直ぐさまタイヤの摩耗具合や各部をチェック、汗を拭う間も惜しむかのようにレーシングスーツを着たままチームスタッフに檄を飛ばす。“オヤジ”の背中を見つめるスタッフの口元が一層引きしまる。

スタートから約3時間半、木下選手がチェッカーへ向けて順調に走行している時、コース上で大きなクラッシュが発生、赤旗が掲示されレースが中断、そのままレース終了となった。中断前のポジションから、結果は総合28位/クラス2位。ピットに戻った木下選手は「予定外のこともあったが、マシンのバランスは良くトップスピードもまずまずだった。調子が上向いたままで本戦へ向かえる」と笑顔。成瀬監督は「走ったことで、また解消すべき課題も見つかった。本戦までに対策して万全の態勢で臨む」と実直なコメントで締めくくった。

ヨーロッパに拠点を置くライバルチームが予定通りの最終テストを行う中、GAZOO Racingチームは予期せぬ自然現象の影響で1台のみ、7名中2名のドライバー、フライト再開後にぎりぎりで駆けつけたメカニックたちが力を合わせて奮闘し、確かな成果と新たな課題を得た。5月の「24時間レース」を終えた時、ピットにはどんな表情、声が広がるのか。

間もなく、1年に渡るドラマの最終章の幕が上がる。