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SUPER GT 2015年 第3戦 ブリーラム(タイ)
エンジニアレポート

暑い国のレースでも通常通りの戦い方
公式予選では逆転でポールポジション獲得
トヨタテクノクラフト株式会社
TRDモータースポーツ開発室・車両グループ 清水信太郎エンジニア

2015年のSUPER GTも第3戦。今回は、すでに真夏の季節となっているタイのチャン・インターナショナル・サーキットでの開催です。暑さ対策に加え、セッションごとに変わる路面温度への対応など考えることがたくさんあるようです。このタイ戦をTRD(TOYOTA RACING DEVELOPMENT)の清水信太郎エンジニアに振り返っていただきました。

予選は公式練習から路面温度が10度も上昇
それでもいつも通りにタイムアップを果たす

TRDモータースポーツ開発室・車両グループ清水信太郎エンジニア
TRDモータースポーツ開発室・車両グループ
清水信太郎エンジニア
 今年もLEXUS RC Fに熱いご声援をいただき、ありがとうございます。前回に引き続き、GT500クラスのLEXUS RC Fの開発・チームサポートを行っているTRDの清水が、タイで行われた第3戦での状況をお伝えいたします。

 今回は、予選ではGT-R勢が速かったのですが、公式予選では逆転してLEXUS勢がフロントローを独占するという結果になりました。土曜日の進め方ですが、通常のレースウィークと同じで、公式練習では予選と決勝の本番に向けて、それぞれのセッティングを進めていきました。それに用意したタイヤをチェックして(※1)、本番(予選)用タイヤを選びます。そして一番いい状態にして予選に臨むことになります。だから当然のように公式練習に比べて、公式予選ではタイムが向上します。LEXUS勢は午後の公式予選では(午前の公式練習に比べて)タイムアップしていますが、これはいつもと同じです。
 私は車両担当で、エンジンに関しては詳しいことは分かりませんが、少なくとも我々(TRD)が午後の予選に向けて大きく何かを変えた、ということはないですね。公式予選に向けて何か"飛び道具"を用意したとかはないです。ただGT-R勢が何故か伸び悩んだことで、LEXUS勢のタイムアップが強調された感があります。
 公式練習に比べると公式予選はコンディションが違っていて、路面温度が10℃以上も高くなっていました。だからタイヤを"原因"とする意見も聞かれましたが、3メーカーのタイヤを履いたすべてがタイムダウンしているので、タイヤが原因と言うよりも何か他に大きな要因があったんじゃないでしょうか? 他陣営のことは正確なところが分からないので、そう考えるしかないですね。

※1「用意したタイヤをチェック」 サーキットに持ち込んだタイヤから、公式練習前に6セットを決め、GTAにマーキングしてもらいます。これを公式練習から決勝スタートまで使います。チームは、公式練習で公式予選のQ1/Q2それぞれに使用するタイヤを決めます。
※2「タイヤが原因」 タイヤが想定通りグリップし、保ちもいい状況になるには、路面との摩擦で適度な温度(想定温度域)になる必要があります。この温度はタイヤメーカーから指定されていて、路面温度が想定より10℃以上も高くなるとタイヤの発熱も高くなり、本来の性能が発揮できなくなることがあります。今回の予選では60度近くまで上がっていました。

残念だった38号車のトラブル
LEXUS RC Fはまずまずのパフォーマンスを発揮

中盤以降は速さを見せて2位となった6号車(ENEOS SUSTINA RC F)
中盤以降は速さを見せて2位となった
6号車(ENEOS SUSTINA RC F)
 レースでは結果的に46号車のGT-Rが勝ちました。前回に続いてGT-Rの2連勝で、また後方から12号車と1号車が追い上げてきて、GT-Rの速さが引き立つ格好になりましたが、でも実際には、そんなに大きな差はなかった、と考えています。ポールポジションからスタートした38号車(ZENT CERUMO RC F)はトラブルで遅れるまで46号車とバトルを展開していました。46号車も少しウェイトハンディ(8kg)を搭載していましたが、38号車は20kg以上のウェイト(※3)を搭載していました。その38号車が46号車に引けを獲ることなくバトルが展開できた。また6号車(ENEOS SUSTINA RC F)も、特に中盤以降は速さを見せて良いレースを展開しています。これらは今大会のLEXUS RC Fの実力を示すバロメーターになっていると思います。
 ただ38号車のトラブル(※4)は残念でした。今はまだ詳しいことは分かっていません(お話はレース終了直後)。国内に持ち帰って詳しく分析する必要がありますが、どうもブレーキが熱を持ってしまってトラブルが発生したのだろうと。もし38号車にトラブルが発生しなければ、46号車も簡単には勝てなかったろうし、また違った展開になったと思います。また、6号車は所々トラフィックで46号車を追い切れず、36号車は3位でピットインしタイヤ無交換作戦を敢行しましたが終盤はタイヤグリップダウンに苦しみました。今回はLEXUS RC Fがイメージほどに(GT-Rに)実力で差をつけられていたとは思わないし、まずまずのパフォーマンスを発揮したんじゃないかと分析していますが、そのパフォーマンスが結果に十分結び付かなかった事は今回の課題だったと思います。

※3「20kg以上のウェイト」 SUPER GTでは選手権ポイントに比例してウェイトハンディが搭載されます。今大会ではポイントの2倍のウェイトを搭載するので、38号車は11ポイントで22kgを搭載。一方、優勝した46号車は4ポイントで8kgです。14kgも重い38号車が、48号車とイーブンのバトルができていたら、本来のパフォーマンスでは38号車が上と考えられます。
※4「38号車のトラブル」 66周のレース後半となる43周目、トップの46号車を追っていた38号車はコースアウトしました。ピットには戻りましたが、リタイアとなりました。石浦選手は「ブレーキを踏んだらスコーンと入って(踏み切れて)しまった。ブレーキが効かないのでわざとスピンさせた」とレース後に話しており、ブレーキ系のトラブルと思われます。

熱対策と空力の難しいバランス
伸び代はあるからLEXUS RC Fは確実に速くなる

これまでのデータを解析してセットアップに反映し、次戦の富士で優勝を目指す
これまでのデータを解析してセットアップに反映し、
次戦の富士で優勝を目指す
 今回のレースでは、夏季対策(高温対策)として、放熱効果を高めるためにボンネットのエアアウトレット部分に、高さ50mmまでのルーバーやリップ(※5)を追加できることになりました。TRDではいくつかの追加パーツをテストしてきましたが、現場で各チームと(どれを使うか)相談して決めました。一般的にルーバーやリップの高さを上げていくとクーリングエアの抜けがよくなって冷却性能は引き上げられますが、空力性能面では反対にマイナスとなります。つまり、全体のエアロのバランスが崩れてしまうのです。だから、予想されるコンディション(気温や湿度、路面温度)に対して『冷却性能をどのくらい必要とするから、リップの高さはこのくらい』と、どの高さのリップを使用するかを決め、それに合わせて空力を調整します。
 ただ、現実的には空力を調整するといっても調整幅はあまり多くないので、シャシーも含めて全体のバランスを獲るようにしています。8月の富士と鈴鹿(第4、5戦)は間違いなく暑いレースになると思うし、9月のSUGO(第6戦)もまだまだ暑いから、その辺りまではリップをどう使うか考える必要があります。(規定を定める)GTAでもブルテン(指示書面)で、第3戦の今回から第6戦まで、4戦に関してルーバーやリップの追加使用を認めています。  去年のレギュレーション改定から、シーズン途中で新たな"タマを入れる(※6)"ことができなくなっています。しかしエンジンは1基目から2基目、2基目から3基目と載せ替える時には、規定の範囲ですがバージョンアップできます。
 車輌関係でも大物は入れられないけれど、これまでのデータを解析してセットアップに反映したりします。規定もあって大きく変えることができない空力ですが、それをどう使ってセットアップするのか...。まだまだ上げ代は残っていると思います。次戦、第4戦は富士です。去年からホームコースの富士で勝てていないので、皆さんのご期待に添えるよう、今度こそ何とか勝ちたいですね。

※5「ルーバーやリップ」 夏の暑さが予想される今回第3戦から第6戦では、エンジンの冷却面で厳しくなり、エンジン性能や効率低下が予想されます。このため冷却効果を高めるために、ボンネットやフェンダー部に高さ5cmまでのルーバーやリップを追加することが認められました。
※6「タマを入れる」 レース関係者の俗語で、性能向上が見込まれる新しいパーツや仕組みを投入することを表します。現行規定ではできないが、2013年以前は毎戦のようにアップデートパーツが採り入れられ、それが雑誌などで話題となり、この"タマを入れる"という言葉が一般のレースファンにも知られるようになった。