スペシャル
レーシングドライバー木下隆之の
ニュルブルクリンクスペシャルコラム
大嶋和也。これほどマイペースな男も少ないだろう。TOYOTA GAZOO Racingにあって、不思議男の代表は蒲生尚弥とされているのだが、大嶋和也も我が道をいく。媚びない。日和らない。自信がある。自分を持っている。なかなか骨の太いドライバーなのだ。
いまさら彼の戦績を紹介するまでもないだろう。家系的にモータースポーツに恵まれており、しごく当然の歩みとしてモータースポーツ界に身を投じた。カート界で頭角を現し、トヨタ育成プログラムで才能が認められ、TDPドライバーとしてドイツF3選手権で武者修行した。帰国後はSUPER FORMULAやSUPER GTで活躍。まだ若いのに、老獪なレース運びは堂に入る。
これまで何度も大嶋とコンビを組み、ニュルブルクリンク24時間でLFAを駆ってきた。ことさら前のめりにならず、唯我独尊、我が道を突き進む。与えられた仕事を完璧に遂行してみせる姿は、レース歴数十年の大ベテランのような老練な振る舞いである。
プライベートはミステリアスに包まれている。
たとえばニュルのラウンジで、僕らが顔を突き合わせてとりとめもない話題で腹を抱えているときも、ひとり静かにスマホに向かっていることが多い。Facebookでも書き込みしているのかと見れば、そのほとんどがゲームである。
動体視力が試されるゲームスコアは、達人級である。ランダムに並べられた1から20までの数字を、小さい順に可能なかぎり速くタップするゲームでも、プロのレーシングトライバーでも15秒ほど費やすところ、4秒から5秒でクリアしてしまうのだから驚くばかり。
「ゲーム好きだねぇ」
そう言えば彼は、
「ゲームじゃないです。動体視力の訓練です」
そう言ってまたスマホの画面に向かうのだ。
とはいうものの、ラウンジでの彼を盗撮したのがここに並べた数々の写真だ。
写真は合成ではない。真実を伝えている。
「グラぶってる?」
そして走行時間になれば、目を見張るようなラップタイムを叩き出すのだ。
レースウィークでは一滴も呑まない大嶋なのだが、サーキットを離れれば酒豪と化す。数年前、陽が登るまで飲み明かしたぼくが千鳥足で早朝の六本木を歩いていたとき、赤ら顔の大嶋に出くわした。僕の、年に一度もない夜明かしの呑みのその場で遭遇するという偶然。いかに大嶋が六本木の主であるかがわかるだろう。
実は今年、スーパー耐久にトヨタ86での参戦の誘いを受けた。チームはもう一人ドライバーに助っ人を頼みたいという。そのドライバーの人選は僕に任してもいいという。大嶋和也と石浦宏明の名があがり、そのふたりに依頼の連絡をした。
ふたりとも快諾してもらったのだが、頭を悩ませたのは、どのレースに誰を起用するかである。助っ人を、残りの5戦に振り分けなければならないのだ。
まずは大嶋に希望を聞いた。その答えがこうだ。
大嶋「菅生は国分町がありますから、出たいです」
木下「繁華街縛り?」
大嶋「鈴鹿も名古屋の栄町がありますから、出たいです」
木下「富士は?」
大嶋「繁華街がない…。石浦さんに譲ります」
木下「オートポリスは?」
大嶋「菊地温泉がありますからねぇ?、出ます」
木下「岡山は?」
大嶋「津山は飲み屋が少ない…、石浦さんに頼んでください」
彼のスーパー耐久への、熱い(?)志に腰を抜かしかけた。
木下「それなら次の菅生は大嶋に頼むことにするよ」
大嶋「国分町ですね。任せてください」
木下「ところで、チームは木曜日入りだけど、いつから仙台に?」
大嶋「僕は前日の水曜日から宿泊しています」
木下「4クラスの決勝は土曜日だから、終ったらその日のうちに帰るけど?」
大嶋「僕は翌日の日曜日まで宿泊します」
木下「日曜日も1クラスのレース観るの?」
大嶋「いえ、日曜日の朝に帰ります…」
唯我独尊、風に任せているようで、時に強い意志のようなものが覗く。一本筋が通っているのが大嶋和也という男なのだ。