木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 128LAP

2014.09.09 コラム

モーターレーシングの理想を目指して…

まごうかたなきレーシングマシンである

 目線は地を這うがごときに低い。典型的な2ドアクーペの流線型スタイル。ドライバーの着座点はかなり前方だ。つまりこのマシンがミッドシップマウントであることを物語っている。

 特徴的なのは、やや丸みのあるボディシェルを纏っていることだ。スーパーカー然としたモデルの定番であるエッジは効いておらず、空力的な性能をアピールするための、これ見よがしの突起もない。そもそもこのマシンは、市販ベースモデルがない。スポーツカーマシンとしては異例に、レース専用に開発された、そう、生粋のピュアレーシングマシンなのだ。

 名前は小文字で「kuruma」。

  • やや丸みを帯びたボディは、独特の雰囲気を醸し出す。コストが跳ね上がる空力パーツは最小限に留められている。スリップストリームが効きやすいようにデザインされているともいう。
    やや丸みを帯びたボディは、独特の雰囲気を醸し出す。コストが跳ね上がる空力パーツは最小限に留められている。スリップストリームが効きやすいようにデザインされているともいう。
  • エンジンは4リッターのV6NA。340馬力を炸裂させる。爆音は華やかだが、トルク特性は穏やか。比較的低回転からトルクが溢れ出すので扱いやすい。4リッターで340馬力なので、耐久性も高そうだ。
    エンジンは4リッターのV6NA。340馬力を炸裂させる。爆音は華やかだが、トルク特性は穏やか。比較的低回転からトルクが溢れ出すので扱いやすい。4リッターで340馬力なので、耐久性も高そうだ。

レースの本質を目指して…

 モーターレーシングはマシンの戦いなのか、それとも操るドライバーの戦いなのか?

 「kuruma」だけで戦われるインタープロトシリーズ(IPS)は、その疑問に対する回答を探るような、実は意味深いコンセプトが源泉になっている。

 昨今の高度な自動車技術によって、モーターレーシングの勝敗を左右する影響度は「人」より「マシン」に傾いている。

マシン性能が劣っていたレース黎明期では、ドライバーのテクニックが勝敗の重要要素だった。たとえマシンが劣っていても、「腕」でカバーできた。だが最近は事情が変わる。人によっては9割がマシン性能だという。世界チャンピオンでも、劣るマシンにしかありつけなければ予選通過すら怪しくなる。腕の立つものが勝者だった時代から、腕よりも速いマシンに乗るものが勝者と呼ばれるようになったのである。

 それに対するアンチテーゼがインタープロトシリーズ(IPS)なのである。

勝負はドライビングスキルに…

 だから「kuruma」は、特殊なハイテクデバイスは装備されていない。

 カーボンモノコックとパイプフレームのハイブリッドシャシーには、340馬力までチューニングされたV型6気筒4リッターが搭載される。駆動方式はミッドシップ。ブレーキは巨大な6ポットが奢られ、18インチのヨコハマタイヤが組みつけられている。ミッションはレース用。変速はパドル式だ。こういって良ければ、あえて旧態依然としたスタイルである。

 ABSも装備されない。ミッションやタイヤやエンジンは、タイムを追求したものではなく、耐久性を重視。無尽蔵に金を注ぎ込む余地はない。コソコソとライバルを出し抜くためのチューニングは許されない。つまり、マシン性能を等しく保たれたままのレース展開が狙いだ。速いマシンを手に入れた者から、腕の立つものを勝利を導くための施策のひとつなのだ。

 こんなアイデアも盛り込まれている。

 インタープロトシリーズ(IPS)、ドライビングで禄を食むプロドライバーと、ジェントルマンドライバーといわれるアマチュアとがコンビを組むことが規則となっている。これは、ジェントルマンドライバーにとっては大きな魅力のようだ。つまり、同じマシンをプロドライバーと操り、手を取り合いながら勝利を目指す。これによって、マンツーマン・ドライビングスクール的なメリットを生むのだ。

 プロドライバーにとっては、働き場所が増えるという効果も期待できる。お互いがウインウインの関係になれるのである。

 実は、雇用の機会創出もインタープロトシリーズ(IPS)の裏のコンセプトである。マシン開発は富士スピードウェイ周辺のレーシングコンストラクターが手を貸した。レースともなればメインテナンスガレージにサポート依頼が集まる。件の事情によって、ドライバーも食い扶持が得られる。レース界活性化のスパイラルが可能なのだ。

  • モノコックはカーボン製。その前後はスペースフレーム構造。たとえクラッシュしても、比較的安価にリペアが可能だ。これもインタープロトシリーズ(IPS)の狙いのひとつ。
    モノコックはカーボン製。その前後はスペースフレーム構造。たとえクラッシュしても、比較的安価にリペアが可能だ。これもインタープロトシリーズ(IPS)の狙いのひとつ。
  • コクピットはまぎれもなくレーシングマシンの雰囲気に満たされている。座っただけで、興奮した。エンジンに火が入れられると、おもわず緊張した。
    コクピットはまぎれもなくレーシングマシンの雰囲気に満たされている。座っただけで、興奮した。エンジンに火が入れられると、おもわず緊張した。
  • ブレーキも本格的。大径ローターに、フロント6ポット、リア4ポットが奢られる。もちろん高価なカーボンなどではなくスチール製だ。ABSも装備されない。
    ブレーキも本格的。大径ローターに、フロント6ポット、リア4ポットが奢られる。もちろん高価なカーボンなどではなくスチール製だ。ABSも装備されない。
  • スリックタイヤはヨコハマのワンメイク。これも摩耗性とコントロール性に優れているという。あのカテゴリーの流用ではなく、インタープロトシリーズ(IPS)専用設計。
    スリックタイヤはヨコハマのワンメイク。これも摩耗性とコントロール性に優れているという。あのカテゴリーの流用ではなく、インタープロトシリーズ(IPS)専用設計。

ドライビングは簡単ではない

 もっとも、このマシンがアマチュアドライバーにとって、優しいマシンかと言えば答えは否である。富士スピードウェイで走った感触からすれば、結構手強いといえなくもない。

 コクピットへは、跳ね上げ式のドアから体を不自然にねじ曲げながら乗り込む形になるし、いざドアが閉められれば、レーシングマシン独特の閉塞感に包まれる。両足は前方にまっすぐに投げ出したままの姿勢だし、両腕もまっすぐだ。レーシングカー初体験の人は、まずその空間に慣れるのが先決だろう。

 エンジンパワーは驚くほどではないものの、マシンが軽いこともあって、思いのほかスルスルと車速を高めていく。爆音も鼓膜をつんざく。ABSがないから不用意なブレーキングは御法度だ。けして安易な気持ちで乗りこなせる代物ではないのだ。

 もっともそれは、インタープロトシリーズ(IPS)を否定するものではない。せっかくのピュアレーシングマシンなのである。それなりに非日常性がなければ物足りないはずだ。少々手強いぐらいがチャレンジしがいがある。簡単にマシン性能を引き出せるはずもなく、だが、徹底したトレーニングを積めば頂きが見える、といった攻撃的レベルにあるのだ。

モーターレーシングはマシンの戦いなのか、それとも操るドライバーの戦いなのか?

 この命題は簡単に答えが得られるものではない。だが、ひとりのドライバーとしてやはり、モーターレーシングはドライバーが主役になってこそ成立するものだと思っている。

 インタープロトシリーズ(IPS)の浮沈がそれを証明する。

  • このマシンが数十台集まれば、迫力満点のレースになるはずだ。単独で乗っていても楽しい。度胸一発が求められるほど過激ではないが、正しいドライビングが求められる。
    このマシンが数十台集まれば、迫力満点のレースになるはずだ。単独で乗っていても楽しい。度胸一発が求められるほど過激ではないが、正しいドライビングが求められる。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

インタープロトシリーズ(IPS)に試乗したのは、スーパー耐久第3戦富士の前日。SPOONが走らせているリジカラマシンでの体験である。レースに出てみたいね。こういったピュアマシンで遊ぶって、レーシングドライバー冥利に尽きます。スーパー耐久の成績? 19台ごぼう抜きでした!

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

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