木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 155LAP

2015.08.11 コラム

完全に、ファンになってしまうのである…

それは巨大な建築芸術品

 それは地球に舞い降りた巨大な宇宙船のように、強烈な存在感を放っていた。そのうねるような固まり感や、メタリックのあしらい方から、あきらかに一流のデザイナーの筆による作品であることが伝わってくる。パカッと扉が開いて、ぬめっとした宇宙人が降り立っても不思議ではないような異質感なのである。

 マドリードの中心街にそれはそびえている。雑誌フォーブスが、3年連続で世界一の資産価値があるスポーツ機関だとしたレアル・マドリードの本拠地。「サンティアゴ・ベルナベウ」スタジアムがそれである。

 仕事でマドリードを訪れた5月、オフの時間を利用して見学してきた。世界の多くのサーキットに触れてきたひとりのプレーヤーとして、学ぶところもたくさんあったのだ。

  • 「サンティアゴ・ベルナベウ」スタジアムの模型だ。これがマドリードのど真中にある。
    「サンティアゴ・ベルナベウ」スタジアムの模型だ。これがマドリードのど真中にある。
  • ゴール裏の2階席最前列から。
    ゴール裏の2階席最前列から。

常に世界一が宿命づけられている

 レアル・マドリードの名は、熱狂的なサッカーファンでなくとも耳にしたことがあるに違いない。チャンピオンズリーグ優勝10回、UEFAカップ(現UEFAヨーロッパリーグ)優勝2回、スペインのサッカーリーグである「リーガ・エスパニョーラ」では32回もチャンピオンに輝いている。

 設立は1902年というから、すでに114年の歴史がある。その間のほとんどをトップチームとして活躍してきたのだ。僕はサッカープレーヤーではないけれど、レアルが凄い球団であることはもちろん知っている。スペインリーグの雄であるだけでなく、世界のトップチームなのだ。バスケットチームも抱えていたことは知らなかったけれど…(汗)。

とにかく所属プレーヤーが豪華絢爛だ

 耳馴染みのあるところでは、1996年からロベカルことブラジル代表のロベルト・カルロスが、2009年から同じくブラジルのクリスチアーノ・ロナウドが在籍していた。2003年からはデイビッド・ベッカムがここで活躍したし、2001年から6年間籍を置いていたフランス代表のジネディーヌ・ジダンはレアル・マドリードのレジェンドとして君臨している。

 先日発売された新型トヨタ・シエンタのキャラクターに起用されたハメス・ロドリゲスも、現役レアルの契約プレーヤーだ。彼はコロンビア代表でもある。実力はもちろんのこと、驚くほどの人気を誇る世界のスタープレーヤーが在籍しているのである。

 現役最高峰は、なんといってもポルトガル代表のクリスチアーノ・ロナウドであろう。とにもかくにもスターがゾロゾロと揃っているのだ。

 もしワールドカップにレアル・マドリードの参戦が許されたのならば、優勝するに違いないとも囁かれることがある。各国のエース級代表選手をかき集めているのだから、それも納得する。代表チームよりも粒が揃っているのだ。

  • ハメス・ロドリゲス。新型トヨタ・シエンタのキャラクターに起用された。
    ハメス・ロドリゲス。新型トヨタ・シエンタのキャラクターに起用された。
  • 「2014バロンドール(金の玉)」はヨーロッパの最優秀選手に贈られる。
    「2014バロンドール(金の玉)」はヨーロッパの最優秀選手に贈られる。

総資産、世界一

 フォーブスが最高の資産価値を認めたことでもわかるように、資金的な余裕がある。最大のライバルであるバルセロナを下すためにロナウドを招集したときの移籍金は138億円だというのだから、腰を抜かすほどのキャッシュフローがある。

 F・アロンソの契約金が49億円だと噂されているから金額の多寡ではレースも負けていないけれど、ドライバーふたり雇えばチームとして戦えるのがF1。レアルは最低でも11名が必要だ。

 アロンソとバトンとベッテルとライコネンと、それからニコとハミルトンとリカルドと、さらにはマッサとクビアトを集めても9名。マーク・ウェバーと小林可夢偉をひっぱりだしてきて、それぞれに複数億円の契約金を支払って戦っているようなものだ。ベースボールも最低でも9名が必要だから、そっちもそっちで裕福には違いないけれど、なかなかの金持ちチームなのである。

健全経営でもある

 ただし、どこかの資産家の道楽で終らせないのがレアル・マドリードの感心するところだ。

 ロナウドも当然、目が眩むような契約金で引き抜いたのだが、入団会見の日のマドリード市内だけでユニフォームが120万枚を売り上げたという。高額な契約金をすぐさま回収してしまったという逸話も残るほど経営センスがある。闇雲に札束をばらまいているわけではなく、正しい経済観念を伴ってチーム運営をしているのだ。

 再びフォーブスの発表を紹介すると、2位のダラス・カウボーイズ(アメフト)とニューヨーク・ヤンキース(ベスボール)を抑えたわけで、ダントツの裕福チームなのである。その資産価値は32億6000万ドル。日本円にすると4075億円に達するのだ。どこかのパトロンにすがって経営しているのではなく、地に足をつけて稼いだ数字だ。ならば、マドリード市内の一等地に巨大なスタジアムを抱えるのも納得がいくのである。

世界一のサッカースタジアム?

 これだけの名声があり、驚くほどの金が動くわけだから、スタジアムの充実度も見事である。

 プレーを観戦しながらフルコースディナーを味わえる高級レストランも付帯されているし、ピットサイドには、純白のコルビジェが並べられたVIPスペースがある。サイドラインまで超至近距離。ベンチに控える選手とほぼ同じプレーヤー目線で観戦できるのだ。

 サーキットにたとえて言うならば、1コーナーのエスケープゾーンにコルビジェを並べたようなものだ。そこでワインを傾けながら、至近距離のバトルを楽しんでいるようなのと等しい。それならたしかにドライバーの目線でレースが観戦できる。競技の性格上、サーキットでそれをするには新たなブレークスルーが必要だが、なにかいい手だてがないものかと眠れぬ夜を過ごしてしまった。

順路を進むに従って…

 試合が行われていない時間帯には、スタジアム見学ができるのも魅力だった。

 順路を辿って説明すると、まずは最上階に駆け上がって俯瞰でスタジアム全景に圧倒されるところから始まる。野球場もサッカー場も観戦したのは初めてではないけれど、戦う場所だけが秘めるオーラにまずやられるのである。

 続いて、チームの歴史を辿る博物館。これが本当に細部まで見事にしつらえられていて、1902年の設立から現在までの戦績がクロニクルに展示されているのだ。戦跡を物語るやつれたユニフォームや履き心地の悪そうな年代物のスパイクを眺めると、往時の選手の大変さがわかる。

 数々のトロフィー、スター選手のユニフォーム…。じっくり観ていたら半日あっても時間が足りなそうだった。

 日本のサーキットで唯一、博物館を付帯しているのはツインリンクもてぎである。今後、機会があったら紹介しようと思っているのだが、サーキットを駆け抜けた歴代のレーシングバイクやレーシングカーが展示されていて、マニアの視線を集めている。レストアの施設も公開されていて、かなりの充実度だ。

 ただし、マシンを中心とした展示のイメージが強すぎて、ヒューマンな息吹が薄いのは残念。サンティアゴ・ベルナベウの博物館は、サッカーという性格もあって、人に焦点が当てられていることは心に響いたぞ。

  • 大観衆のなかでのプレーは興奮するだろうなぁ。
    大観衆のなかでのプレーは興奮するだろうなぁ。
  • 大会関係者席からの眺め。
    大会関係者席からの眺め。
  • FIFAクラブ世界一のトロフィーは特別な場所に展示されていた。
    FIFAクラブ世界一のトロフィーは特別な場所に展示されていた。
  • こんな形のトロフィーもあるんだね。スペイン艦隊?
    こんな形のトロフィーもあるんだね。スペイン艦隊?
  • シューズのトロフィーも精巧に作られている。
    シューズのトロフィーも精巧に作られている。
  • 記念すべき勝利のメモリーなのだろう。
    記念すべき勝利のメモリーなのだろう。
  • トロフィーのデザインも、いちいち芸術的だ。
    トロフィーのデザインも、いちいち芸術的だ。
  • 博物館にはこうして百を越えるトロフィーが大切に展示されている。
    博物館にはこうして百を越えるトロフィーが大切に展示されている。
  • かざすのもひと苦労の重量感なのだろう。
    かざすのもひと苦労の重量感なのだろう。
  • 現役レギュラー選手のユニフォーム。選手に対するリスペクトが羨ましい。
    現役レギュラー選手のユニフォーム。選手に対するリスペクトが羨ましい。

あの選手がここで…?

 特に響いたのは、実際に選手が使用しているロッカールームに踏み入れられることだ。あのロナウドのロッカーも、そこにある。彼はここで、裸になって着替え、試合に向けてコンセントレーションを高めるのだ。

 脇にはシャワーブースやジャグジーがある。実際に彼らがここで汗を流しているのかと思うと、身震いがした。

 残念ながら世界各国転戦型のレースでは、ロッカールームが常設されているのは稀。それも個人経営のプライベート系サーキットにその傾向が強い。不思議なことに、格式の高いレースが開催される本格的なサーキットこそ、シャワールームがないのだ。

 レアルが羨ましいかぎりだ。

 さらに感動したのは、ロッカールームで準備を整えた選手がピッチに向かう通路を、選手と同じ動線で歩けることである。やや暗いトンネルをくぐる。その先には、大観衆の視線と大歓声が鳴り渡る眩いばかりのピッチがあるわけで、選手でもないのに歩みに従って心臓の鼓動が速くなった。プレーヤーの興奮はこの瞬間に高まり、戦闘モードに突入するのだろうと思った。

 トンネルから顔を出したそこは、ベンチ脇だ。実際にベンチにも座れる。もしかしたら、ロナウドやベッカムが座ったかもしれないそこに、僕の尻も触れたのだ。そして視線をあげると、大観客席に包まれていることに気づく。

 そう、そんな疑似プレーヤー体験をさせてくれるあたりにアイデアの仕込みの上手さを感じるのだ。ただ展示するのとは本質が異なる。勝手に観て、ではなく、心で感じて…なのである。

 最近は日本のサーキットもアイデアが豊富なようで、コース上にも入れるし、表彰台での記念撮影などを開放している。とてもいいことだと思う。ただし、もう一歩何かが足りない。そんなアイデアを山ほど蓄えてきたから、今後どこかで紹介しようかなぁ~。

 そんなだから、もちろん記者会見場の着席も可能だ。この席には確実に、ジダンが座ったはずであり、ジダンの目線になれるのである。マスコミのカメラがないのが大きな違いではあるけれど…。

  • 選手専用のロッカールーム。レギュラー選手へのモチベーションが高まるに違いない。
    選手専用のロッカールーム。レギュラー選手へのモチベーションが高まるに違いない。
  • ここでロナウドが着替えてピッチに向かう。
    ここでロナウドが着替えてピッチに向かう。
  • ベンチシートにはアウディのロゴが記されていた。スポンサーなのだろう。
    ベンチシートにはアウディのロゴが記されていた。スポンサーなのだろう。
  • 記者会見席で気取ってみたけれど…。
    記者会見席で気取ってみたけれど…。

最後はお約束の…

 最後は、オフィシャルショップを強制的に通過させて、完全に洗脳された僕の財布を緩める。着ていく場所もないのに、ユニフォームを買ってしまった。

 さすがに、ロナウドの契約金を120万枚のユニフォーム売り上げで回収しただけあって、マーチャンダイズに手抜かりはない。

 そもそも、木下は完全にレアル・マドリードに洗脳されてしまったわけで、僕が買った1枚のユニフォームも数百ユーロ以上の価値を生むのだ。

 いやはや、世界一のクラブチームが抱えるスタジアムに触れて勉強になることしきり。今後ここで学んだアイデアを、日本のサーキットにフィードバックしたいと願う。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

夏本番である。だから海。というわけで海釣り。釣果を積んだまま海岸線を軽トラで爆走する。漁師になったみたいでとっても気持ちがいい。海には軽トラが似合う。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

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