悔しくて悔しくて、嬉しくて……!
2015年のニュルブルクリンク24時間を終えていま、7日という時間が経ちつつある。
我々が投入した2台のマシンはそろって完走を果たした。LFA Code Xはクラス優勝に輝き、僕が乗るRCは4位に留まった。歓喜にむせぶ者もいれば、悔しさで俯いたままの者もいた。それぞれの思いは異なった。あの複雑なレース後の空気に触れてから1週間が経ったのだ。
僕の気持ちも、まだまだどうしていいのか迷いながら、複雑なままでいる。
レース後の数日、レースの余韻に浸ろうとしばらくヨーロッパに留まった。具体的な予定を立てておらず、気ままにまず向かったのは近郊のベルギー・ブリュッセル。季節外れだったけれど、とりあえずお約束のムール貝をバケツごと喰らって、ちょっとは落ち着くことができた。だけどやっぱりまだ体は火照っていて、ただ2泊しただけでノルドシュライフェに戻ってしまった。一般走行に混じって、もう一度コースを検証。走りの反省をしてきたのだからどうかしているよね。
帰国してようやく、ちょっとは落ち着いてきたのかなぁ、という気分なのである。
今年のニュルは僕に何を残したのだろうか?
僕はチームに何を残したのだろうか?
危険と隣り合わせのコースを臆することなく攻めることができたのは収穫だった。LFA Code Xよりは絶対的な速度が低い。それゆえに、単独での走行に関していえば、危険度は低い。だが、RCとてそれなりのSPEED域に足を踏み入れる。そんな場面でも躊躇せずにアクセルペダルを床まで踏み込んでいられたのは自信になった。まだまだ闘争心は衰えていない。
良好なタイムを刻むこともできていた。手前味噌かもしれないが、安定もしていた。
一方で、まだまだニュルブルクリンクのコースを知り尽くしていないことを突き付けられてもいる。レース後のパブリック走行を利用して、レーシングスピードでは見過ごしてしまいそうなコースの特性を、新たに発見した。ギャップ、カント、サーフェスなど、無闇に飛ばしている時には感じとれなかった変化をみつけた。新しい発見がひとつあるということは、まだ知らないことがあるかもしれないことを意味する。
ライバルたちは、ダートを利用して走る。日本のチームは、ダートに飛び出すなと言う。雑草に覆い尽くされたコースオフエリアは、彼らにとってはオンコース。草に隠された路面など、遥か極東からやってくるドライバーには確認する機会もない「路面」である。そんなコースを確認できたこともまた、収穫なのだ。
僕のチームは、いいチームになれたのだろうか。スタッフのこころはひとつになれたのだろうか。あらゆる努力をしたつもりなのだが、これで心がひとつになれたなどと軽々しく言うつもりもない。そんな甘い世界でもないのだ。
そして最後には、拳を握りしめ、歯ぎしりしたくなるような悔しさを感じたことが収穫に思えた。参戦の本来の目的は、勝利することではないと認識はしている。だけど、勝てなかった。表彰台も逃した。
「完走おめでとう」
その言葉は、なんの慰めにもならなかった。
僕はこう思っている。
勝利至上主義ではないことは重々承知しているつもりだが、やはりレースに参戦する以上、当面の勝利に向かってがむしゃらに突き進むことが、勝利以上の何かを生むと考えているからである。
体育会の目的は、勝利するために貪欲に突き進むことである。その結果、人生経験を学び友情が芽生える。本来の目的が精神を鍛えることであり、人生経験を積むことであっても、まずはわかりやすい目的である勝敗にこだわることでそれらが得られると思っている。
だから、とても悔しかった。悔しくて悔しくて、いまだに悔しいのだ。
ひとつ確信したことは、まだまだ僕はレーシングドライバーとして難攻不落なニュルブルクリンクを攻める資格があるということだ。
「僕だけにしかできない一周があるはずだ」
そう思えるからである。
それを確認できたことが、負けた僕に残った最大にして唯一の収穫だろう。
この短期企画「木下コラム・ニュルブルクリンク スペシャルVer.」は、今回で筆を置くことにする。これまで目を通してくださった方々に、お礼をいいます。ただただ酔いに任せて綴ってきたつたない文章にお付き合いしてくださり、とても感謝しています。
来年のこの時期にまたお会いしましょうね。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」