イエローキャブが世代交代?
王者クラウン・ヴィクトリア様君臨
ニューヨークの街中で圧倒的な存在感を誇るのは、流しのイエローキャブだ。日々収まることのない大渋滞の都市なのだが、市民の足としても観光客の移動手段としても欠かせないのがこれ。ホテルのエントランスはもちろんのこと、ヒョイッと手を挙げれば路上だって停まってくれる。
圧倒的なシェアを誇るのが「クラウン・ヴィクトリア」だ。日本でいえばクラウンかセドグロ的存在で、イエローキャブといえばヴィクトリア。前後にやたら長い典型的な3ボックスセダンの形をしている。トランクもやたらに広いから、空港からホテルまでといった観光客にはありがたい。巨大なスーツケースを抱えていたって、たいがい積み込めるから苦労することはないのだ。
しかも、けして高価な乗用車ではない。燃費はおしてしるべしだろうが、多少ぶつかったって頑丈なよう。パトカーもヴィクトリア率が高いってことは、カーチェイスにも適しているのかもね。扱いが荒いタクシー需要を満たすには最適なクルマだと思えた。伝統的にヴィクトリアがイエローキャブの代名詞として君臨してきたのには、そんな理由がありそうなのだ。
でもね、やっぱりどこかアメリカ的なのよ…
ただし、けして乗りやすいわけではない。こんなに大柄なボディなのに、室内はけして広くはない。シートは分厚いソファーのようで、スペース効率が悪いからだ。
そもそもニューヨークのタクシーは、犯罪都市を象徴するかのように前席と後席が防弾の役目をするであろう遮蔽版で仕切られている。閉塞感はハンパないのである。
荒れた路面に行くと、激しく上下動するし、サスペンションあたりからキコキコと異音がすることも少なくない。まっさらの新車に乗ったことがないし、異音や振動はクルマそのものの欠陥ではなく、タクシー会社の管理の問題かもしれないけれど、とにかくお世辞にも乗り心地がいいとはいえないのだ。
もちろん、日本のタクシーのように清掃が行き届いているわけもない。イエローキャブが日本人女性蔑視の隠語だったバブル期の面影はないものの、個人的にはあまり好きにはなれないクルマなのだ。
時代は日本車なのか?
その立場を脅かしているのがトヨタ・カムリである。イエローキャブ=クラウン・ヴィクトリアではなく、その地位を奪っているのが日本のカムリ。もともと自家用車としても圧倒的な人気を誇っている。さらにタクシー需要も旺盛のようで、このところ頻繁に目にするのがカムリなのである。
ヴィクトリアより車格はコンパクトなのに、室内スペースで見劣りすることはない。故障知らずであるし、乗り心地もいい。となれば人気になるのも道理だ。プリウスも含めてニューヨークタクシーはトヨタ車に衣替えされる勢いなのだ。
ちょっと待った~!
そこに待ったをかけようとしているのが日産である。セレナを前後にちょっとだけ短くしたミニバンNV200をタクシー仕様に衣替えしてイエローキャブとしてデビューをさせたのが数年前。ニューヨーク市との契約も取付けた。伝統的に大柄セダンが続いてきたイエローキャブが、ミニバンに姿を変えようとしているのである。
さらに深く事情説明すると、ニューヨーク市が「NV200」のタクシー導入を認可したのが2011年のこと。だが認可は日産の独占契約だった。それを一部のタクシー団体が反対し裁判に。それに対して、最高裁判所が合法との判決を下したのだ。よって、晴れてNV200はニューヨーカーの足としての独占的地位が確定したのである。
その流れは、日本にも伝播した。先日のこと、東京タワーでNV200タクシーの出発式が華やかに開催された。日産がタクシー用に仕立てた専用車を、日本国内のタクシー会社にデリバリーすることが決定。今後タクシーの代名詞はNV200となるように、華々しく狼煙を上げたのである。
NV200タクシー仕様の特徴は、乗り降りがスムースなようにオートスライドドアを装備。段差を軽減するステップもスライドする。パノラマルーフもオプション装備。頭上を見上げての観光も楽しいだろう。乗り心地を優先にサスペンションも改良しているという。
そもそも座面が高いから、見晴らしがいいし、閉塞感もない。荷物はたくさん積める。いくらヴィクトリアのトランクが広いといっても、しょせんはセダンである。縦に積んで、それでも足りなければ重ね積みだって可能なミニバンにかなうわけもない。
観光立国化の流れにのって…
政府は、日本の観光資源を経済活性化のひとつにしようとしている。安定的な円安の助けもあって、外国人観光客の急増が日々新聞の話題になっている。東京を闊歩していて思うのは、つくづく外国人が増えたなぁってこと。しかも2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが控えている。さらに急増することはたしかなのである。
となれば、この手のミニバン系タクシーに対する期待は高くなる。羽田や成田の空港から大きな荷物を抱えてやってくる外国人にとっては、こんなに便利なタクシーはないのである。そもそも西洋人はがたいがデカい。タッパもあるから、ミニバンでなければ窮屈そうだ。
日本国内に目を移したって、北陸新幹線効果をはじめとして観光業が盛んだ。世界各地からだけでなく、日本全国で民族移動が始まるわけ。ならばタクシーがもたらす役割は大きいに違いないのである。
デメリットもあるぞ…
とまあ、いいことずくめのミニバンタクシーが、これまで普及してこなかったのには理由がある。国内最大手の日本交通社長はこう言って事情を説明してくれた。
「ミニバンがくると、その威圧感から呼び止めてくれる人が少ないんですよ」
なかには基本料金に差があるのではと勘違いをしている人もいるのかもしれない。料金体系は同じなのに、ひとりで乗る時には、なんだが不経済に感じる場面もある。
「という理由で乗車率が低い、売り上げが下がる。運転手さんも乗りたがらないんです」
とてもわかりやすい道理である。
まあ、そんな偏見や誤解も、普及が進めば解消されるだろう。乗ってみればわかる。長距離移動でもないのなら、狭いより広い方がいいことは考えるまでもない。同じ料金だったら、小さなセダンよりミニバンを呼び止めたくなる。
かつて英国に行ったとき、ロンドンタクシーの使い勝手の良さに驚いたことがある。運転手の質の高さにも感心したのだが、やはりあの、ずんぐりとした形が便利このうえなかった。室内も頭上が広いから乗り降りがしやすいし、足が伸ばせる。トランクケースを室内に積むことも可能だった。車椅子も許容する。こんな便利なタクシーはないぞ、と思ったものだ。
ということは、NV200版イエローキャブ、今後普及すること必至である。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
-
1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」