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味作りをするうえで大事なことは"自分の味つけ"をしっかり持つということです。アンケートなどの方法で、お客様に「どんな味にしてほしいか?」と聞いてもそこに答えはありません。お客様に聞くべきは「美味いか?」「まずいか?」もしくは「食べたい」「食べたくない」の2者選択です。なぜなら、お客様はプロではないのですから、お客様の要望に合わせて塩加減を変えていたりしたら、味がどんどん変な方向に行ってしまいます。ましてや、万人ウケする味を追求することは無意味です。
もちろん、独りよがりな味作りは論外です。しかし、プロである以上、「俺の味はこれだ!」というものがないと、結局、だれにも受け入れられないと思います。
私の場合、味付けをする時は、自分自身がお客様の立場になって自問自答しながら味付けをします。まずは後部座席に座り、次に助手席、最後に運転席に座ってハンドルを持ってみる。「遠いところから味付けしていく」というのが私のやり方です。そしてそれを何度も繰り返して、徐々に味を完成させていくのです。そんなステップを経て、自分なりの味付けができ上がるわけです。
近年はクルマ作りもCAD/CAMの時代です。何でもデータに置き換えてコンピューターの中でやってしまおうとする。しかし、データというのはあくまで結果の数値。そこに至るまでの瞬間的な過渡特性は数値に出てこないのです。料理でもそうですが、味は瞬間で決まるものです。レシピ通りに作れば同じ味になるものではありません。コンピューターだけでは味は出せない。コンピュータに頼り切るのは危ういと危惧しています。
また、一時期、トヨタ社内で私のノウハウを数値化してマニュアルを作ろうという取り組みが行われました。しかし、結果はうまくいきませんでした。なぜなら、ノウハウとは知識ではないからです。「こういう場合はこう対処した」という結果はあくまでその場合の解決策であって、重要なのは「なぜ、そうしたのか?なぜ、そう考えたのか?」ということであり、それがいわゆる"技術(ワザ)"というモノです。
技術は教育では伝承できません。(受け身で)教えてもらったことはいざという時何も役に立たないからです。必要なのは"育成"です。つまり、本人を「やらなければいけない」「やりたい」とその気にさせて、自らが「学ぼう」「盗もう」と思わない限り身に付きません。技術は背中で伝承するものなのです。
技術を伝承し、人材を育成する場としてレースは最高の舞台です。予期せぬことがどんどん起こり、必然的にやらなければいけないことがどんどん振ってくる。時間も道具も限られているなかでそれらを手際よく的確に解決していかなければいけない。しかも、それはコンピューターの中で起きているのではなく、目の前で起きている。極限の状況の中、レースに勝ちたい一心で、出来る限りの努力をする。「できません」なんて言葉はそこにはない。そんな経験が人を作り、クルマを作っていくのです。
そして、ドライバーもエンジニアもレースという極限の状況の中で、自らの五感を研ぎ澄ましてクルマと対話する。その対話を通じて、理想の味が見えてくるのです。まさしくトヨタが創業以来大切にしてきた"現地現物"によってクルマの味付けが出来るのです。繰り返しになりますが、大事なことは、言葉やデータでクルマ作りを議論するのではなく、実際にモノを置いて、手で触れ、目で議論することなのです。
歴史を振返ってみれば、トヨタ2000GTもハチロクもみんな発売前にプロトタイプでレースに参戦し、味を磨いてきました。かつて、トヨタはそんなクルマ作りをしていた。そのことを今一度、勉強し、また思い出してほしい。クルマの味はサーキットで作られてきたのです。
そして、ポルシェもフェラーリーも、欧州のクルマはいまでもサーキットから生まれています。
レストランにはそこでの味付けを決定する責任者がいます。いわゆる総料理長(シェフ)です。シェフの決定は絶対です。シェフがNGを出した料理は絶対にテーブルには並びません。逆にシェフがOKを出したものは、いくら多くの人が反対しようとも、そのお店のメニューに載り、お客様に出されるのです。
味は多数決で決めるものではありません。ましてや、「じゃあ、折衷案で!」なんというのはもってのほかです。欧州の自動車メーカーには必ず、その人がOKを出さないと発売されないという影響力を持った味作り責任者(マイスター)がいます。今後のトヨタにもそうしたマイスターが必要だと思います。
レストランのシェフは味付けだけでなく、素材の仕入れからすべて決定できる権限があります。トヨタの経営陣にそんな素材も味付けも知り尽くした総料理長が誕生することが私の理想です。
[2008年7月 取材]
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