クルマ「味探し」の旅 第2回:日本を代表する食品・飲料メーカーの「味づくり責任者」との味づくり懇談会 各界のマイスターに極意を学ぶ

味づくりにはセンスが必要。異才を発掘し、保護することも重要。


マイスターたちにとって次世代への味づくりの技術の伝承、人材育成というのは最重要テーマの一つである。いかにして次世代を担う人材を発掘し、育成していくのか。このテーマにおいても、「何よりも大切なのは持って生まれたセンス。もちろん、努力は不可欠だが、それだけでは十分ではない」「技術は教えて伝えることができるものではない、必要なのは、日常の仕事の中で学び、盗み取ることである」という点で全員が一致した。 また、こうしたセンスのある人材は、往々にして、会社という組織の中では異端児扱いされ、マネジメントがしにくい人材として、組織の外にはじき出されることがある。そうした異才をいかに組織の力学から保護して伸ばしていくのか。それにはトップの理解と関与が不可欠だという。
吉村さん:味づくりのセンスを一言でいえば「サービス精神の発露」だ。よりおいしく、より良くという飽くなき追究心がなければ磨かれることもない。おいしさとは“食べ物を摂取したとき”に心地よく幸せになる感覚。私自身ある焼きそばタイプの商品の開発で、それを忘れて、消費者を面白がらせること、驚かせる仕掛けばかりに気を取られ、大失敗した苦い経験がある。センスとはいつもお客様の立場に立って考え、判断し、本当の意味での満足を提供し得る能力である。
吉村さん:当社の商品の最終的な味はすべて安藤社長と私の二人で決めている。社長とは長年一緒に仕事をしてきているので「少し、しょっぱいぞ」と言われれば、その「少し」の意味があうんの呼吸でわかる。しかし、私と後輩との関係においては「ちょっと甘みを上げて」と指示しても受け取り方が担当者によってはかなり異なる。仕事を通じて、繰り返しこの感覚のすりあわせをし、共有していかなければいけないと考えている。
成瀬さん:クルマの味づくりでは「いなす」という言葉を使う。わかる人間同士では「ここをいなしといてくれ!」で意味が通じるものだ。他の余計な説明はいらないし、誤解を生んで邪魔になるだけ。そうしてそういう人材を育成するのは、経験の場をあたえ、本人のやる気を刺激する、またはそうせざるを得ない状況に追いやるより他の方法はないと思う。
輿水さん:ウイスキーでは質感を伝えることが大変難しい。ウイスキーは熟成が命であり、12年寝かせたもの、20年ものそれぞれで質感が違う。それは言葉で表現できるものではなく、もっと感覚的なもの。理解するにはセンスが必要であり、また、その上で一緒に仕事をしながら繰り返し確認し、すり合わせていく必要がある。これは数をこなしていくほかの術はない。また、感性はなかなか伝承するのは難しいが「レシピをどう読むのか」という技術は伝えられる。ただし、それもレシピを解釈できる技量が備わっていてのことではある。私ができるのはそういう人材のマインドがより高くなるように刺激することである。幸い、当社のブレンダーにはそういうスキルとセンスを持った人材がそろっているのであまり心配はしていないが…。
高橋さん:サントリーでは異才を育成する制度の一つとして専門職制度がある。課長と同格のスペシャリストとしてマネジメントとは異なる道が用意されている。ただし、スペシャリストの道を歩むには、周りが認めるような経験と実績が必要でもある。お茶の分野では現在、2人のスペシャリストが誕生している。
この懇談会ではここに紹介した他にもたくさんの貴重な発言や、トヨタの目指すクルマの味づくりについての大変参考になるアドバイスを頂戴した。それについては、また機会を改めて紹介したい。最後に、成瀬さんとともにトヨタ自動車から参加した坂井さんの言葉をいくつか引用して、この懇談会のまとめとしたい。
坂井さん:トヨタはこれまでクルマの信頼性や静粛性を武器にここまで成長してきた。しかし、そうしたスペックはいずれ中国やインドといったクルマづくりの第三勢力である新興諸国のメーカーに追いつかれてしまう可能性がある。だからこそ、いま苦労してクルマの味づくりに取り組まなければいけない。その苦労が大きければ大きいほど、新興諸国にとっても追いつくのが難しくなるはずだから。もちろん、現在のトヨタやレクサスにクルマの味がないとは思っていない。しかし、それをもっと高いレベルにまで持っていきたい。
そのためには、機械による計測では追いつかない。ドライバーの感性を大事にして、それを商品に落としていくのが私の仕事である。試作品を1台つくるだけなら出来る。しかし、それをアメリカの工場でも造り、ヨーロッパの工場、ブラジルの工場でも造りと考えた時、それを設計図に落とさなければいけない。さらに、出来上がったものが当初、ドライバーが感じたものと同じものでなければ意味がない。数値にならない部分を設計図に落とすことが難しい。でもそれにいま挑戦しないと、現状の延長線上で、コストや信頼性だけの勝負をしていては、いつかきっと追いつかれる。
商品をグローバルに展開する上で、文化や風土が異なる相手にあわせながら、同時に自分たちの主張を聞いてもらうということがとても必要になってくると思う。迎合すればいいというものではない。それでは、その土地の企業には勝てない。やはり、日本らしさみたいなものを出していかなければいけない。かといって、それを押し付けても受け入れてもらえない。そこをいかにうまく読み取るかだ重要だ。
それは情報の伝聞だけでは、なかなか理解できない。やはり、マイスターのみなさんからのアドバイスのように、現地に行って、自分が肌身で体感したことを具現化するというプロセスを経ないといけない、と強く感じている。
[2008年7月 取材]