気持ちがひとつになりつつある…
新年恒例の行事ではあるけれど…
今年もこの場にいられることを感謝したい。心の底から沸き上がる喜びを噛み締めながら、本当にそう思った。トヨタのモータースポーツ活動発表会のことである。
世間的には華やかに映るかもしれないレーシングドライバーも、実は因果な立場である。たとえ自分が望んだとしても、そのチームとともに戦えるとは限らない。カードはチームの手のなかにある。雇う側と雇われる側。自分が必要だと認められれば、戦うチャンスを手にすることができる。そうでなければ、契約選考から漏れるだけだ。極めて冷徹な世界なのだ。
しかも、一部の例外を除けば、契約は一年ごとに行われる。遠い将来の保証などなにもなく、そればかりか翌年の契約を毎年探すという日々の繰り返し。それゆえに、こうしてチームと契約更新がなされた時の気持ちは,何にも優る。感謝の気持ちが芽生えるのはそんな理由なのだ。
真新しいチームウェアが支給され、参戦発表会の壇上に立てる喜びはこのうえない。木下はもう何年もレースをしているから、こういった場は初めてではないし、こんな気持ちになった経験は数限りない。だが、けして慣れることはない。毎年新鮮に気持ちで、今年も戦えることの喜びに浸りながらも同時に責任の重さを実感するのだ。それを心地良い緊張感と思えるうちは、僕もまだまだ現役でいられるのだと思った。
冷徹な椅子取りゲーム
ドライバー選定はチーム側にとってもけして気持ちのいいものではないだろう。プロジェクトによって、あるいはチーム側の資金的要件によって、シートの数は決められてしまう。その数限りあるシートにどのドライバーを座らせるかは、大きな悩みの種だと思う。
無尽蔵にシートがあるのならば、チーム側もさぞかし楽なことだと思う。ただしそうはいかない。
ドライバー市場は新陳代謝が激しいから、誰かが加われば、誰かが席を譲るしかない。極めて殺伐とした「椅子取りゲーム」の様相を呈してもいるのである。
あえてドライバー目線でいえば、契約そのものはチーム評価の具体化でもある。その前年、必要とされる仕事をしたことの証でもあり、それを見てくれていたことが契約そのもの。身を削ってチームへ貢献したドライバーと、チームがその貢献を認めてくれた時に初めて両者は固く握手をすることになる。
ただし、基本的には単年契約であり、数年先を考えながらの仕事ぶりを理解してくれるかどうかが悩みどころ。レーシングドライバーである以上、まずは速く走れることが第一の条件だろうが、それをクリアした上で、どれだけチームに、どういう形でチームへ貢献したかが鍵を握る。
あえて黒子になっていいのか。我こそはとばかりに、ガツガツとしていていいのか。いや、そうでなければチームに必要とされないこともある。チームの洞察力と自らの戦うスタイルが噛み合った場合にのみ契約は続行される。そこがきわめて困難であり、因果なのである。
契約金を含めた待遇に不満を抱えていたり、そもそもチームが掲げたプロジェクトに納得できず自ら席を立つのであれば問題はない。自らが望む道を歩めばいい。それはそれで幸せである。だが、ドライバーが熱くラブコールをしていながらも、チームの気持ちが離れていくケースも少なくない。
まあ、自らが正しいと判断する仕事をしっかりと遂行し、あとは神の見えざる手に任せるしかない。それでも縁がなければ離別するわけだし、気持ちがひとつになれば相愛となるだけだ。誠実にいることがすべてだと思う。僕はそう思っている。
すべては仲間なのだ
今年、GAZOO Racingがニュルブルクリンク24時間に投入するマシンは2台になった。昨年までは3台。つまり、1台分のシートが減った。新たに加わったドライバーもいる。つまりその一方で契約更新とならなかったドライバーがいる。
ただし、これまで同じ釜の飯を食ってきたドライバーも、けして袂を分かったわけではない。壇上に立った豊田章男社長の言葉がそれを語っていた。
「残念なことにこの場にいないドライバーもいます。だけれど、彼らはこれからも仲間です。彼らが力を注いでくれたからこそ、いまのトヨタのモータースポーツ活動があるのです」
言葉の詳細は忘れてしまったが、そんな感謝の言葉を述べた。
契約が切れればもはや別の人だとする冷徹なモータースポーツ界にあって、感動的なスピーチだった。最後には、発表会場に集まってくれたマスコミや関係者に向かって、深々と頭を下げた。近年稀に見る,感謝の気持ちにあふれた発表会だったと思う。
とびきりの感動を…
実はこの場が、新たにチームと構成するドライバーとの初の顔合わせとなった。ニュルブルクリンク24時間に挑むことが許された僕は、この日初めてマシンを見て、初めてメンバーと会話を交わした。これから本番までの数ヶ月、かれらとの良好なコミュニケーション構築を心掛ける必要がある。
僕は今のこの気持ちを大切に、2015年のニュルブルクリンク24時間耐久レースに挑むつもりだ。最初の挑戦が1991年だから、それ以来25年間ニュルのあのコースを見つめてきた。これまで数戦のお休みがあるものの、日本人としておそらく最多出場ドライバーということになるだろう。そんな長いキャリアのなかで、今年はまた特別なレースになるのだと思う。
この発表会に優るとも劣らない感動を皆様に届けるために、いまから、心躍らせているのだ。応援よろしく!
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」