スペシャル

舐めるとケガをしますよ…！

「世にも不思議なマシンとドライバーの対比」
　TOYOTA C-HR。2016年内に市販が予定されているクロスオーバーである。そのコンパクトなボディは、SUVのスポーツクーペ版と呼ぶのが相応しいようなキャラクターだ。これまで目にしたことのないキュートなフォルムを纏う。そう、どこかに可愛さが残るマシンなのだ。
　だというのに、それを操るドライバーが武闘派で固めたのだから、GAZOO首脳陣の人選はシャレか酔狂かはたまた本気なのか測りかねる。キュートなマシンと、獰猛な武闘派。サーキットを駆け抜けるマシンの姿とドライバーのキャラがこれほど乖離したチームも珍しい。
　影山正彦は、数々の全日本チャンピオンタイトルを荒稼ぎしてきた超大ベテランである。ベテランを和訳すると、意味は猛者。そして佐藤久実。世界トップクラスの武闘派女性ドライバーの紅一点が猛者と手をたずさえて、24時間を戦うのである。
　キュートと猛者。ますます意味がわからない(笑)

「武士道の世界で生きる」
　影兄ぃとの付き合いは長い。生まれた月日で言えば、僕の年下となる。だが、僕がレース界に身を投じたのは遅かったのに対して影兄ぃは高校を卒業するとすぐにレースの世界を志した。
　それ以来、全日本F3を同時期に戦ったし、全日本ツーリングカー選手権もスカイラインGT-Rで覇を奪い合った。GT500時代も同じスープラで競い合った。ほとんど同期として戦ってきた仲間なのだ。
　だから僕は影兄ぃのことをけして、年下の後輩などとは感じていない。そのどっしりと地に足をつけた生き様はチャラチャラしている僕より一層大人だし、人生の裏表を見続けてきたかのような重厚な物腰から、人生の先輩のような気がしている。僕よりもあきらかに落ち着いているのだ。

　 影兄ぃの存在を一言でいえば、「武士道に生きる男」である。かつては後輩を厳しく指導する姿を見掛けたこともある。耳をそばだてていると、熱い精神論が聞こえてきたこともあった。
「ブレーキングで引いたら終わりだ。この世界で喰っていくつもりはあるのか？ないんだったらすぐに家に帰ったほうがいい…」
　うつむく後輩の前に、仁王立ちでそう語る影兄ぃがいた。
　もしサーキットに体育館があったのなら、その裏は影兄ぃの指定の場所であろう。その柔和な表情をギラリとさせれば、後輩達は身をすくませて直立不動で立ち尽すのである。
　それもそのはず、プライベートでは古武道の師範でもある。古流剣術。10年ほど前から柳生新陰流の道場に通う。すでに師範まで登り詰め、自らを鍛えるばかりではなく、後進の指導にも従事しているというのだから筋金入りだ。本物の武士道を貫くのである。
木下「ねぇねぇ、柳生新陰流って、ちょっと剣道みたいなもん？」
影山「いえ、けして剣道ではありません」
木下「竹刀なんかさぁ、ぶんぶん振り回しちゃうわけ？」
影山「いえ、そういったものでもありません」
木下「チャンチャン、チャンバラ的な？」
影山「天下を治めるための兵法なのです」
　聞いていると、自分のチャラさとの対比に寒気を覚える。いきなり脇差しを引き抜いて、刺されそうな殺気が漂う。

「義理堅さは車寅次郎ゆずり」
　それゆえに、上下関係や義理堅さは巌のようだ。
　あるとき僕が、後輩の行動が鼻についたことがあり、数人を食事に誘って苦言を呈したことがある。それを後日知った影兄ぃはわざわざ電話をよこして僕にこう言った。
「今回は後輩達が大変なご迷惑をお掛けしてしまったようで…」
「ぜんぜん、そんなことないし・・・」
「いや、木下さんのお手を煩わしてしまってすみません」
「まったく気にしなくていいし・・・」
「いや、本来、自分がそれをやらなければならなかったんです」

「ぜんぜんへっちゃらだし・・・！」
「ほんとうに、申し訳ございません。今後はこういったことのないようにします」
　受話器の向こうで、腰を割って仁義を切る姿を想像した。

　影兄ぃのお気に入りの映画は、「男はつらいよ」である。ニュルブルクリンクへ渡独する航空機の機内での最高の楽しみは、フーテンの寅こと車寅次郎の生き様を観ることだそうだ。暗い機内で泣いちゃったりしているらしい。そういえば車寅次郎はテキ屋稼業を生業とする人情シリーズだ。仁義を重んじる影兄ぃの精神と重なるのである。

　僕も幼少の頃から剣道を続けてきたし、有段者である。だからかもしれないけれど、これまで同期のライバルとして戦ってきているのに、影兄ぃとはコース内外の確執がまったくなかった。同じ日産時代を過ごし、同じトヨタ時代を経験した。となれば、どこかで衝突してもいいようなものなのだが、影兄ぃと歪み合った記憶がないのである。
　おそらく武士道で通じる者同士の、クリーンな戦いだったのだろうと思う。裏から手を回して画策することもない。その古色蒼然とした武士道の精神を、TOYOTA GAZOO Racingのドライバーに植え付けるのが影兄ぃの役割なのだ。
　そう、TOYOTA GAZOO Racingの若いメンバーが一番ビビっているのは、影兄ぃなのだろうと思う(笑)　なにかやったら、柳生新陰流のチャンチャンチャンバラ、いや兵法が炸裂するのだろうからだ。