スペシャル
レーシングドライバー木下隆之の
ニュルブルクリンクスペシャルコラム
蒲生尚弥の速さにも疑いはない。トヨタ育成スクールで教育を受け、最強トムスからF3に参戦して勝ちまくった。一頃、スピンと背中合わせだった攻撃的なドライビングも影を潜め、抜群の安定感が加わった。
この難攻不落のニュルブルクリンクでも、ミスらしいミスをすることはない。松井と蒲生のどちらかに予選アタックを担当させればいいのかと、頭を悩ませているのだ。それとも僕が行くか?
そして、得体の知れない不思議ちゃんキャラである。チーム最年少であるにもかかわらず、誰よりもどっしりと落ち着いている。我関せずを貫き、この生き馬の目を抜く殺伐としたこの世界にいながら媚びることが一切ないのである。
日和見レーサーが多い中、異色の存在なのだ。
「少しは俺に媚びろよ(笑)」
すると彼はこう応える。
「あっ、はあ、じゃあ媚びます!」
唯我独尊、影で画策したり、コネを活用するのが現代モータースポーツ界の処世術でもある。だが性格的に裏がない。純粋無垢といえば聞こえがいい。ひたすら速く走ることだけが彼の興味の対象なのだ。裏がないから最大限にサポートしてあげたくなる。ベテランの親心をくすぐるのである。
唯一裏があるとすれば、一般的には寡黙とされているのは表の顔である。オフでは常に陽気で笑いに飢えている。ひとたびヘルメットを脱げば、しょうもないナンセンスな話題をぶつけ合って笑い転げている。
レース前は禁酒を貫く。だが、レース後には酒豪に変身する。そして陽気なガモウちゃんに戻って笑い転げている。そして酒量がある一線を越えると記憶が失われる。いきなりため口になったらそれが限界のサインである。
数年前に、彼がGAZOOメンバーに加わったとき、わざわざ挨拶の電話連絡がきた。
「あの~、蒲生です」
「あっ、蒲生君ね。今度チームに加わったんだってね」
「はい」
「…」
「…」
「で、なに?」
「いや、挨拶しとけって言われたから電話しました…」
「嫌々なの?」
「そうじゃないんですけど、言われたから…」
「いや、僕はそんなこと気にしないから、わざわざ電話くれなくてもいいよ」
「あっ、そうですか。では失礼します…」
ガチャ。
プープープー…。
なかなか正直者なのだと、僕は鳴り続ける不通話音を耳にしながら笑った。
こんなこともあった。
僕は数年前から、GAZOO Racingドライバーとの濃密なコミュニケーションをとるためにLINEでグループを作っている。そこで密に連絡を取り、悩みや相談や、チームへの不満などをブッチャケようとしているわけだ。それによって心ひとつになればと考えているからだ。
コメントは、春先から徐々に増えていく。ニュルブルクリンク24時間でそれはピークに達する。だがそれで終わりではなく、日頃も継続している。ニュルが終わってからも、イベントや食事会等の公式行事が続くからだ。TOYOTA GAZOO Racingファミリーとしての絆である。
なのに事件は起った。
2015年のニュルブルクリンク24時間が終わった。全チームが完走を果たし、レース翌日にそれぞれがこのうえない満足感に浸っていた。
その時である。
LINEの画面を見て僕は我が目を疑った。
「蒲生尚弥が退会しました!」
ドライなのも蒲生の魅力である。
媚びることが一切ない。それは僕にだって、影山兄ぃにだって、それこそ豊田章男社長にだって、手揉みする素振りがないのだ。だが愛されているのは、彼には裏がないからだろう。そう、彼には表しかないのである。
この2人と僕は今年LEXUS RCを走らせる。セッティングの好みは似ていそうだし、3人ともどんなマシンでも乗りこなす。器用である。速さもある。僕は彼らを今年、自由に走らせたあげようと思っている。絶大な信頼は…(まだないけれど…)、彼らの若いパワーを100%引き出してあげることが僕の課せられた役割だと思っているからだ。
裏も表もない彼らだからこそ、僕は裏も表もなく経験を伝授させる気になっている。ニュルブルクリンク24時間レース後に、3人で抱き合いながら涙を流せることを期待している。その直後のLINEが、いまから怖くてしかたがないけれど…。
松井選手、蒲生選手の「木下隆之評」
松井 孝允
1987年広島県生まれ。
2006年のレースデビュー後、FCJ、F4などの参戦を経て2016年はスーパーGT300クラス、スーパー耐久に参戦中。
ニュルブルクリンク24時間レースは2015年から2年目の挑戦となる。
木下さんは自撮り棒で写真を撮るのが上手いです。
そして…
家には50メートル級のプールがあると噂では聞いています!!!
めちゃくちゃいってみたいです(笑)
そんな明るく楽しいセレブな木下さんですが、ドライバーみんなのアニキでチームをしっかりまとめてくれています。
ニュルブルクリンクの経験も豊富なので、レース時は的確な判断をしてくれていつも助かっています。
蒲生 尚弥
1989年岡山県生まれ。
2008年FCJでレースデビュー。
2016年はスーパーGT300クラス開幕戦で1勝をあげ、他に86/BRZ Race、スーパー耐久などでも活躍が期待される。
ニュルブルクリンク24時間レースは2013年から参戦しており、2014年にはクラス優勝も遂げた。
「面白い人」です。
ニュルブルクリンク初耳学
Mr.ニュルが皆様の素朴な質問にお答えします
- チームワークはどうやって作るの?
- ともに秘策はないよ。もともとピンで戦うのがレーシングドライバーだから基本的精神は個人。だけど、1台のマシンをたすきを渡しながら24時間後のゴールに導くのが業務。スプリントとは違って強固な輪が必要なことには違いないよね。
たまたまチームRCは、自分だけ出し抜こうなどという姑息な考えのドライバー構成ではなかったことが幸いした。出し抜かないばかりか、媚びもしないんだから。LINEのグループを作り、揃いのTシャツを製作し、日々コミュニケーションに努めている。そんな中から自然にチームワークは芽生えていく。もともと寄せ集めの個人で構成されているのだから、こればかりは個の性格に期待するしかないよね。 - ご飯は誰が作るの?
- サーキットタワーのVIPルームでシェフがこしらえてくれるのだ。TMGの食堂で包丁を握る日本人シェフの料理が基本だ。魚のムニエル、カレーライス、牛丼、豚肉のソテー・・・といったところが日替わり。一番人気は「いなり寿司」。次に「おにぎり」。夥しい種類のカップ麺も食べ放題。
アパート住まいの独身、蒲生は「ただメシ」に飢えているから、レース後に数kg太るらしい。僕も、一年分のカップ麺をニュルの期間で消費しているような気がするなぁ。松井の体重は54kg。少しは太らせたい。 - 車はどうやって運ぶの?
- 基本的にはエア便で現地に送るのだ。船便のほうが安いけれど、スケジュール的に多忙なこの時期に、のんびりと海の上にマシンをプカプカと浮かべていく暇はない。よってエアカーゴでの輸送が基本となる。
海外に輸送するのには、カルネ(物品の一時輸入のための通関手帳)が煩雑だ。輸出するわけではないから関税の免除を受けたい。そのために、持ち出す部品ひとつひとつを丁寧に申告し、それを現地で捨てずに(売らずに)持ち帰らねばならないのだ。これがたいへん(らしい)!