スペシャル
レーシングドライバー木下隆之の
ニュルブルクリンクスペシャルコラム
2016年のニュルブルクリンク挑戦は、やや新しい組織で戦うことになった。
人を鍛え、クルマを鍛える。いいクルマをつくる。TOYOTA GAZOO Racingが掲げた理念は、組織が変わろうとも巨大になろうとも、けしてぶれることはない。だが、これまで社内メカニックや市販車開発チームが主体となって戦ってきたシステムに、新たな刺激が加わった。レース専門のプロ集団であるトムスが積極的に参画することになったのだ。
TOYOTA C-HRとLEXUS RCは社内チームが主導する。だが、LEXUS RC Fはカップカー・LEXUS RC GT3をベース車両として、トムスにマシンの製作と実践オペレーションを依頼する形で挑むのである。
LEXUS RC Fのステアリングを握るのは、以下の4人だ。
TOYOTA GAZOO Racingルーキーとなる土屋武士はニュルブルクリンク参戦がはじめてならば、ニュルブルクリンク走行経験もない。同じくTOYOTA GAZOO Racing新人ドライバーの片岡龍也は、ニュルブルクリンク経験があるうえに、LEXUS RC F GT3の開発ドライバーを努めている。彼の経験がマシン開発に注がれることを期待している。
TOYOTA GAZOO Racingファミリーからは大嶋和也と井口卓人が加わる。SUPER GTでの活躍を紹介するまでもなく、速さと安定感を備えている。誰もが実力を疑うことのない人材である。経験と堅実性が評価されての抜擢だ。
土屋武士は、この世界で知らぬものがいるはずもない名メカニック、「つちやエンジニアリング土屋春雄」の長男だ。名門・神奈川県立湘南高校を卒業。レーシングドライバーとしての素質だけでなく、エンジニアリングにもめっぽう強い。レーシングストラテジーに対しても徹底して妥協がない。プロのレーシングドライバーとして戦う傍ら、メカニックとしての修行をしたというから、親父ゆずりのDNAは侮れないのだ。
今年のSUPER GT開幕戦では、自らが代表を務めるチームサムライのVivaC 86 MCをポールポジションに導いた。自ら渾身のアタックを敢行し、決勝でも快走した。セカンドドライバーの松井孝允にステアリングを託す時に、自らの決断でタイヤチョイスをしたほどである。続く第二戦・富士ラウンドでも表彰台を獲得した。タイヤ無交換に挑むなど、戦略性に長けている。レーシングスピードで戦いながら作戦を練る。常にデータシートを小脇に抱えて、マシンセッティングと戦略のことが頭から離れないのである。
冒頭の紹介で薄々感づいているかもしれないけれど、土屋武士、「クソ」がつくくらいに真面目な男である。平たくいえば、「レースオタク」。
十数年前のこと、SUPER GT菅生戦の帰路、仙台発東京行き東北新幹線の車内で偶然、僕と武士のシートが前後で重なり合った。レースで疲労していたから、東京までの1時間半を休息にあてようとまどろんでいた僕の真後ろに武士が座ったのである。
さて、ビールでも一杯ひっかけようと靴紐を解いたその時である。背後の武士が僕に声を掛けてきた。
土屋「木下さん、ちょっといいですか?」
木下「なに?」
土屋「今日のレースなんですけど、ペースカーのオペレーションが間違っていたのではないかと気になりまして…」
木下「たしかに」
土屋「僕のチームも運が悪かったんですよ。といいますのも、あのとき燃料が◯◯リッターの残っていて…、周回数が△△で…、タイヤは※※を履いていたんですよ」
木下「それで?」
土屋「ラップタイムが××で…、路面温度が♯♯で…・・・」
木下「その話、長いの?」
土屋「いや、すぐに終ります。で、総合で※※位を走っていて、・・・、残りの周回を考えると⊆〒§⊂△◎!?&%#$で…」
木下「ちょっとビール買ってもいい?」
土屋「いえ、僕は呑まないんで…」
木下「いや、俺が呑みたいんだけど…」
ワゴンを手押ししていた車内販売の売り子が、むなしく脇をかすめていった。(汗)
木下「そして話は?」
土屋「それから最近のレース界のことなんですけど…」
木下「なに?」
土屋「もっと若いドライバーを育てないとならないと思うんです」
木下「その話、長い?」
土屋「いえ、すぐに終ります。で、先日…⊆〒§⊂△◎!?&%#$」
宇都宮駅のホームが車窓に流れていった(汗)
土屋「で、ですね。クルマ造りって、大切だと思うんですよ」
木下「そりゃそうだよね。道具を使うスポーツだから…」
土屋「セッティングの方向性なんですけど、僕はこう思うんです」
木下「その話、また長くなる?」
土屋「すぐに終ります。で、ですね。⊆〒§⊂△◎!?&%#$」
新幹線は東京駅に着いていた。
僕もたいがいクルマオタクを自認しているけれど、これほどまでにクソ真面目にレースを語るドライバーに出会ったことがなかった。貴重な1時間半を犠牲にした甲斐があったのだと、僕は無理矢理納得することにした(汗)。