クルマ「味探し」の旅 第1回:トヨタのマイスター・成瀬弘の挑戦 料理と同じく、クルマも'味'が大切

トヨタ自動車に成瀬弘という男がいる。齢(よわい)65歳。チーフメカニックとしてトヨタモータースポーツの創成期を支え、また、評価ドライバーとしてMR-2やスープラなどトヨタが生み出してきた数々の名車の開発にも携わってきた伝説の職人である。成瀬弘がいなかったらトヨタのスポーツカーは誕生しなかったといっても過言ではない。そんな成瀬弘のことを、トヨタの社内はもちろん多くのモータージャーナリストたちは「クルマ作りのマイスター」と呼ぶ。マイスター(Meister)とは、芸術や料理、技能、工芸など職人の世界で巨匠、大家、親方、師匠といわれる人たちのことである。 そんな成瀬さんが昔からいっているのは「料理と同じく、クルマも"味"が大切」ということである。 諸元表に表されるエンジンやシャーシの性能、ナビやパワーステアリングといった装備など、"スペック"はクルマの基本性能を決め、その性格を形成するモノである。しかし、それだけではクルマは出来ない。それらは料理でいえば、あくまで素材であり、それをレシピに従って調理しただけでは料理は完成しない。最後の味付けが料理の善し悪しを決め、食べた人に感動を与えるというのである。 では、成瀬さんのいう「クルマの味付け」とはいったいどんなものなのか?また、成瀬さんが目指す「理想のクルマの味付けとは?」について、お話をお聞きした。

味は素材が決める。それぞれのクルマにあった理想の味付けがある。

料理がそうであるように、味付けとは素材の持つポテンシャルを最大限に引きだし、最高の状態でお客様に提供することです。料理にさまざまなジャンルやメニューがあるのと同じように、クルマにもさまざまなタイプがあります。レクサスのような高級な"癒しクルマ"もあれば、ヴィッツのような気軽に乗れて誰でも簡単に運転できる便利さを追求したクルマもある。さらには、昔のハチロク(AE86型:カローラ レビン/スプリンター トレノ)のような面白いクルマや楽しいクルマ、気持ちいいクルマ…など、トヨタはたくさんの種類のクルマを作ってきました。私たちが目指す味付けは、チーフエンジニアをはじめとした開発者たちが作ったクルマ(素材)の魅力を引き上げ、理想的な味に仕上げていくことです。 ですから、それぞれのクルマの特性に合わせた味付けをおこなうことが必要です。カレー粉をぶち込めば、なんでもカレー味になってしまいますが、それでは料理は台無しです。
成瀬氏写真
トヨタ自動車 マスタードライバー
成瀬 弘 Hiromu Naruse

「改造」と味付け(チューニング)は異なります。

クルマの味付けというと、ややもするとサスペンションやタイヤなどのパーツを替えて足回りを固くしたり、エアロパーツをつけて空力性能を向上させたりすることを想像されるかもしれません。しかし、それは「改造」であって、味付けではありません。味付け(チューニング)と改造は全く異なるモノなのです。 そして何よりも大切なことは、お客様に「美味しい」と感じて満足していただくとともに、「また食べたい(乗りたい)」と思っていただくことです。現在、トヨタからさまざまなクルマが発売されていますが、ユーザーのみなさんは本当に満足されているのでしょうか?私は自戒の気持ちを込めて、まだまだ不十分だと思います。また、お客様の中には、本当のクルマの美味しさをご存知ない方がいらっしゃるかもしれません。そんな人たちに、ぜひ、本物の味を体験していただき、その魅力を堪能していただきたい。私たちはそう考えています。そして、味付け次第で、トヨタのクルマはもっともっと美味しくなると確信しています。
[2008年7月 取材]