世界有数の難関コース、ニュルブルクリンク
ドイツ・北西部に位置するニュルブルクリンクの歴史は非常に古く、オールドコースと呼ばれるノルドシュライフェは、第2次世界大戦前の世界不況の時代にヒトラーの提案により建設された巨大サーキットである。
サーキットと言いながらも、ヨーロッパの一般地方道に似たレイアウトで、1周約20.8kmと距離も凄いが、標高差300m、大小170を超えるコーナーは、低速から超高速域のスピードレンジまで多様多種。さらに路面状況はほとんどの路面が波打っており、埃っぽく滑る上、コース幅も狭くエスケープゾーンもほとんどない…など、世界有数の難関コースと呼ばれている。
車両の総合的な性能がラップタイムに反映されやすいことから、主要な自動車メーカーのほとんどは、ここでテストを行なっている。トヨタは日本の自動車メーカーの中でも、古くからここを“車両開発”の場として活用しており、トヨタ・スープラ/アルテッツァ/86、レクサスLFAと言ったスポーツモデルは、ニュルで鍛えられたモデルとして有名だ。
GAZOO Racingの挑戦の軌跡
2007年から参戦を行なっているGAZOO Racingのニュルブルクリンク24時間耐久レース挑戦の原点は「もっといいクルマを作ろう」である。その中の活動のキーワードは、大きく分けると3つに分けられる。
1、人材育成
「極限のレース環境の中で人を鍛える」
2、車両開発
「世界一過酷なコースでクルマを鍛え上げる」
3、クルマ好き/ファン作り
「クルマの夢、希望、そして感動を共有する」
レースに参戦する以上“勝ち負け”が大事な要素となるものの、GAZOO Racingの考えはそこではない。世界で最も“過酷”と言われるニュルブルクリンクで行なわれる、“極限”のレース活動を通じて、「クルマ・人・チーム」を鍛え、“いいクルマ”にするために数値や机上の論理でははじき出せない“味”を追求する開発の場…という認識だ。
「技術を伝承し、人材を育成する場としてレースは最高の舞台。大事なことは言葉やデータでクルマ作りを議論するのではなく、実際にモノを置いて、手で触れ、目で議論すること」と語ったのは、2010年に亡くなったトヨタ・チーフテストドライバーだった成瀬弘さん。そのため、GAZOO Racingは専門のレーシングチームではなく、2007年の挑戦初年度からトヨタ社員が中心の構成で、若手のメンバーも多い。
毎年、進化・熟成するLFA 48号車
そんな今年のニュルブルクリンク24時間耐久レースには、GAZOO Racingから2台のLEXUS LFAと1台のTOYOTA 86がエントリーしている。
SP8クラスにエントリーするNo.48 LEXUS LFAは、木下隆之/石浦弘明/大嶋和也選手に加え、モリゾウ選手もドライバーとして参加。市販前の開発テストでエントリーした2008年から数えると7年目となるLFAでのニュル挑戦。一番の特徴はレース専用マシンではなく、あくまでも量産モデルをベースに開発されたマシンであると言うことだ。とは言うものの、毎年の進化・熟成により、そのパフォーマンスはすでにGT3マシンに近いレベルに到達している。
そんな2014年モデルは、まさに“成熟”と言った仕上がりになっている。昨年のモデル(2013年)は、速さはあったものの乗りやすさという点では課題が残っていたため、2014年モデルでは、メカニズムに大きな変更はないが、“速さ”と“乗りやすさ”のバランス適正化を目標に開発が進められた。
木下隆之選手は「これまでのLFAの中で最も乗りやすい上に速い」と太鼓判を押す。また、1年ぶりにニュルブルクリンクを走行したモリゾウ選手も「いつもより冷静にドライビングできたのは、いいクルマに仕上がっている証拠だと思います」と言うコメントも。
LFAよりも潜在能力は高い、LFA Code X 53号車
もう1台のLFAである、No.53 LEXUS LFA Code Xは、飯田章/脇阪寿一/井口卓人選手がドライブする。このマシンはSP-PROクラスにエントリーで、将来のための“先行開発モデル”という位置づけのモデルだ。
トヨタ/レクサスのスポーツモデルは、約20年サイクルで登場しているが、豊田章男社長は「トヨタのスポーツカー開発は“式年遷宮”かのごとく20年に一度、技術の伝承を含めてスポーツカーを開発してきました。しかし、20年に一度開発すればいいということでなく、Code Xの投入が20年先を見ながら毎年毎年より技術を深めていくためのスタートになります」と語る。
見た目はLFAのスタイルをしているが、ホイールベースの200mm延長や全幅は50mm拡幅以外にも、車体はLFAとは異なるフルカーボンフレーム仕様となっている。サスペンションも形式こそLFAと同じ4輪ダブルウィッシュボーン式ながらもプッシュロッド式を採用するなど、中身はより本格的なレーシングスペックに変更。
排気量が4.8Lから5.3Lに変更されたV10エンジンは、中低速トルクのプラスはもちろんトルクバンドも広がり、より乗りやすさ/扱いやすさも向上。トランスミッションも新設計のツインクラッチ式が採用され、シフトスピードも素早くなっているそうだ。
飯田章選手は「LFAよりも潜在能力は高く、総合優勝を狙えるSP9-GT3クラスよりもポテンシャルはあると思っています。しかし、1年目ということでその実力をフルに発揮している状態ではありません」、脇阪寿一選手は「かつてLFAがそうだったように、これから鍛えて育てていくマシンです」と語る。
パフォーマンスを大きくアップした86号車
SP3クラスにエントリーした、No.86 TOYOTA 86は影山正彦/佐藤久実/蒲生尚弥選手がドライブ。86は参戦3年目にして念願のゼッケン“86”をゲット。昨年のモデル(2013年)から、エンジンのリファイン(レブリミット8000rpmにアップ&低中速トルクの増強)、約40kgの軽量化とボディ剛性の最適化、ブリヂストン製のニュータイヤの採用などにより、車両全体のパフォーマンスは大きくアップ。
佐藤久実選手は「今年は走る/曲がる/止まる、のバランスが非常にいいので、ドライビングが楽しいです」、蒲生尚弥選手は「昨年は『コーナーは速いけど、直線は…』でしたが、今年は直線もイケますね」と語る。
ちなみにこのマシン開発の技術やノウハウは、東京オートサロン2014で参考出品された「86GRMNコンセプト」の市販バージョンにフィードバックされるそうだ。
慌ただしくスタートした、第1回予選
まずニュルブルクリンク24時間耐久レースの独特の予選方法だが、通常のレースのように1回の予選で順位が決まるわけではない。19日(木)の18時45分~23時に行なわれた予選1回目と、20日(金)の10時15分~12時15分に行なわれた予選2回目の2回の予選があり、両セッションでマークしたベストタイムが記録になる。そして、VLNと呼ばれるニュルブルクリンク24時間耐久レースを頂点としたシリーズ戦に参戦していて、シード権を持っている19台を含めたトップ30台に入ると、20日(金)の17時10分~17時50分の40分間で争われるトップ30予選に進出でき、その結果が上位30台の正式なスターティングポジションとなる。
実質的なレースの幕開けとなった19日(木)に行なわれた予選1本目は、19時前からのスタートだが、この時期のドイツは22時を回るまで日が落ちない。そのため、まだ日が昇っている状況で予選のスタートが切られた。空模様は、予選の中盤から雨が降ってきてウエットコンディションとなったが、前半は曇り空からときどき日が射すこともあり、コース状況はドライだった。
予選は4時間以上と長いように思えるが、トップマシンでも1周するのに8分以上かかる、そのためインラップとアウトラップを含めると1回のタイムアタックで約30分を要することになる。また、エントリードライバーは予選で2周以上の周回を重ねることか規定となっているので、時間はたっぷりあるように思えるが、セッティング変更を行なうなどすると、かなり慌ただしく各ドライバーは走行を行わなくてはならない。
この1回目の予選では、No.48 LEXUS LFAが8分35秒745のタイムで総合21番手(クラス1位)。No.53 LEXUS LFA Code Xは8分35秒965のタイムで総合23番手(クラス2位)。No.86 TOYOTA 86は10分4秒524で総合105位(クラス2位)となった。
0.001秒差が分けたTOP30進出
翌日に開催された予選2本目は、前日の夜半から降った雨によりコースはウエットコンディション。序盤こそ雨が振っていなかったが、中盤から雨が降りだし、予選1本目のタイムを上回ることは難しい状況となった。
そんな状況でも、タイムを更新したのがNo.53LEXUS LFA Code X。前日の予選1本目をコンマ2秒上回る8分35秒746をマークし、今年から新たに投入された先行開発車となるLFA Code Xの底力を見せつけた。しかし、No.48のタイムに対して0.001秒足りなかったため、惜しくもトップ30には出場できなかった。
19台のシード権を持った車両と残りの11台を合わせたトップ30には、No.48 LEXUS LFAが進出。大嶋和也選手がステアリングを握り最終的なスターティングポジションを決めることになった。1台1台が間隔を空けて走るトップ30予選は、コース上で他車を追い抜く必要がなく、まさに1周の真剣勝負。大嶋選手は、予選1本目を約6秒上回る8分29秒988をマークして27位(クラス1位)を獲得した。大嶋選手は、「ほぼ完璧なトップ30の予選ラップでした。昨年の予選タイムから4秒近くタイムを詰められたことが最大の収穫です。今年は、開発の時間がかなり取れたことでセットアップも進み、大幅なタイムアップができました」とトップ30予選を振り返った。
その他の2台は、No.53 LEXUS LFA Code Xが31位(クラス2位)から、No.86 TOYOTA 86が116位(クラス2位)からのスタートとなった。
荒れたレースの中で見えた8年間の成長
決勝前に行なわれた、ドライバー、メカニック、チーム関係者全員が参加するミーティングで、豊田章男社長は「2007年からみんなで経験を積んできたレースが、今年も始まります。今回は3台全てが完走すること、心をひとつに最後まで戦い抜いてください」とエールを送った。
迎えた決勝は好天の中、21日(土)の16時にスタート。24時間にも及ぶ長時間のレースの幕が切られた。スタートドライバーは、No.48 LEXUS LFAが木下選手、No.53 LEXUS LFA Code Xが飯田選手、No.86 TOYOTA 86が影山選手。
スタートが切られてから1時間ほどは、スプリントレースのような荒れた展開で、各所でクラッシュが発生。No.53 LEXUS LFA Code Xは、1周目にパンクを喫するトラブルこそあったが、その他のマシンは順調に周回を重ねる。各マシンともにファーストスティントを終えるとドライバーを交代。No.48 LEXUS LFAは石浦選手、No.53 LEXUS LFA Code Xは脇阪選手、No.86 TOYOTA 86は佐藤選手がステアリングを握った。
スタートから3時間を経過したところで、No.48 LEXUS LFAにはモリゾウ選手が乗り込む。4周を周回してピットインし、走行直後には、「前後左右をしっかり見ながら走ることができました。走っているとコースサイドから声が聞こえるような気がしました。コーナーによっては『モリゾウさん頑張れ!!』とも」と語ってくれた。
No.48 LEXUS LFAはモリゾウ選手から大嶋選手へドライバーチェンジを行ない、No.53 LEXUS LFA Code Xは井口選手、No.86 TOYOTA 86は蒲生選手がドライブする。
22時を過ぎるとニュルブルクリンクは、日が暮れだし夕闇に包まれる。この時点で、No.48 LEXUS LFAは総合30位(クラス1位)、No.53 LEXUS LFA Code Xは総合21位(クラス2位)、No.86 TOYOTA86は総合104位(クラス2位)で順調に周回を重ねる。クラッシュやトラブルが頻発する夜間の走行もGAZOO Racingの3台は何事もなく順調に進んでいった。
夜明けを迎えたスタート13時間後の22日の5時の時点でNo.48 LEXUS LFAは総合22位(クラス1位)、No.53 LEXUS LFA Code Xは総合16位(クラス2位)、No.86 TOYOTA86は総合67位(クラス1位)と各マシンともに順位をアップしレースは折り返していった。
その後も3台は接触によるダメージなどは、あったものの予定していたピットストップの中で修復できる程度でトラブルはまったくなく安定してレースを進める。
GAZOO Racingとしてニュルブルクリンク24時間耐久レースに参戦してから8年が経過し、チームスタッフ、メカニックともに技術力やチーム力も年々増している。そのため、多少のトラブルならば通常のピットストップで修復できるほどの俊敏なピットワークが垣間見れたところでもあった。
その後も順調に3台は走行を続け、レース経過19時間後の23日11時には順位をアップ。No.48 LEXUS LFAは総合16位(クラス1位)、No.53 LEXUS LFA Code Xは燃費の良さを活かし、ピット回数を減らしたことで総合12位(クラス1位)、No.86 TOYOTA 86は総合60位(クラス1位)とそれぞれがクラストップに立つまでに順位を上ける。
レース中にピットからは、何もないことが怖いくらい…というほどの安定感で走行する3台は、そのままチェッカーを目指しラップを刻む。レース開始から23時間を迎える前後に、最終スティントを走るドライバーへと交代。No.53 LEXUS LFA Code Xは飯田選手が、No.86 TOYOTA 86は影山選手、そしてNo.48 LEXUS LFAは再びモリゾウ選手が乗り込んだ。
最終スティントでも何事もなく3台は、24時間の長丁場を走りきり無事にチェッカー。結果は、No.48 LEXUS LFAが総合13位(クラス1位)、No53 LEXUS LFA Code Xが総合11位(クラス1位)、No.86 TOYOTA 86が総合54位(クラス1位)と3台ともに見事にクラス優勝を飾った。
フィニッシュドライバーとなったモリゾウ選手は、「8年間参戦してきて、全車両が完走して、クラス優勝することは考えたことはありませんでした。この8年で人を鍛え、クルマを鍛えてきましたが、チームが強くなっていることを実感できました」と車両、人を合わせた総合力が上がっていることを実感したようだ。
参戦初年度ながら過去最高の11位でゴールしたNo53.LEXUS LFA Code X、一昨年の総合15位、周回数147周という結果を両方とも超えたNo.48 LEXUS LFA。そして、最初から最後までまったくマシントラブルがなく他のライバルを寄せ付けなかったNo.86 TOYOTA 86。どのマシンもドライバーもチームスタッフも強さを見せた2014年のニュルブルクリンク24時間耐久レースとなった。
しかし、GAZOO Racingの原点ある「もっといいクルマを作ろう」という活動にはゴールはなく、これからもまだまだ続いていく。
総合順位
エントリー:175台/決勝出走:165台/完走:110台/リタイア:55台
1位 | No.4 | Phoenix Racing / Audi R8 LMS ultra(SP9 GT3クラス 1位) |
---|---|---|
2位 | No.1 | Black Falcon Team Reissdorf Alkoholfre / Mercedes-Benz SLS AMG GT3(SP9 GT3クラス 2位) |
3位 | No.22 | Rowe Racing / Mercedes-Benz SLS AMG GT3(SP9 GT3クラス 3位) |
4位 | No.44 | Falken Motorsports / Porsche 911 GT3 R 997(SP9 GT3クラス 4位) |
5位 | No.7 | Aston Martin Racing / Aston Martin Vantage GT3(SP9 GT3クラス 5位) |
6位 | No.20 | BMW Sports Trophy Team Schubert / BMW Z4 GT3(SP9 GT3クラス 6位) |
7位 | No.15 | HTP Motorsport GmbH / Mercedes-Benz SLS AMG GT3(SP9 GT3クラス 7位) |
8位 | No.28 | Walkenhorst Motorsport powered by Dunlo / BMW Z4 GT3(SP9 GT3クラス 8位) |
9位 | No.502 | Audi race experience / Audi R8 LMS ultra(SP9 GT3クラス 9位) |
10位 | No.16 | Audi R8 LMS ultra(SP9 GT3クラス 10位) | 11位 | No.53 | GAZOO Racing / LEXUS LFA Code X(SP-PROクラス 1位) | 12位 | No.56 | Black Falcon Team Reissdorf Alkoholfre / Porsche 911 GT3 Cup(SP7クラス 1位) | 13位 | No.48 | GAZOO Racing / LEXUS LFA(SP8クラス 1位) |
54位 | No.86 | GAZOO Racing / TOYOTA 86(SP3クラス 1位) |
SP-PROクラス順位
1位 | No.53 | GAZOO Racing / LEXUS LFA Code X(総合11位) |
---|---|---|
2位 | No.11 | Wochenspiegel Team Manthey / Porsche 911 GT3 RSR(総合121位) |
※SP-PRO…3000cc以上のSP6,7,8クラスの車両でエンジン改造範囲の広い車両
SP8クラス順位
1位 | No.48 | GAZOO Racing / LEXUS LFA(総合13位) |
---|---|---|
2位 | No.55 | Aston Martin Test Centre / Aston Martin Vantage V12(総合43位) |
3位 | No.70 | Aston Martin Test Centre / Aston Martin Vantage V8(総合94位) |
※SP8…4000cc以上6250ccまで、かつ エンジン改造なしの車両
SP3クラス順位
1位 | No.86 | GAZOO Racing / TOYOTA 86(総合54位) |
---|---|---|
2位 | No.150 | Roadrunner Racing / Renault Clio Cup(総合69位) |
3位 | No.144 | Kissling Motorsport / Opel Manta(総合76位) |
※SP3…1750cc以上2000ccまでの車両
スケジュール |
|
||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
スケジュール |
|